追手と刺客
岩塩湖から逃げるようにして離れ、ホワイトパール王国領にある森へ到着した。
ナキが森の木に触れ、目を閉じる。
「……この辺りは大丈夫だな。魔獣もいないし、動物しかいねぇ。ヒトの踏み込んだ形跡もない、ありふれた森ってところだ」
「おまえ、わかるのか?」
「一応、エルフだからな。木々と会話くらいできる」
「すげぇ……ってか、そんなことできるのかよ」
「まぁな」
エルフは、森の民。
木々と意思疎通……というか、意思を同調?できるらしい。ぶっちゃけよくわからん。
だが、ナキが「大丈夫」って言うし、大丈夫だろ。
森に馬車を止め、白黒号を荷車から外してやる。
世話をアイシェラに任せ、俺たちは野営の準備……と、ここでひと悶着。
「アンタ、何かしなさいよ」
「はぁ? ってか、なんであんたにそんなこと言われなきゃならないの?」
「……ブッ殺すわよ?」
「やってみたら? 黒焦げの肉塊にしてあげる」
「待て待てまて。なんで喧嘩してんだよ」
俺は、カグヤとミカエルの間に入った。
案の定。予想通り。この二人は合わなかった。
プリムはあわあわしてるし、クロネは我関せずと馬の世話、アイシェラは頭を押さえため息を吐き、ナキは面白そうな物を見る眼でニヤニヤしていた。
「フレア。あんた、こんな女とツルむのやめなさいよ」
「あぁ? この赤毛天使、マジで殺してやろうか? アンタの顔面が陥没する瞬間が見たくなったわ」
「あら偶然。あたしも同じ考え。でも、見たいのはブタの丸焼きだけど」
「真・第六地獄炎、『黒キ鎖ノ縛リ』」
俺の胸を覆う第六地獄炎の進化した神器、『黒ノ十字架Spec2』から、黒い鎖のような触手が何本も伸びてミカエルとカグヤを拘束した。
一本の鎖で二人をギチギチに拘束したので、二人は身体をぴったりくっつけ、唇が触れそうなくらい密着している。
「んぁぁぁぁっ!? ちょ、フレアなにこれ、外しなさいよ!!」
「アンタ、ふざけんな!! ちょ、顔近づけないでよ!! キモイ!!」
「はぁぁぁぁ!? それこっちのセリフだし!! この銀髪女、近づくなっての!!」
「さ、飯にしようぜ。お前ら二人、仲良くなるまでそのままな」
ちなみに、この黒い鎖は『全ての特殊能力を封じる』って効果がある。ミカエルもカグヤも能力を使えないので、バタバタ暴れるくらいしかできないのだ。
アイシェラは、珍しく俺を褒めた。
「なかなかやるな貴様。ふふ、いつかこれでお嬢様と私を縛ってほしいものだ」
「アイシェラ、キモイです」
「はぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
「ナキ-、メシまだかー?」
「はいよ。ははは、騒がしくも面白いねぇ」
「にゃん……なんか、うちも慣れてきてるのか恐怖を感じないにゃん」
『わん!』
「あぁぁぁぁ!! この赤髪顔近づけんなぁぁぁぁぁぁっ!!」
「暴れんなっての!! んんぁぁっ!? ちょ、胸擦り付けんな!!」
「うっさい!! っひぇ!?」
暴れるカグヤとミカエルを放置し、俺たちは食事を楽しんだ。
◇◇◇◇◇◇
食事を終えると、カグヤとミカエルが「もう暴れないから許して」と懇願してきた。
仕方ないので拘束を解く。一応警戒したけど、二人の八つ当たりは来なかった。
ミカエルもカグヤも、互いに無視していた。ま、騒がしくないならいいや。
ミカエルは、果実水を飲みながら話始める。
「……とりあえず、今後の予定ね。フレア、どうする気?」
「どうするって、何が?」
「あのねー……あんた、神に狙われてんのよ? あたしら天使の神様をすっごく怒らせて、聖天使教会だけじゃなくて、堕天使や黒天使も総動員してあんたを追ってるんだから」
「別に変わんねーよ。俺は俺の道を行く。邪魔するならブチのめす……でも」
「?」
俺は、右手に黄金の炎を燃やす。
「先生たちだけは、解放したい……」
「先生って……呪神?」
「天使はそう呼んでるんだっけ。そう、タック先生だ。あと、マンドラ婆ちゃん、ヴァジュリ姉ちゃん、ラルゴおじさん……あの神様が言ってた。先生たちの魂を改良して、新しい肉体に宿したとか。改良されても、先生たちの魂であることに変わりない……気持ちの整理は付けたけど、やっぱりあれは先生たちなんだ。あの四人だけは、俺がこの手で倒したい」
「…………」
「それと、あの三人……神。あの三人だけは、俺がこの手でブチのめす。先生たちの魂を弄んだ報いを受けてもらう」
「……そう。じゃあ、当面の目標は『死ヲ刻ム四影』の解放と三柱の討伐ね。でも……神なんて倒せるのかしら」
ミカエルは、少し緊張したように呟いた。
「ま、なんとかなるって。それより、ミカちゃんも一緒に冒険してくれるんだよな!」
「そうね。あたしはもう裏切り者だし、聖天使教会には戻れない。あんたと同じ、狙われる立場ね。まぁ……後悔はしてない」
「そっか。ありがとな」
「…………ん」
ミカエルは、赤くなってそっぽ向いた。
ここでアイシェラが口をはさむ。
「さて、これからどうする? まさか、天使と神を探して戦いを挑むのか?」
「それでもいいけど……ミカエル、どう思う?」
「やめときなさい。やるなら、支配下の天使を片付けてからね」
「えー? でも俺、天使に喧嘩売りながら旅なんかしたくないぞ」
「でも、行く先々で天使に襲われたら、周囲は大迷惑よ」
「むー……」
すると、クロネが言う。
「だったら……この先にある『水晶渓谷』に行くのはどうかにゃん? ここからそう遠くないし、あそこは隠れた観光名所にゃん。普段、誰もいないはず……にゃん」
「確かに。クロネの言う通りだ。あそこはかつて宝石の原石が採れる産地だったが、今は枯渇している。だが、その景色だけは美しい……行く価値はあるな」
「おお、いいね。おもしろそうじゃん」
というわけで、次の目的地は『水晶渓谷』となった。
◇◇◇◇◇◇
その日の夜。
ナキとクロネが野営。残りは全員テントで寝ていた。
「……水晶渓谷ねぇ。どんなところだ?」
「さっきも言った通り、宝石の原石が採取された渓谷にゃん。今はもう枯渇して、ただ景色のいい渓谷になってるけど」
「ふぅん。ま、自然は嫌いじゃねぇよ。というか……まさか、天使と旅をすることになるとはな」
「にゃん。うち、ミカエルと少しだけ旅したことあるにゃん。庶民っぽくていい奴にゃん」
「ふーん。でも、カグヤと相性最悪だけどな」
「同族嫌悪ってやつにゃん。あの二人、なんとなくそっくりにゃん」
「それ、絶対言うなよ……ふぁぁ」
ナキは大きな欠伸をした。
同時に、クロネも欠伸をする。
「にゃぁぁぁふぅぅ……にゃ」
「…………」
ナキとクロネは、気付いていなかった。
静かに、静かに……二人の周りを、『紫色の煙』が取り囲んでいることに。
煙が充満し───ナキとクロネは気を失った。
「ふふ───よく寝てるわ」
そして、ナキの背後から現れたのは、一人の女。
かつて、パープルアメジスト王国でフレアと戦った『暁の呪術師』の一人、ジョカだった。
ジョカの身体は、紫色に燃えていた。
「幻の型、『眠リ姫』……ふふ、ぐっすり寝てる」
ジョカは、眠りこけるクロネのネコミミを軽く撫でる。
そして、煙が充満しているテントへ近づいた。
そのテントには、フレアとシラヌイが寝ている。
「あとは、フレアを回収して……おしまい。ふふふ、私に部下は必要ないわ。この『幻』のジョカの眠りから逃れることなんて、呪術師にだってできないんだから」
第七地獄炎の幻、そして呪闘流幻種第一級呪術師としての技。
幻の型では、製薬術を武器として使う。
呪術師たちが長年研究してきた毒物を、第七地獄炎の幻と組み合わせて使うのだ。
その睡眠毒に、全員が寝入ってしまう。
後は、フレアを回収するだけ。
ジョカは、フレアの眠るテントをゆっくり開けた。
「さぁ、お出かけの時か「滅の型、『百花繚乱』!!」 っぶげ!?」
だが───テントを開けた瞬間、フレアの拳がジョカの顔面を殴打した。
ジョカは吹っ飛び、地面をゴロゴロと転がる。
「くっせぇ匂い……お前の仕業か」
「な、ば、ばんべ……!?」
鼻血のせいで、うまく話せない。
ジョカは立ち上がり、顔を押さえ驚愕していた。
フレアは、首をコキコキ鳴らす。
「寝てたら変な甘ったるい匂いがした。それと、第七地獄炎が燃えてるの感じた。怪しいと思ってたら、お前の気配を感じた。んで、俺が狙いってわかったから、テントの前で構えてただけ」
「な……」
「さーて。お前は敵だな……覚悟しろ」
フレアは腕をグルグル回し、構えを取る。
ジョカも、顔を拭い構えを取った。
「呪闘流甲種第三級呪術師ヴァルフレアだ。よろしくな」
「呪闘流幻種第一級呪術師ジョカ。穏便に済ませようと思ったけど……後悔しても遅いわよ」
仲間が何も知らず眠る中、フレアとジョカの戦いが始まった。




