出会い
よく考えたら俺、この世界のこと何も知らない。
生まれて、両親が死んで、村のみんなから食料をもらって、先生から呪術と格闘技を教わるだけの生活だった。
俺にあるのは、いくつかの呪術と格闘技の腕だけ。先生お手製のグラブとレガースには呪術が刻まれているから、これも使えそうだ。
「さーて、どっちに行こうかな……」
村から出て半日。鈍った身体をほぐそうと走っていたが、全く疲れない。
どういう原理か知らないが、白い炎から造られたこの身体、かなり性能がいい。筋力も体力も元の身体以上だ。
でも、腹は減るし眠くもなる……ほんと、どういう原理で作られたんだろう。
先生の家にあった鞄には、畑に生っていた芋を入れてある。生で齧りながら歩くと、分岐点があった。
「お、この先に町があるのか……」
目の前には大きな森があり、その先には村がある。反対方向は『行き止まり』の文字が書かれていた。なら、答えは一つ。
「森を抜けて、町を目指すか。廃村になってからどれくらい経過したのかわかるかもな」
俺は迷わず森の中へ。
なかなか深い森だ。日の光があまり差さない……。
「えっと、確か……あったあった。先生の家にあった呪符」
呪術師は、『呪符』と呼ばれる紙に文字を書き、そこに呪力を込めて奇跡を起こす。
俺も呪術師の端くれ。呪符を造ったり初歩的な呪術なら楽に発動できる。
「『さっさと照らせ』」
呪符が燃え、代わりに白い光球がふわふわ浮く。
俺の頭上で『灯』が照らし、俺は森の中を進んでいく。このくらいの暗さなら『灯』を使うまでもなかったな。村に住んでいた時は夕方になると真っ暗だったし、先生と一緒に夜間格闘訓練で夜目を鍛えたこともある。
「…………ん?」
ふと、妙な声が聞こえた。
魔獣のような……いや、違う。
「おぉ……まさか!!」
俺は喜んだ。
これ、人間の声かも。まさかこんな森の中で人間に会えるなんて!!
俺は声のほうへ走った。喜びを抑えきれず、誰だか知らないけど人の声や姿を見られるのは、とても嬉しく感じた。
「あのー!! 誰かいますかー!? あのー!!」
そう叫びながら、声の方向へ。
そして─────。
「……なんだテメェ!!」
「あ、あれ?」
「おい、こんなところで何してやがる……テメェ、誰だ!!」
「え、えっと……人、ですよね?」
「あぁん!? ふざけてんじゃねぇぞゴラァ!!」
筋骨隆々の男が十人ほど、そして……。
「だ、だれ、ですか?」
「……下がって!!」
少女を守るように、女の騎士が剣を構えていた。
状況がよくわからん。
壊れた馬車、死んだ馬、十人の男が女の子と女騎士を囲んでいる……で、全員が俺を見て敵意を振りまいている。
「え、えっと……俺、ヴァルフレアっていいます。その、ちょっと聞きたいことが」
「見られたからには生かしちゃおけねぇ……殺せ!!」
「えぇぇぇっ!?」
「死ねガキッ!!」
「うわっ!?」
男の一人が、剣を振りかざして襲い掛かってきた!!
いや待て、俺は質問したいだけで……ああもう!!
「ごめんなさいっ!!」
「ぶっごぉぉぉっ!?」
掌底破。
剣を躱し、右掌を男の腹に食らわせる。すると男は嘔吐し、そのまま気を失ってしまった。
手加減したけど、大丈夫かな……?
というか、見られたから殺せとか、物騒だな。
「あ、あの……」
「この餓鬼……おめぇら、こいつ素人じゃねぇ!! 囲んで殺せ!!」
「ちょっ、あの、俺は聞きたいことがあるだけで!!」
「やれっ!!」
「……はぁ~」
仕方ない。
どうやら話をする気がないようだし、戦うか。
先生が言ってたっけ。乱戦ではつねに死角に注意せよ。そして一撃でかならず仕留めよ、だっけ。
「このやらぁぁぁっ!!」
「だっ!!」
剣の振りでわかる。この人たちは素人だ。
武器を振り回すだけで隙も多い。懐に潜り込んで一撃を加えればいい。
なかなか侮れないのもいるけど、先生のがよっぽど強かった。
「『腹下せ、クソが』!!」
呪力を込めた一撃が男の腹に直撃。
すると、男は真っ青になり腹を押さえ、ケツからピーピー音がし始めた。
腹痛の呪いを拳に込めてやった。これで三日はお尻が大洪水ってね。
「『胃潰瘍になっちまえ』!!」
「っご……ぉぉ、ぉぉ……」
腹痛の呪力。
これで激痛が一週間は続く……ごめんね。
呪撃を加えながら男たちを倒し、残り一人。
「な、な、なんだ、てめぇ……」
「いやだから、話を聞きたいって言ってるだけです」
「く、くっそ……ごぁぁっ!?」
「え」
すると、男が突然倒れた……ああ、女騎士さんが斬ったのか。
女騎士さんは俺に剣を向けるが、連れの少女が騎士を押さえた。
「やめて!! この方は私たちを救ってくれたのですよ? 剣を収めなさい」
「しかし、この死の森に人間が立ち寄るとは思えません。お下がりください」
「なりません!!」
「お下がりください!!」
「なりませーんっ!!」
「あ、あの……」
このままでは、女騎士と女の子の戦いになってしまう。
俺は両手を上げ、二人に近づき─────。
「─────危ないっ!!」
「え?」
女騎士に斬られた男が立ちあがり、女の子を斬りつけようとした。
女騎士は動けなかった。だから、俺が動いた。
呪術は間に合わない。なら……受け、いや……掴む!!
「ふんがっ!!……っづぁっ!?」
「なっ……!?」
すると、摑んだ男の剣が燃え上がり、ドロドロに溶けてしまった。
俺の手が、燃え上がった。
真っ赤な炎が手を包みこむ。でも、全然熱くない。むしろ……。
「この、危ないだろうがっ!!」
「ぶっがぁぁっ!?」
男をぶん殴ると、そのまま炎が燃え移ってしまう。
しまったと思うがもう遅い。炎はあっという間に男を包み……骨すら残さずに燃やし尽くしてしまった。
「…………な、なんだ、これ」
赤い炎。
まるで、俺を飲み込んで殺した地獄の炎……。
まさか、俺の身体に、地獄の炎が残って……いや、燃えているのか?
もしかしたら、あの八色の炎……バカな、そんなわけない。
と、考えるのはあとにしよう。せっかくの情報源を見つけた。
「あ、あの……」
「お下がりください、姫様!!」
「え、ひめさま?」
「あっ……ばば、ばかばか、アイシェラ、姫様って呼んじゃダメって言ったじゃない!!」
「しし、しまった……おのれ貴様!!」
「え、俺のせい?」
姫様、そして女騎士。
この二人との出会いが、俺の冒険の始まりだった……かもしれない。