BOSS・裏切りの八堕天使『天』のロシエル②/ともだちとお姉ちゃん
「『最光』」
「『炎上剣』!!」
ロシエルの放つ特大の光玉を、燃え盛る剣で両断する。
ロシエルの武器は『光』だ。
階梯天使も十二使徒も堕天使も黒天使も扱える。天使の町ヘイブンにいる一般天使ですら普通に扱える属性だ。だが、ロシエルの『光』は通常の光とは一線を画す。
天使最強の光。故に、『光』ではなく『天』の属性を与えられた。
ロシエルは、灰色に染まった翼を広げた。
「ロシエル!! お願いだから降参して!!」
「…………」
ミカエルは叫ぶ。
だが、悲痛な表情のロシエルは、両の指に光を灯した。
「『聖なる光弾』」
「くっ……」
ロシエルの指から発射された光の粒が、複雑な軌道を描きながらミカエルに迫る。
ミカエルは、全身を燃やして光の粒を全て掻き消した。
そして、翼を広げロシエルの元へ飛び、剣を振るう。
「『聖剣ウルスラグナ』」
「『烈火閃』!!」
ロシエルの手から光の剣が現れ、ミカエルの炎による斬撃を全て受け止める。
激しい攻防を上空で繰り広げながら、ミカエルは思った。
(───……強い)
ロシエルは、天才だった。
聖天使教会最強のミカエル相手に、善戦している。
アルデバロンと同等か、それ以上。
ラーファルエルらに、何か弱みを握られているのは間違いない。
ミカエルは、鍔迫り合いをしながらロシエルに顔を近づける。
「ロシエル。あいつらに何をされたの。お願い、教えて」
「…………」
ロシエルは、歯ぎしりをしながら言う。
「友達───……ぼくの友達が、狙われてる」
「え……?」
「ブルーサファイア王国にいる、ぼくの友達が……ラーファルエルとサンダルフォンの部下に狙われてるんだ。手を貸さなかったら、すぐに友達を殺すって」
「……っ」
ロシエルは、聖天使教会から脱走し、人間の子供として生活している。
表向きは、ガブリエルの養子として。
ブルーサファイア王国の学校に通い、勉強をして、友達と遊んで……こんな、天使や呪術師との戦いとは無縁の暮らしをしていた。
だが、神が現れたことで全て変わってしまった。
ガブリエルの庇護も期待できない。ラーファルエルたちは、そこに付け込んだ。
そして今。ロシエルはミカエルを相手に、無理やり戦わせている。
「お願い、ミカエル姉ちゃん……ぼく、友達を死なせたくないんだ!!」
「…………」
ロシエルの背後に、巨大な二つの光玉が現れた。
その光玉を、ロシエルは両手で操作する。
「『天の堕天使・聖なる太陽と輝く月』!!」
どうすればいいのか。
ミカエルが戦えば、ロシエルの大事なものを壊してしまう。
ロシエルに負ければ……それは、ミカエルの死。ミカエルは、死ぬわけにはいかない。
ブルーサファイア王国にいるラーファルエルらの部下を始末する?……不可能だ。ここからブルーサファイア王国まで、ミカエルが全力で飛んでも半日はかかる。その間に、ロシエルの大事な友達は死ぬ。
この場を切り抜けるには、犠牲が必要なのだ。
「…………無理」
ミカエルにとって、ロシエルは弟のような存在だった。
天才と聞き、会いに行った時のことを思い出す。
オドオドした、どこか気弱そうな少年だった。
自分を「姉ちゃん」と呼び、慕ってくれた。
ロシエルが期待に押しつぶされそうになっていたことも知っていた。頭を撫でて慰めてやったこともあった。脱走したと聞いて、どこか安堵した気分になった。
ロシエルに向けられた追手を、こっそり始末したこともあった。
アルデバロンは、何も言わなかった。
そして今、ロシエルは……とても辛そうな表情で、ミカエルに力を振るっている。
天使の力なんて、全然使っていないのに。それでも、ドビエルなんかより格上だった。
「…………」
光玉が、ミカエルに迫る。
ミカエルは動けなかった。
どうすればいいのかわからず、頭がパンク寸前だった。
「───……っ」
「えっ」
すると───……光玉が逸れ、消えた。
ロシエルの手は、震えていた。
そう。ロシエルもまた、ミカエル相手に非情になれなかったのだ。
「ミカエル姉ちゃん……ぼく、どうすればいいの?」
「…………」
「ぼく───……「ロシエルくぅ~ん?」
すると、ロシエルの背後に風が吹く。
優しく、ロシエルの肩に手が添えられた。
「どうしたのかなぁ? ほら、さっさとミカちゃんをやっつけないと、きみの大事な友人が死んじゃうよ?」
「ラーファルエル……ぼく、できないよ。ミカエル姉ちゃんも、友達も大事なんだ。どっちかなんて無理だよぉ……」
「あぁ~、我儘だなぁ」
ラーファルエルは、苦笑した。
そして、指をパチッと鳴らす。
「一人、殺した」
「えっ」
「ブルーサファイア王立学園、一年B組、出席番号一番、名前はアイク」
「え、え……」
「ボクの部下が、たった今殺した。ふふ、今頃ブルーサファイア王国では騒ぎになってるんじゃない? いきなり現れた天使が、学園の生徒を殺したんだからさ」
「ぁ……ぁ、あ」
「冗談じゃないよ? ふふ、帰ってビックリ。ロシエルくんがモタモタしたせいで、大事な友人が一人、死んじゃった……さて、まだ犠牲が必要かな?」
「や、やめ……」
「じゃあ、わかってるね?」
「う、ぅぅ……」
ボロボロと、ロシエルは涙を流す。
そして───紅蓮の炎が燃えあがった。
「ラーファルエル……」
「悪いねミカちゃん。裏切り者には死を♪」
「ラーファルエルぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーッ!!」
ミカエルは翼を広げて飛び出した。
ロシエルはミカエルに手を向け───……気付く。
ミカエルの背後に、ラーファルエルの『神風の祝福槍』が浮いていた。
「ミカエル姉ちゃん───……」
ミカエルは、気付いていない。
ラーファルエルはニヤニヤ笑い、ミカエルは頭に血が上っている。
ロシエルは、瞬間的に動いた。
「ミカエル姉ちゃん!!」
「えっ」
ラーファルエルから離れたロシエルは、一瞬でミカエルの背後へ。
両手に光を集め『盾』を作るが、《神玉》で強化されたラーファルエルの槍を完全には受け止めきれず、盾を貫通した。
そして、槍は───……ロシエルの胸に突き刺さった。
「ろ、ロシエル……?」
「ご、っぼ……」
「ありゃりゃー……まさか、助けちゃうなんてねぇ? 致命傷っぽいし、もういいか」
パチン───……ラーファルエルが指を鳴らす。
それが何を意味するのか。
ラーファルエルの部下が、ロシエルの友人を抹殺する合図。
ミカエルは、ロシエルを受け止めた。
「ロシエル、ロシエル!!」
「───……ごめん、お姉ちゃん。ぼく……友達、守れ」
「大丈夫!! あたしが……あたしが守る。守るから!!」
「え、へへ……あ、りが……」
ロシエルの身体が、砂のように崩れていく。
ミカエルは、ロシエルの手をしっかり握る。
どこか満たされたような表情をしたロシエルは、最後に言った。
「み、んな……また、一緒に……あそ、ぼ……う、ね……」
ロシエルは、光となり……消えた。
◇◇◇◇◇◇
「あーあ。死んじゃったよ……ま、いっか。今のミカちゃんがどれくらい強いかわかったし、《神玉》を飲んだオレより弱い。ロシエルくん、最後にいい仕事してくれたね」
「…………」
ミカエルは、ゆるりと立ち上がった。
◇◇◇◇◇◇
フウゲツと戦っていたフレアは、背筋が凍り付くのを感じた。
「───ッ!! な、なんだ……?」
同様に、フウゲツも感じていた。
互いに手を止め、殺気の方を見た。
そこにいたのは、紅蓮の天使。
◇◇◇◇◇◇
「……なに、この殺気」
「「これは……ミカエルか」」
カグヤもまた、感じていた。
サンダルフォンとメタトロンの融合体も、感じた。
激しい怒り、そして悲しみを。
◇◇◇◇◇◇
ラーファルエルは、ピリピリした空気を感じ取った。
風が、恐怖しているように感じた。
「み、ミカちゃん……なに怒ってんのかな?……え」
「…………」
ミカエルの手には、小さな玉があった。
透き通った、小さな玉。それを見せつける。
「そ、それ……《神玉》!? な、なんで……あ、ロシエルくんの!?」
「黙れ」
ミカエルは、ラーファルエルを睨みつける。
そして、《神玉》を飲み込んだ。
「『神炎天使灼熱態』」
紅蓮の炎が燃えあがった。
轟々と燃え上がる炎は、意志を持ったように暴れる。
ミカエルの翼が燃え、鎧が真っ赤に染まる。
手に持った『焱魔紅神剣レーヴァテイン・プロミネンス』が、《神玉》の影響を受け、溶けるように細くなる。まるで、『刀』のように。
「殺す」
「ひっ……」
「ラーファルエル、サンダルフォン、メタトロン、そしてあの呪術師……お前ら全員、あたしが焼き尽くしてやる!!!!」
ミカエルの炎が、全ての蹂躙を始めた。




