タイフーン・バトル
馬車でのんびり進むこと数日。
カグヤとミカエルはたまに喧嘩し、俺が二人を拘束し、アイシェラとクロネはため息を吐き、プリムはあわあわと慌て、ナキはゲラゲラ笑う日が続いた。
このメンバーでする旅はなかなか面白い。
野営に慣れたミカエルは、洗濯したりテントの設営をしたりと、手伝いをするようになった。
俺は、テント設営をするミカエルに言う。
「随分と慣れたな」
「まぁね。ってか、こういうのけっこう好きかも」
「天使は野営とかしないのか?」
「しない。人間のお金使って、人間の町に泊まることもあるし、基本的にヘブンに住む天使はみんな家持ってるし」
「ヘブン……なんだっけ?」
「天使の町よ。七つの大陸の中心に、天使の住まう大地がある。そこに三柱の神はいる」
「あ、じゃあ冒険前にそこ行って神を殴るか」
「あのね……天使の総本山よ? 十二使徒レベルの天使や階梯天使が集結してんの。いくらあんたでも、数万の天使相手に戦えるわけない」
「むー……いけると思うけど」
「駄目。やるなら、せめて戦力の天使は削らないと」
テントのペグを打ち付け、ミカエルはハンマーを置く。
クロネとプリムは調理、アイシェラは馬とシラヌイに餌をやり、カグヤとナキは薪を拾いに行っている。
ミカエルは、近くの岩に座った。
「厄介なのは……アルデバロン、サラカエル、ジブリール、ガブリエルね。単体ならともかく、もしこの四人が手を組んで襲って来たら、あたしでも対処できない」
「なんか強そうだな」
「強そうじゃなくて強いの。アルデバロンなんて、あんたの師匠に手傷負わせたこともあんのよ」
「え、そうなのか? 先生に傷とかすげぇな」
俺はミカエルの隣の岩に座った。
ミカエルは大きく伸びをする。
「あたしの考えだけど……たぶん、全ての天使が神の言うことを聞いてるわけじゃない。確かに、あたしたちの創造主である神の命令よ。でも、創造主だからって納得できないことはある。フレア……全ての天使を倒すんじゃなくて、仲間にできそうな天使は引き入れた方がいい。たぶん、聖天使教会へ神を倒しに行くとなると、総力戦になる」
「仲間ねぇ……」
「うん。まず、ラティエル、あとダニエルね。この二人は説得すればなんとかなる。それと、一つだけお願い」
「ん?」
ミカエルは、俺をまっすぐ見て言う。
「ロシエル。この子が出てきたら……倒さないで」
「……?」
「お願い」
「……わかった」
真剣そうな眼で言うミカエルに、俺は「わかった」と答えるしかなかった。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
もうすぐ水晶渓谷へ到着する……そんな時だった。
馬車が止まり、アイシェラが言う。
「…………なんだ、あれは」
「ん~?」
「なに……くぁぁ」
馬車の屋根で寝ていた俺とカグヤは、アイシェラが見ていた遥か前方を見た。
そして……何度か目をこすり、ようやくこれが夢でないと知る。
「……あれ、なんだ?」
「た、竜巻……?」
そう。遥か前方に竜巻が発生していた。
ただの竜巻じゃない。俺は気配を探り気付いた。
「あれは……第五地獄炎?」
第五地獄炎の、緑色の炎だった。
アイシェラが言う。
「あそこは、水晶渓谷……まさか、先回りされたのか!?」
「確定ね」
馬車の窓が開き、ミカエルが言う。
「どうやら、あたしたちの位置が知られている。探知系の神器が使われている……こんなことできるの、ラティエルくらいしかいない」
「ラティエルって、ブラックオニキスで会ったあいつか?」
「ええ。ラティエル……どうして」
ミカエルは少しだけ俯き、歯をグッと食いしばる。
カグヤは、フンと鼻を鳴らした。
「で、どうすんの? あれ、どう見ても誘ってるわ」
「行くしかないだろ。な、アイシェラ」
「……危険すぎるぞ」
アイシェラが難色を示すと、ミカエルが言う。
「たぶん、逃げられないわよ。ここで逃げたらあの竜巻がこっちに向かってくるか、逃げた先に別の天使が待ってるかも。ま、あそこに向かったら向かったで天使はいるけどね」
「…………覚悟を決めるか」
「にゃん。うち、偵察……」
「やめとけ」
「んにゃっ!?」
窓から飛び出しかけたクロネの尻尾をナキが掴む。
「危険すぎる。ここは全員で固まってた方がいい」
「し、尻尾掴むにゃぁ!!」
「おっと、悪い」
「……フレア」
「ん?」
プリムが、心配そうに言う。
そりゃ、こう何度も天使と遭遇して戦ってればこうなるわな。
「ま、負けないでください!! わ、わたし……わたしがいます!! 怪我しても大丈夫です!!」
「お、おう」
「皆さん!! か、覚悟を決めましょう!! いざ決戦です!!」
「「「「「「…………」」」」」」
「あ、あう……何か言ってくださぁい……」
全員がポカンとしていると、プリムがしおしおと縮んでいった。
ま、プリムがやる気ならこっちも元気百倍だ。
「じゃ、行くか。あそこにいる邪魔者を排除して、水晶渓谷眺めながらメシ食おうぜ」
「お前は変わらんな……まぁいい、行くぞ」
アイシェラが白黒号の手綱を引き、馬車はゆっくり進み始めた。
◇◇◇◇◇◇
「来い、ヴァルフレア……友の仇、取らせてもらう」
「さ~て、オレも復讐させてもらおうかな」
「姉さん、ようやくこの時が来たね」
「ええ。やっとあいつをグチャグチャにできるわ」
「…………」
炎の竜巻の中にいたのは、五人。
暁の呪術師フウゲツ。
ラーファルエル、サンダルフォン、メタトロン。
そして……今にも泣きそうな顔をしている、十四歳ほどの少年だった。
「…………」
「ふふ、ロシエルく~ん? やりたくない気持ちはわかるけど、ちゃんとやった方がいいよ?」
「…………わかってるよ」
『裏切りの八堕天使』の一人ロシエルは、ラーファルエルのニヤついた笑みを見ずに答えた。




