BOSS・憎悪する者たち①
風、というか第五地獄炎の炎が強くなってきた。
木々が揺れ、強い圧力に白黒号が尻込みしてしまい、そのまましゃがみ込んでしまう。
俺たちは馬車から降りる。
近くに、ちょうどいい洞窟があったので、馬車をそこに移動させた。
俺は、プリムに言う。
「プリム、お前はここで待ってろ。アイシェラ、ナキ、クロネも」
「……仕方ないな。お嬢様、ここは待ちましょう」
「うん……フレア、気を付けてくださいね」
「おう。ナキ、クロネ、怪しい奴来たらブチのめせよ」
「いや、お前と一緒にすんなよ……」
「同感にゃん」
俺は、カグヤとミカエルを見た。
「俺たちは、あそこにいる呪術師を倒すぞ。たぶん、天使もいる」
「またいっぱいいるのかな!」
カグヤはワクワクしていた。
戦闘狂のこいつにとって、天使との戦いは何よりも楽しいみたいだ。
ミカエルは、腕組みをしつつ言う。
「恐らく、配下の天使が何人かいるはず。フレア、あんたは呪術師を叩いて。雑魚はあたしが倒すから」
「ちょっとちょっと、独り占めは許さないわよ」
「はいはい。じゃ、人間のあんたでも倒せる弱い奴譲ってあげる」
「上から目線ムカつくし!」
カグヤはキーキー騒ぎ、ミカエルはニヤニヤとながらおどける。
二人の変化に、俺たちは驚いていた……いつの間にか仲良くなってんじゃん。
仲良くするために、席を隣同士にしたり、テントを同じにしたり、鎖でつないだり、一緒に水浴びさせたりと地道な努力が実ったようだ。
ナキの持ってたテントが燃えるというハプニングはあったけど……ま、よかった。
「じゃ、行ってくる。あ、クロネ、晩飯の献立考えといて」
「これから呪術師や天使と戦う奴が言うセリフじゃないにゃん……ま、考えておくけど」
「勝利の肉で!」
「あら、気が合うわね。あたしも肉がいい!」
カグヤとミカエルは互いにハイタッチ。
ここまで仲良しだとかえって怪しいぞ……まぁいいや。
◇◇◇◇◇◇
第五地獄炎の竜巻が燃える地に、俺たち三人は到着した。
そこにいたのは……見覚えのある四人。
「来たか、ヴァルフレア」
「おまえ、フウゲツだっけ?」
「そうだ……ここで貴様には死んでもらう」
フウゲツ。
全身を緑色の炎で燃やした、長髪の男だ。
俺よりちょっと年上かな。身体は鍛え抜かれ隙がない。目はギラギラした殺気を滾らせ、俺を凝視……というか、俺しか見ていない。
すると、メガネをかけた長身の天使が言う。
「待ちなよ。そいつには借りがあるんだ。オレにもやらせてくれない?」
ラーファルエル。
俺がブルーサファイア行きの船で戦った天使だ。
こいつも、俺を見る眼が憎悪に満ちている。メガネの奥にある眼がギラギラしていた。
すると、ラーファルエルとフウゲツを押しのけるように前に出る双子。
「姉さん、やっと会えたね」
「ええ。ようやく……しかも見て、あの銀髪のメスブタもいるわ」
「本当だ……ククク、あのブタにも借りを返せるね」
「ええ。楽しみね……どうしてくれようかしら」
サンダルフォン、メタトロンだ。
俺にやられた三人の天使が揃っていた。
カグヤは、首をコキコキさせながら言う。
「あの双子、アタシを狙ってるみたいね。二対一ってのも悪くないわ」
「大丈夫か?」
「ええ。アタシもあの頃より格段に強くなった。アンタならわかるでしょ?」
「まぁな。じゃ、双子はお前に任せる」
「ええ」
俺は、ずっと黙りこくっているミカエルを見た。
ラーファルエルもメタトロンたちも、ミカエルがいるのに全く見ていない。マジで俺しか見ていない。
ミカエルは、目を見開いていた。
「……ロシエル」
「…………」
ロシエル?
ミカエルの視線の先にいたのは……子供だった。
金髪の、えらい整った顔立ちの少年だ。半ズボンにワイシャツという格好で、ミカエルを見てすぐに視線を逸らす。
ロシエル……そういえば、ミカエルが「戦うな」とか言ってたっけ。
ミカエルは、一瞬で燃え上がった。
「あんたら……なんでロシエルを!!」
「あれ、ミカちゃんってば忘れたの? オレらの使命はそこの呪術師くんを神様の元へ連れてくことだよ? ま、多少痛めつけてやらないと気が済まないけどね」
「ボクは腕をもらうよ」
「わたしは足をいただくわ」
「…………友の仇を取らせてもらう」
ミカエルは、これまでにないくらい凶悪な殺気を滾らせる。
ギリギリと歯が砕けるくらい噛みしめた。
「ロシエル……こいつらに、弱みを握られてるのね?」
「…………」
「ロシエルくぅ~ん?」
「…………」
ロシエルは、ポツリと呟いた。
「ごめん。お姉ちゃん」
そして、手を俺たちに向ける。
「『天の裁き』」
「ロシエル!! やめ───」
次の瞬間、緑色の炎が消し飛び、空から眩い『光の剣』が降り注いだ。
「なっ!? だ、第一地獄炎、『渦巻焱』!!」
俺は第一地獄炎を両手に燃やし、渦を巻くように空へ向けて放つ。
炎は丸い渦となり、光の剣を相殺した。
「『降り注ぐもの』」
四角い《光の塊》が、いくつも落ちてきた。
俺たちはバラける。いきなりの攻撃に出遅れた。
そして、俺の目の前には。
「やぁ、呪術師くん♪」
「ラーファルエル……っ!!」
「遊ぼうぜ?」
ラーファルエルはペロッと舌を見せる。そこには、ドビエルが飲み込んだ《神玉》があった。
それを飲み込むと、ラーファルエルの翼から爆発的な台風が巻き起こる。
「くははははっ!! ようやく、ようやく復讐できる!! さぁ、遊ぼうぜ!!」
「やってやるよ……言っとくけど、俺は一度勝った奴に負けたことないからな」
俺は、右足を青い炎、右手を赤い炎で燃やした。
◇◇◇◇◇◇
「メスブタだよ、姉さん」
「ええ、臭い銀髪のメスブタ。あぁ、内臓引きずりだしてやりたい……!!」
「ボクも同じだよ、姉さん……こいつ、殺してやろう」
サンダルフォンとメタトロンは、ポケットから《神玉》を取り出す。
カグヤは構えを取る。
「姉さん」
「メタトロン」
「「さぁ、見せよう。ボク(わたし)の力を」」
そして、互いの口に《神玉》を入れると、爆発的に力が向上した。
サンダルフォンの周囲には『液体金属』が舞い、メタトロンはその金属を操る。
カグヤは、楽しそうに言った。
「さぁて……どのくらい強くなったのか、確認してやるわ!!」
◇◇◇◇◇◇
ミカエルは、ロシエルの前に立っていた。
「ロシエル……弱み、握られてるのね?」
「…………」
「でなきゃ、あんたが天使に従うはずない。神に会った時だってすぐにいなくなったのに……久しぶりに会えたのに、そんな顔……」
「姉ちゃん……ぼくと、戦って」
「ロシエル……」
「ぼく……闘わないと、駄目なんだ」
ロシエルは、悲し気に笑った。
追い詰められた者の眼だった。
ミカエルは、そんな顔をするロシエルを見たくなかった。
「いいわ……まず、あんたを止める。そして……あそこにいる連中を拷問して、全て聞きだしてやるわ」
紅蓮の炎が、ミカエルを包み込んだ。
◇◇◇◇◇◇
プリムたちは、爆発的な光が降り注ぐのを見ていた。
「おいおい……マジでどうなってんだ?」
「にゃん……」
「フレア……」
「大丈夫。あの馬鹿が負けるのはありえませんよ、お嬢様」
「うん、わかってる。だから胸触らないで」
「あんっ!」
アイシェラを押しのけ、フレアたちを心配するプリム。
「ナキさん。わたしたちにできること……ナキさん?」
「…………」
ナキは、空ではなく、真正面を見ていた。
クロネも、アイシェラも、目の前を凝視している。
「え……?」
プリムたちの目の前に───びしょ濡れの女が立っていた。
「みつ、けた……」
ずるずると、びしょ濡れの髪を引きずっていた。
口元が、三日月のように裂けていた。
濡れた身体から、ポコポコと『泡』が出ていた。
「人間、遊びましょ……?」
懲罰の七天使の一人、プルエルがプリムたちに迫っていた。




