BOSS・呪闘流幻種第一級呪術師ジョカ
「幻の型、『揺煌』」
「えっ」
ふわりと、目の前のジョカが第七地獄炎に包まれて消えた。
俺は鼻を押さえる───そうか、幻の炎で消えたように見せかけ、薬を炎に乗せて周囲に撒いたんだ。多分だけど、薬の効果は匂い消し……この匂い、覚えがある。
「匂い消し……マンドラ婆ちゃんと一緒に作ったっけ」
自分でも自覚している。
俺の悪い癖だ。
こいつ相手に、第一地獄炎だけで戦いたくなった。
零式を使えば、この辺りの第七地獄炎を吹き飛ばし、寝ているプリムたちを起こすこともできる。さらに、ジョカを瞬殺することだってできるだろう。
だが俺は、俺の知らない呪闘流を感じたかった。
魔神器を使わず、第一地獄炎だけを燃やす。
「───どこだ?」
やばい。わからん。
第七地獄炎、敵に回すとめちゃ厄介だな。
あんまり第一地獄炎の火力上げると木々が燃えるし……くそ。
「「「「幻の型、『幻惑胡蝶』」」」」
ゆらりと、大勢のジョカが現れた。
全員、五指に鉄爪を装備している。
俺は構え、備える。
「来やがれ」
「「「「ふふ……」」」」
ジョカが一斉に向かってきた。
俺は、最初に鉄爪を振り下ろしてきたジョカの攻撃を流そうと『漣』で軌道を変える。
だが───。
「えっ!?」
手首を狙った打突は、煙に触れたように貫通した。
幻───このジョカは、本物じゃない。
そして気付いた。ほんの少しだけ『生身』の気配。
俺のいる真上。木の枝にジョカがいた。手にはナイフを持っている。
向かってくるジョカは全て偽物。上空からの一撃が本命。
上にいるジョカが飛び降りた瞬間、俺は視線を上に向けた。
「なっ───」
「甘いんだよ」
そのまま、カウンターを叩き込もうと拳を合わせる。
「ええ、甘いわね」
「えっ」
ザクリと、背中に激痛が走った。
そして───木から飛び降りたジョカが、煙のように消えた。
「生身の気配、感じた? 第七地獄炎の『幻』を使うならわかるでしょう?……第七地獄炎の幻は現実と変わらない。そう認識しちゃうの」
「っぐ、あ……ッ!?」
まさか。
向かってくる幻の中に、本物のジョカがいた。
気配がない。間違いなく、上空から飛び降りてきたジョカが本物だ。
俺は、幻のジョカに背中を抉られた。
「っこ、の……」
「おっと」
俺を斬ったジョカに裏拳を叩き込むが躱された。
そして、上空から襲ってきた生身のジョカが、煙のように消える。
さらに、俺を囲んでいた無数のジョカが、一瞬で消えた。残った一人のジョカが、俺の血が付いた手爪をぺろりと舐める。
「刻んであげる」
「…………」
そして、たった一人のジョカが突っ込んで来た。
一人。だが本物とは限らない。
これも偽物か。
「その判断が、動きを鈍らせる───滅の型、『桜花連撃』!!」
「くっぉ……っ!?」
ジョカの連撃が俺に叩き込まれる。
なんとかガードしたが、ジョカの言う通りだ。
本物か、偽物か。その迷いが、俺の動きを鈍らせていた。
目の前のジョカは本物だ。
こいつ……戦闘での駆け引きが抜群に上手い。
だったら───。
「だったら、全部受けて全部叩いて全部やっつける!!」
「はぁ?」
「来いよ。へへ、簡単なことだったわ」
「……ふふ」
ジョカの姿が紫色の炎と共に消えた。
そして、周囲が一気に紫色の炎で燃え上がり、何十人ものジョカが現れた。
全員、手に小瓶を持っている。
「「「「幻の型『極』───……『幻魔幽玄炎舞』」」」」
ゆらりと、視界が揺れた。
毒───ではない。これは……なんだ?
首をコキコキ鳴らし、なんとか意識を保つ。
視界だけじゃない、四肢も重い。
意識だけ、身体から抜けて行くような感覚だった。
「禁薬よ。さすがに、この毒の耐性はないようね」
「───……」
「さぁ、ゆっくりおやすみなさい」
「…………」
四肢がだらりと落ちた。
すっげー気持ちいい……甘いにおい。嫌いじゃないわ。
すると、首筋にひやりとした感覚……ああこれ、手だ。
ん?……あれ、今は……ああそっか、戦い。
「え?───ッぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
俺の全身が一気に燃え上がり、耳元で絶叫が響いた。
ここで、ようやく意識がはっきりしてきた。
「……あ」
慌てて構えを取る。
すると、足下に焦げ臭い何かが転がって……あ、これ。
「あ、っが……まさ、か……意識、あった、の……?」
「あ、いや、まぁ……うん」
ジョカだった。
全身火傷で苦しんでいた。
ああそうか。こいつ、俺に接近して何かしようとしたんだ。そこで俺が全身を一気に燃え上がらせたおかげで、巻き込まれて大火傷したんだ。
ジョカは、苦し気に言う。
「禁薬……意識を強制的に奪い、操り人形にする、薬なのに……なんで、効かない、の?」
「いや、効いてたぞ。気持ちよくてさ、寝ちゃいそうになった。でも、お前と戦ってるって思ったら全身が一気に燃え上がったんだ……ははは、助かった」
「…………っぐ、う」
あ、気絶した。
うーん。なんか釈然としないけど、俺の勝ちかなぁ。
◇◇◇◇◇◇
「ぅ……あ」
「よ、起きたか」
「え……? あれ、私……あっ」
ジョカが目を覚ますと、かけられていた毛布を手繰り寄せた。
「……あなたが?」
「ああ。怪我、治ってるだろ? あと服、怪我を治したついでにボロボロだから脱がしただけだ」
「…………なぜ、助けたの?」
「いや、みんな起こせよ」
俺はテントを指さす。
ナキとクロネを並んで寝かせ、テントの入口を開いてプリムたちを見せる。
第四地獄炎なら起こせると思うけど、めちゃ疲れるからやりたくない。なので、ジョカだけを治して全員起こしたほうが楽だと思ったのだ。
ジョカは小さくため息を吐く。
「半日もすれば起きるわよ……」
「なんだ、そうなのか」
「それより、私をどうする気?」
「どうって……別に? 逆に、お前はどうしたいんだよ」
「私は、あなたを連れてこいと神に命じられた」
「ふーん」
「任務は失敗。このまま戻れば、神に殺されるでしょうね」
「じゃあ戻らなきゃいいじゃん」
「…………」
ジョカは、ポカンとしていた。
せっかくなので俺は、ジョカに聞いてみた。
「前から思ってたけど、お前たちって何なんだ? 呪術師なのは間違いないと思うけど……なんというか、俺や先生みたいな雰囲気じゃないんだよなぁ」
「……私たちは、先生たちに拾われた孤児よ。神によって蘇った四人の呪術師に育てられた呪術師。千年前の呪術師とは違う」
「そうなのか……安心したような、残念なような」
「あの四人の先生。老いもしないし感情もほとんど見せない。まるで、ゴーレムみたいな人たち……でも、あなたを見た時は、嬉しそうに見えたわ」
「…………」
「帰らなければいい、か……確かに、あなたの言う通りかもね」
ジョカは小さく微笑んだ。
「私は負けた。だから……あとは好きにする」
「ああ、そうしろよ。あと、神様は俺がブチのめしてやるからな。安心しな」
「ええ……あーあ、すごくスッキリした気分」
俺は、アイシェラの着替えをジョカに渡した。
ジョカは着替えを済ませると、俺に言う。
「最後に……フウゲツには気を付けなさい。あの子、セキドウを殺されてすごく怒ってたから」
「フウゲツ……ああ、わかった」
「さよなら。地獄の業火で焼かれ続けた、最強の炎使いさん」
そう言って、ジョカは幻のように第七地獄炎と共に消えた。
◇◇◇◇◇◇
数時間後。
「ん……ああ!? やっべぇ、寝ちまった!!」
「んにゃっ!?
ナキが、クロネの尻尾を握り締めながら起きた。
同時に、テントからプリムたちも起き出してくる。
「くぁぁぁ~~~……すっごくよく眠れましたぁ」
「お嬢様、ヨダレが……ハァハァ」
「アイシェラ、寄らないで。あれ……? フレア?」
「おう。起きたか」
俺は、かまどの火を熾してスープを作っていた。
すると、カグヤとミカエルも起きてくる……こいつら同じような寝ぐせして同時に欠伸した。似た者同士にもほどがあるだろ。
「あぁぁ~~~……すっごくよく寝たぁ。こんなに寝たの久しぶりかも」
「あたしも……はぁ、のど乾いたぁ」
「二人とも、寝ぐせがすごいです。アイシェラ、櫛を」
「はい、お嬢様」
カグヤとミカエルの髪を、プリムが梳き始めた。
すると、クロネが周囲を見回し……俺に言う。
「…………変な匂いがするにゃん。フレア、何かあったにゃん?」
「いや、何にもないぞ」
「…………ふぅん」
「ほれ、魚焼くぞ。焼き魚好きだろ? それとも肉のがいいか?」
「魚にゃん!!」
『わぅぅん』
すり寄ってきたシラヌイを撫で、俺は大きな欠伸をした。
ま、ジョカのことは別に言わなくていいだろ。それより、今大事なのは朝飯だな!!




