BOSS・裏切りの八堕天使『博』のコクマエル②
「さて、次のゲーム……」
「待った」
と、クロネが止めた。
コクマはクロネを見る。ネコミミと尻尾が揺れていた。
クロネは、アイシェラをどかせて座る。
「もう一回、ウチと勝負にゃん」
「んー、同じゲームはしないつもりだったけど……きみ、自信ありそうだし、いいよ」
「にゃん」
クロネは頷く。
すると、ナキが背後から言う。
「大丈夫なのか?」
「にゃん。こういうのは駆け引きにゃん。パスは二回まで使えるし、あいつの感情を読み取ってやるにゃん……」
「クロネ、すごい自信です!」
「私は何も言わん……敗北者だからな」
『わん』
アイシェラを慰めるようにシラヌイが鳴いた。
コクマは、面白いのかクックと笑い、口元を押さえる。
「ふふ、楽しくなってきたね。血なまぐさい殴り合いなんかより、こういう運を競うゲームはとても楽しいよ」
「にゃん……あんた、変なやつにゃん」
「よく言われる。ああ、ちなみにだけど、このポーカーってゲームを生み出したのは人間なんだ。ほんと、人間の想像力は天使なんかとは桁が違うよ!」
コクマは楽しそうに笑う。それは本心からの笑いだった。
アルミサエルは興味がないのか、カードをシャッフルして並べる。部屋の隅では、プルエルとカスピエルが、興味なさそうにしていた。どうにも、仲間意識が薄いようだ。
「では、お先にどうぞ」
「…………」
クロネは、この瞬間から表情を殺した。
暗殺者としての顔───感情を殺し、対象を殺すためだけの顔だ。
プロの暗殺者であるクロネは、心を揺らさないためのメンタルトレーニングを積んでいる。
自分のカードが何なのか。気にはなるが顔には出さない。
「じゃ、ボクも……」
コクマがカードを額に。
数は10。クロネは迷うことなく言った。
「降りるにゃん」
「お? 早い決断だね」
カードをテーブルの上に。
クロネのカードはなんと13。
「あはは。パスはもったいなかったね」
「…………次、にゃん」
クロネは、悔しがることはない。
淡々と、アルミサエルに次のカードを要求する。
そして、コクマに言う。
「次はそっちに譲るにゃん」
「ご親切に」
コクマはカードを額へ。数は……7だ。
なんとも微妙な数。クロネもカードを額へ。
「さ、どうする?」
「…………」
コクマの表情は余裕があった。
7。半分より上。パスはもう一度可能。
勝負に出るか。
「───……降りるにゃん」
クロネはカードを下ろす。
数は……4だった。
「うん。なかなかいい勘してるね。ボクの表情、どうだった?」
「…………」
クロネの表情は変わらない。
だが、内心は違った。
コクマの表情から、何も読み取れなかったのだ。
クロネより数字が高いにも関わらず、余裕など感じられなかった。むしろ、人形のように静かで、心が穏やかだったのだ……クロネは、一筋の汗を流す。
「さ、もう一回だけパスできるよ。でも、パスしたら次は強制的に勝負だけどね」
「…………」
アルミサエルがカードを並べ、コクマが「どうぞ」と言う。
クロネは、真ん中のカードを引こうと手を伸ばす。
「手、大丈夫?」
「ッ」
ビクッと手を引いてしまった。
クロネの手は、汗で滲んでいた。
コクマは、そっとハンカチを差し出す。
「い、いらないにゃん」
「そう? ま。いいけどね」
「…………」
クロネは、カードを引いた。
コクマもカードを引き、額へ。
コクマの数は……6だった。
どうするべきか。
「…………」
たらりと、汗が流れる。
勝てる可能性は高い。だが、コクマの表情が気になる。
強気なのか。そう見せているだけなのか。微笑を浮かべているだけ。
勝負すか、否か。
「く、クロネ……」
「……っ」
「……っく」
プリム、ナキ、アイシェラも手に汗握る。
助言はできない。そもそも、何を言えばいいのかわからない。
暗殺者としての表情は、崩れていた。
そして───クロネは、叫ぶ。
「っっ───勝負、にゃん!!」
「ん、じゃあ勝負」
コクマは、ゆっくりカードをテーブルの上へ。
クロネも、叩き付けるようにカードをテーブルの上へ。
そして───。
「───っ、あ」
「はい。ボクの勝ち。いやー、なかなか緊張したよ」
クロネの数は───1、だった。
◇◇◇◇◇◇
「面目ない、にゃん……」
「だ、大丈夫です! なでなでしちゃいますよー!」
「にゃん……ごろごろ、って撫でんにゃ!」
クロネを慰めようとしたプリムだったが、拒否された。
これで二敗。
残りはプリムとナキ。
コクマは、カードをアルミサエルに全て渡した。
「おーいカスピエル。次のゲーム持ってきてー」
「む、承知した」
残り二戦。
カスピエルが持ってきたのは、黒いコップと二つのダイスだった。
「じゃ、次はこのゲームで勝負しよっか」
コクマエルのゲームは、まだまだ終わらない。




