人の可能性
「ぅ……」
プリムは、冷たい地面の上で目を覚ました。
身体を起こし、ぼんやりと周囲を見回し、目をこしこし擦り……ハッと目を開く。
「え、ここ、どこですか!?」
冷たい地面ではなく、大理石の床だった。
天井にはシャンデリアがぶら下がり、大きな暖炉や高級そうなソファ、テーブルなどがある。まるで、貴族をもてなすために作られた部屋だ。
自分たちは、フレアたちを待つために、洞窟にいたはず。
自分たち……そこで、プリムは思い出した。
「アイシェラ!! クロネ、ナキさん!! あ……」
『くぅん』
いた。
床に倒れているナキを、シラヌイが心配そうに前足で叩いている。さらに、クロネとアイシェラ、待機モードのブルーパンサーもいた。
プリムの声に反応したのか、ナキとアイシェラが起きる。
「っつぅ……一体、何が」
「むぅ……はっ、お嬢様!?」
「アイシェラ!!」
プリムは、アイシェラに抱きつく。
アイシェラも強く抱く……さすがのアイシェラも、この状況で鼻の下を伸ばしたりはしなかった。
ナキは、クロネを揺り起こしながら言う。
「確か、天使が来たんだよな……」
「ぁ……」
プリムも思い出した。
全身ずぶ濡れの天使だった。身体中から『泡』が出て、気が付くとここにいた。
ナキは、舌打ちをする。
「ッチ……どうやら、狙いはフレアたちじゃなくてオレらみてぇだな。そうじゃなきゃ、こんな部屋にわざわざ連れてくるわけがねぇ」
「……同感だ。ブルーパンサー、起動」
『スタンバイ』
ブルーパンサーが起き、アイシェラに付き従う。
シラヌイも、警戒しているのか毛が逆立っている。
欠伸をしながら起きたクロネは、部屋を見回し……気が付いた。
「あれ? これ……にゃんで?」
「クロネ?」
「見て。この絨毯の柄、ダイヤモンド製法で作られてるにゃん。それにこのシャンデリア、宝石が散りばめられてる……貴族に売買するために作られる、ホワイトパール王国でのみ製造される調度品にゃん」
「……確かに」
プリムは、絨毯に触れながら同意した。
「まるで、貴族の屋敷だな……」
アイシェラがそう言った瞬間、部屋のドアがノックされた。
全員が、警戒する。
シラヌイの身体が燃え上がり、ブルーパンサーが戦闘態勢を取る。
ナキの矢が数本浮かび、クロネも腰からナイフを抜いた。
プリムは、そっと呟いた。
「ど、どうぞ……」
「失礼するよ」
ドアを開けて入ってきたのは、ぼさぼさ髪でメガネをかけた三十代くらいの男だった。
大きなリュックを背負い、どこか緊張感のない笑みを浮かべている。
「あー、警戒する気持ちはわかるけど、安心して。キミらをどうこうするつもりはないから」
困ったように笑う男に、一行はますます警戒した。
男は、あははと笑って自己紹介する。
「ボクはコクマエル。まぁその……堕天使です、はい」
『裏切りの八堕天使』にして『博』を司る天使が、プリムたちの前に姿を現した。
◇◇◇◇◇◇
「ま、座ってよ。ちゃんと説明するからさ」
「「「「…………」」」」
コクマエルは、ソファにどっかり座った。
まだ警戒を続けている一行だが……プリムが前に出て、コクマエルと向き合うように座る。
堂々と、表情には自信があった。
「初めまして。わたしはプリムと申します……わたしたちをここに連れてきた説明を、お願いします」
「うん。簡単なことさ、キミたちは人質だよ。ヴァルフレアくんの弱点であるキミたちを狙えば、彼に言うことを聞かせられるからね」
「……そうですか」
「貴様……」
アイシェラがプリムの背後で怒りに燃える。
だが、プリムはそっと手で制した。
「本当に、そのつもりですか?」
「ん?……どういうことかな?」
「わたしたちに手を出せば、あなたは間違いなくこの世から消滅するでしょう。地獄の業火に焼かれて……」
「へぇ……続けて」
「こうして、わたしたちを前にして会話をするくらい余裕があるあなたです。きっと、わたしたちに人質以上の何かを見ているのでは?」
「……うん。合格」
コクマエルは、パンパンと手を叩いた。
「ホワイトパール王国第七王女プリマヴェーラくん。やっぱりキミは聡明だね。フレアくんとの出会いでずいぶんと成長したようだ」
「……わたしのこと」
「もちろん、知ってるよ。聖騎士アイシェラくん、暗殺者クロネくん、特級冒険者序列七位のハーフエルフのナキくん。そして炎を司る霊獣アマテラスことシラヌイくん」
コクマエルは、にっこり笑った。
敵意のない、純粋な笑みのようにみえた。
「さて。キミたちをここに連れてきたのは、間違いなくボクの意思だ。ここがどこかは後でネタばらしするとして……キミたち、どうしたい?」
「フレアの元に返してください」
「だよね。でも、それはできない。と言いたいけど……チャンスをやろう」
「え……?」
コクマエルは、人差し指をピンと立てる。
「この中の一人でも、ボクに勝つことができたら……全員を解放しよう」
「……?」
「ふふ、戦いってことさ。ああ、野蛮な戦いじゃない、頭を使ったゲームをしようじゃないか。この中の誰かがボクに勝てれば、全員を解放しよう」
「わからねぇな」
ナキが、吐き捨てるように言う。
「攫っておいて、ゲームして勝ったら解放だ? わけわかんねぇ……お前ら天使は、フレアが目的じゃねぇのかよ?」
「確かにね。でも、神様の命令に全員が素直に従っているとは思わないことだね。ボクは神様の命令を聞くつもりだけど、それ以上に、フレアの仲間であるキミたちにも興味がある。ヒト、獣人、エルフ……神でもない、天使でもない者たちが、天使であるボクとどう戦うのか。それを知りたい」
「「「「…………」」」」
「これだけは言っておく。ボクは、キミたち人間という種族が、神よりも優れていると考えている。この考えは神だろうと覆せない」
「……わかりました」
プリムは、頷いた。
ナキが「おい……!」と肩を叩く。だが、プリムは言う。
「大丈夫です! わたし、皆さんと一緒ならどんな相手でも負ける気しません!」
「いや、襲撃してきた天使に思いっきり負けたろ……」
「にゃん。こいつ、得体が知れないにゃん!」
「私はお嬢様について行く」
『わん!』
ごにょごにょと、仲間内で相談をしている。
コクマエルは、そんな様子を見てクスっと笑った。
「いいなぁ……仲間」
こうして、堕天使コクマエルとの『戦い』……いや、『ゲーム』が始まった。




