ミカエルの異変
ラーファルエルたちは逃げ出した。
もう二度と天使としての力は使えないそうだ。使うと全身に焼かれるような激痛が走り、神に救いを求めても炎で焼かれるらしい。肉体はもちろん、魂をミカエルの炎で包み込んでいるみたいだ……簡潔に言うと、『炎の呪い』みたい。
ミカエルは、右手を軽く握って開く。そこには、透明な玉があった。
「《神玉》……ロシエルが持ってたの」
「それが、さっきのパワーアップの正体か」
「ええ。天使の力を高める神の力……」
ミカエルは、勝ったのに全く嬉しそうじゃなかった。
なんとなく察した。カグヤもだ。
「ロシエル……ごめんね」
ロシエル。
あの光を使ってた天使がいない。
どんな戦いがあったのか見ていないが、悲しい結末だったのだろう。
俺もカグヤも、そのことに関してツッコむことはなかった。
俺は、カグヤとミカエルに言う。
「とりあえず、プリムたちの元へ戻るか」
「そうね。いつまでも待たせちゃ悪いわ」
カグヤが頷き、ミカエルを見た。
ミカエルは───……。
「…………ぅ」
そのまま、ばたんと倒れた。
いきなりのことで、俺もカグヤも反応できなかった。
そして、俺は慌ててミカエルを抱き起す。
「お、おい!? どうしたんだよ!!」
「ぅ、ぁ……はぁ、はぁ、はぁ」
「見せて。……すごい熱よ。アンタ、どうしたのよ」
「……たぶ、ん……《神玉》の、副作、よう……か、も」
息が荒く、熱が高い。それに、ミカエルの翼から羽がパラパラ落ちていた。
俺の左足に『天照如意具足』が白い炎と共に顕現する。元は羽衣だったが、ゼロにより改良され、今は左足を覆う具足と化している。
『これは……ふむ、天使の力と神の力が混ざりあってますね。水と油のような力がぶつかり合い、肉体に影響を及ぼしています』
左足から聞こえてきたのは、『天照皇大神』の声。
俺は、ミカエルを抱きながら言う。
「どうすれば治せる?」
『ふむ……私の力を体内に流し込んでください。私の炎で、トリウィアの力を焼き尽くしましょう。ですが……すぐに完全な状態には戻りません。しばしの休息が必要かと』
「わかった。で、体内に流すって? 鼻に指を突っ込めばいいのか?」
「アンタ、こいつも一応女なんだから、配慮しなさいよ……」
カグヤが呆れていた。
だったらどうしろってんだ。口に指を突っ込めばいいのか?
すると、天照皇大神が言う。
『ならば、接吻で。口移しで炎を流し込んでください』
「わかった。ミカエル、口開けろ」
「え、ちょ、アンタ」
「むっぐ」
俺は、ミカエルの口に吸いつき、炎を流し込んだ。
ミカエルの全身が白い炎に包まれ、ミカエルは目を見開く。
口を離すと、カグヤが俺の頭をブッ叩いた。
「いっで!?」
「こ、こ、こ……この馬鹿!! 何してんのよ!?」
「え、治療……」
「ああもう!! アンタってやつは、アンタってやつは……!!」
「でも見ろよ。ミカエルの呼吸、落ち着いてきたぞ。まだ熱はあるけど……とりあえず、このままプリムたちのところまで運ぼう」
「…………バカ」
そっぽ向くカグヤを無視し、俺はミカエルを担いで歩きだした。
◇◇◇◇◇◇
「「……あれ?」」
プリムたちと別れた洞窟に戻ると、そこには誰もいなかった。
プリムたちだけじゃない。馬車も白黒号もない。
まさか、洞窟を間違えたのか?
「ここ、だよな?」
「え、ええ。間違ってないと思うけど……あれ?」
「ん、どした?」
「あれ、見て」
カグヤが指さしたところに、一枚の羊皮紙が落ちていた。
それを拾い、カグヤが読み上げる。
「えーっと。『仲間は預かった。返してほしければ取り返しに来てください。場所は、きみたちが向かうところであってると思う。じゃ、そういうことで。コクマ』…………はぁ!? こ、コクマぁ!?」
「うおっ、デカい声出すなよ。知り合いか?」
「レッドルビー王国で会った学者。なにあいつ、なんでこんな……あ!! もしかしてあいつ、天使!?」
「んなことより。プリムたちはどこだって?」
「……『きみたちが向かうところ』って」
「どこだよ」
「アタシが知るわけないでしょ」
「…………」
「…………」
しばし、向かい合う俺とカグヤ。
え、やばくね? 荷物も地図もなにもないし。
「……どうする?」
「……とりあえず、少し休むわよ。戦いで疲れたし、ミカエルも休ませないとダメでしょ」
「だな。ミカエル、下ろすぞ」
ミカエルを下ろし、横たえる。
毛布とか気が利くものもない。悪いけど地べたで我慢してくれ。
「腹減ったなぁ」
「同じく……狩りでもする?」
「いいけど。でもよ、俺らの戦いでこの辺の動物とか魔獣とか逃げちまったぞ」
「じゃあ、果物とか」
「それしかないな。どっちがいく?」
「アンタに任せる」
「わかった」
俺は立ち上がり、洞窟の外へ出た。
◇◇◇◇◇◇
カグヤは、ポケットからハンカチを取り出し、ミカエルの汗を拭う。
「ったく。手間かかるわね」
「…………ぅ」
「起きた? 調子はどう?」
「……最悪。身体が重い……頭痛いし、なんか熱っぽい」
「風邪みたいな症状ね。水……あ、水ない。その辺で汲んでくる」
「……ありがと」
「…………」
素直にお礼を言うミカエルに、カグヤは少し驚いた。
そして、聞いてみた。
「ねぇ、さっきの覚えてる?」
「え……?」
「アンタの身体。フレアが治したのよ」
「そう、なの? あったかい力が流れ込んできたのは覚えてるけど……」
「それ、どうやったかわかる?」
「…………聴きたいような、聞きたくないような」
カグヤは、にんまりと笑い、自分の唇に指をあて、そのままミカエルの口元を指さす。ミカエルは怪訝な表情をして……意味を理解した瞬間、一気に赤くなった。
「ま、まさか」
「そういうこと。ま、フレアに感謝するのね」
「~~~~~~っ!!」
すると、果物をどっさり抱えたフレアが戻ってきた。
「おーい。うまそうな果物見つけたぞ」
「おかえり。あーお腹へったぁ」
「…………っ」
「お、起きたかミカエル。果物食えるか?」
「…………」
「おーい?」
「今はそっとしておきなさいよ。それより、早く果物ちょーだい」
「お、おう。なんだよ一体……?」
フレアは、意味が分からず首を傾げた。




