ミカエルとカグヤ
さて、これから向かうのは水晶渓谷だ。
メンバーは、俺、シラヌイ、プリムとアイシェラ、カグヤ、クロネにナキ、そしてミカエル。けっこうな大所帯だなぁ。
ミカエルは、意外にもプリムと仲がよかった。
馬車の中で、ミカエルが持参したカードゲームをやっている。クロネ、ナキも混ぜて四人で遊んでいるようだ。アイシェラは手綱を握りながら羨ましそうにしている。
俺とカグヤは、馬車の屋根でのんびり横になっていた。
「むぅ……あの赤毛め」
「お前なぁ、あんまりミカちゃんを怒らせるなよ? ぶっちゃけ、お前より強いぞ」
「うるさい。言われなくてもわかってる。でも、ムカつくのはムカつく」
「俺的には、カグヤとミカエルって似てる気がする」
「はぁ!?」
というか、そっくりだよ。
短気なところとか、強気なところとか。
カグヤはムッとしながら、仰向けになる。
「まぁいいわ。それより、後で組手に付き合いなさいよ」
「ああ。わかった」
「ん……」
カグヤはそのまま欠伸をすると、仰向けのまま眠りだす。
俺が隣にいるのに寝た。以前だったら、こんな無防備な姿は見せなかった。
ま、別にいいや。俺も少し寝よう。
◇◇◇◇◇◇
それから数時間、馬車はのんびりと進んだ。
途中。ミカエルが野良魔獣をやっつけたり、すごく綺麗な景色を眺めたり、川で一休みしながらお昼を食べたりと、平和な時間が過ぎて行く。
水晶渓谷までもう少し。
今日は、川沿いで野営をすることになった。
少し早く野営地を見つけ、野営の支度をする。
テントを建て、かまどを組み、薪を拾い……夕方前には全ての支度が終わった。
早くした理由は、カグヤと組手をするためだ。
俺とカグヤは、野営地から少し離れたいい感じの広場で向かい合う。
「フレア、行くわよ」
「おう。炎なし、能力なしな」
「ええ……じゃあ、開始!!」
カグヤの猛ダッシュ。
ほぼ一瞬で距離を詰められ、前蹴りが飛んでくる。
俺はカグヤの前蹴りを半回転で躱し、そのまま裏拳を叩き込む。
だが、カグヤは足を突き出したまましゃがんで躱す。足を引き戻し、手を地面に付けて器用に回転蹴りを繰り出した。
「っと」
「神風流、『風車』!!」
手を地面に付け、足で勢いを付けて回転した。
カグヤは回転だけで浮き上がり、四回転くらい回る。そのまま足をバタつかせ立ち上がる。
「神風流───『飛空礫』
カグヤは、小石を蹴り上げ俺に飛ばしてきた。
首をひねって躱す。この野郎、遠慮なく顔面狙ってきやがった。
そろそろ、俺も反撃する。
「甲の型、『鉄槌』!!」
身体を呪術で硬化させた踵落とし。
避けるのかと思いきや、回し蹴りで受けやがった。
「アタシに蹴り技見せるなんて、ねっ!!」
「うおっ!?」
弾かれた。
急ぎ、体勢を整えると、カグヤの回し蹴りが首を狙ってきた。
だったらこっちの番だ。
「神風流、『凪打ち』!!」
「甲の型、『鉄丸』!! からの───」
全身を硬化させ、カグヤの蹴りをクビで受ける。
かなりの衝撃だが耐えた。
そのまま足を掴み、拳を顔に叩き込む。
だがカグヤも動いた。俺の首に叩き込んだ足をそのまま曲げて身体を掴み、もう片方の足で俺の頭を蹴り飛ばそうとした。
そして。
「「───……」」
拳と足を寸止めする。
カグヤの力が緩み、俺の力も緩む。
そのまま、カグヤと正面から向かい合い、互いに一礼した。
「ふぅ……やっぱり、アンタとの組手はいい刺激になるわ」
「同感。ってかお前、また強くなったな。蹴りの鋭さが違うぞ」
「ふふん。ま、堕天使を倒したのがいい経験になったみたいね。あーあ。もっと出ないかなー」
「…………」
すると、ミカエルが腕組みしてこっちを見ていた。
ミカエルが見ていたのはカグヤ。
「なかなかやるわね……人間のくせに、十二使徒レベルじゃない」
「……覗き見なんて、趣味が悪いわね。なに? アンタもやりたいの?」
「興味ない。あたしは水浴びしに来ただけよ。終わったなら消えなさい」
「はぁ~? アンタが消えれば?」
「……うっざ。たかが人間のくせに」
「そのたかが、ってのやめてくんない? たかが天使のくせに」
「……は?」
「……は?」
うっわぁ……またかよ。
この二人、絶望的にそりが合わない。
俺はため息を吐き、二人の手を掴んだ。
「真・第六地獄炎、『嘆キノ手枷』」
「「は!?」」
黒い炎の鎖が、二人の手に絡みついた。
前の全身グルグル巻きとは違う。二人の左手だけを拘束した。
鎖は一メートルもない。さらに、天使と特異種の能力を完全に封じる、進化した第六地獄炎の呪いだ。
俺は、めんどくさそうに言った。
「能力を封じた。しばらくこのままな。ああ、殴り合いの喧嘩もできるぞ。怪我しても俺とプリムがいるから治してやる。一度、思いっきり殴り合えば友達になれるだろ」
「「はぁぁぁぁぁぁっ!?」」
「じゃ、俺は戻るから。水浴びしたいなら仲良く脱がし合えよ~」
「「ちょ!?」」
さて。メシはまだかな~♪
◇◇◇◇◇◇
カグヤとミカエルは、しばらく茫然としていた。
カグヤが左手を引くと、ミカエルの腕が持ち上がる。
イラッとしたミカエルが腕を引くと、カグヤの左手が持ち上がった。
「痛い。動かすな」
「こっちのセリフ。ってか離れてよ」
「アンタが離れなさいよ」
「うるさい。ってか、あんた汗臭い……きったないわねぇ」
「はぁぁ!? ふざけんなこのっ!!」
「いったぁ!? 何すんのよこの銀髪!!」
「あいたっ!? このっ……」
ミカエルのビンタがカグヤの頬を打つ。
すると、カグヤの額に青筋が浮かび、ミカエルの顔面に拳が突き刺さった。
ミカエルが鼻血を出し、歯をギリギリ食いしばり……膝蹴りがカグヤの腹に突き刺さる。
カグヤは腹を押さえて蹲り……そのまま飛び上がるように頭突きした。
「「…………」」
互いに顔を見合わせ───プツンと切れた。
「「ブッっっ───殺す!!」」
カグヤとミカエルの殴り合いが始まった。
カグヤは当然だが、ミカエルも聖天使教会で体術を習得している。二人とも髪を引っ張り、顔や腹を殴り、服や鎧も脱げ、とんでもない姿になっていく。
そして、二人は地面をゴロゴロ転がり、そのまま川にドボンと落ちた。
「おっ、っがぼっ!? がぼぼっ!?」
「っぷはぁ!! ちょ、アンタなにやって」
ミカエルは、川の深い部分に足を取られ、おぼれかけていた。
カグヤも引っ張られる。このままでは二人とも溺れる。
「ああもう、仕方ないわね!!」
カグヤは鎖を引き、ミカエルを抱きしめるように支えた。
ようやく水中から顔を出したミカエルは、苦しそうに息を吐く。
「っぷあぁ、あっ……し、死ぬかと思ったぁ」
「ほら、上がるわよ」
「ぅ……」
カグヤはミカエルを支え、ようやく川から脱出した。
ずぶぬれになり……ミカエルは、ポツリと言う。
「……助かったわ」
「別に、気にしなくていいわよ。あのままだったら、アタシも溺れてたし」
「…………」
「はぁ……もうやめた。ねぇ、一時休戦しましょ。アンタはアタシが気に喰わない。アタシもアンタが気に喰わない。今はそれでいいとして……フレアの邪魔にならないくらいは、喧嘩するのなしで」
「…………わかった」
「うし。じゃあ、アイツ呼んでこの鎖外しましょ。その前に……少し、水浴びしたいわ」
「同感……服、脱いでいい?」
「ええ。アタシも脱ぐ」
ミカエルとカグヤは、ずぶ濡れの服をなんとか脱いだ。
二人とも、打撲の跡が痛々しい。
まずは、打撲を冷やそうと川に向かう。今度は、二人そろってゆっくりと。
「お、随分と仲良くなったじゃん」
「「え」」
「ははは。素っ裸で何してんだ? ああ、水浴びか」
「「…………」」
フレアが現れた。
振り向いた二人は、フレアに全てを晒してしまう。
そして、わなわなと震え……。
「ははは。案の定、喧嘩してたか。大丈夫、ちゃんと怪我治して───」
「「地獄に落ちろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」
「えっぶはぁぁ!?」
ミカエルとカグヤの前蹴りが、フレアの顔面と腹に突き刺さった。
フレアは吹っ飛び、地面をゴロゴロ転がって気絶した。
「自業自得……にゃん」
この様子を見ていたクロネが、ポツリと呟いた。




