岩塩湖にて
岩塩湖。
そこは、有り得ないような光景だった。
「え……なんだ、これ」
馬車が止まった場所は、岩塩湖前にある広場。ここには出店や観光客が大勢いる。
宿も各種商店も揃ってるし、小さな町見たいな賑わいだ。
だが、俺が驚いているのはそこじゃない。
「真っ青な……氷?」
「違う。あれは岩塩だ」
目の前に広がっている光景は、どこまでも青い氷の結晶……ではなく、青い塩の塊だった。
湖なのは間違いない。だが、周辺にある岩は全て青く、湖の色は綺麗な水色だ。
太陽の光でキラキラと輝く光景は、美しさしか感じない。
馬車から降りた俺たちは、岩塩湖が一望できる高台へ。そこから柵に乗り出すように、岩塩湖を眺める。
「おぉぉ……すっげぇな」
「アタシも、こんなの初めて見た」
「世界は広いねぇ……八百年生きてても知らねぇことは多いぜ」
俺、カグヤ、ナキは岩塩湖から目が離せない。
すると、アイシェラが胸を張る。
「どうだ、素晴らしいだろう? 自然の生み出す光景とは、実に偉大なものだ」
「これ、塩なのか? なんで青いんだ?」
「…………自然は偉大だろう?」
「あ、知らないのか」
アイシェラはそっぽ向く。
すると、クロネが言った。
「サファイアソルト、っていう青みがかった塩だからにゃん。七大陸でサファイアソルトが採れるのは、ホワイトパール王国だけ。サファイアソルトを食用に生成できる技術を持つのもホワイトパール王国だけにゃん。ここにあるサファイアソルトは純度が高すぎて食用には向かないから、観光名所として開放してるってところにゃん」
「さすが物知りクロネ。ほれほれ」
「ごろごろ……って、撫でんにゃ!!」
クロネを撫でると喉が鳴った。だがあっさり手を弾かれた。
ナキは、煙草を取り出すが、周囲に配慮してやめる。
「とりあえず、今日はここに一泊していこうぜ。せっかくの観光地だ。面白いモンとか美味いメシとか食おうじゃねぇか」
この意見に、反対意見は出なかった。
というわけで、観光開始。
最初に向かったのは宿だ。けっこう大きな宿で、二つ部屋を取る。
その後、全員で土産物屋へ。
「おお、見ろよこれ。サファイアソルトの結晶だ」
「どれどれ……見てこれ、お守りだって」
小さな瓶に、キラキラしたサファイアソルトの結晶が詰まっていた。紐も付いていることから、カバンなどに付けるお守りとしてよく売れてるそうだ。
カグヤは、一つ手に取る。
「アタシ、これ買おうっと。プリムもどう?」
「そうですね。わたしも買います!」
二人は仲良く会計へ。
俺は魚の干物を見ているクロネの元へ。
「何買うんだ?」
「にゃん……干物にゃん。それと、アユのサファイアソルト焼き……ごくり」
「お、美味そう……俺も食べよっかな」
土産物屋の外に、魚の塩焼きを売ってる露店があった。
クロネと一緒に並び購入……さっそく食べる。
「……う、うまっ!!」
「お、おいしい……にゃん!!」
たかが塩焼き、されど塩焼き。
サファイアソルトの塩焼きはめちゃウマだった。クロネと顔を見合わせガツガツ食べ、あっという間に完食してしまう。
「サファイアソルト、しょっぱいだけじゃないのか……」
「すっごい奥深い味にゃん。うち、塩買ってくにゃん!!」
「けっこう高そうだけど……」
「関係ないにゃん!!」
クロネはサファイアソルトを買いに。この辺りの岩塩を削った物ではなく、ちゃんとした食用のサファイアソルトを精製して食用品にしているようだ。
俺も買おうかと思ったが、それよりもナキとアイシェラが気になった。
二人が見ていたのは、青みがかった酒瓶だ。
「青塩酒……この辺りの名産品だ」
「ほぉ、どんな味だ? 美味い酒には興味あるぜ」
「酒にしては珍しく、甘みより塩気がある酒だ。つまみは甘い方がいいだろうな」
「……ちと高けぇな。だが、気になるぜ」
「では、半分ずつ出すか。これは旅で飲むとして、今夜は近くの酒場でどうだ?」
「いいね。ククク、ガキのくせに酒の味がわかるとはな」
「私は十七だ。ガキではない」
どうも会話に入りにくい。
仕方ない。俺は俺で面白そうなモン探すか。
「さて、美味いモン美味いモン……ん?」
お、『サファイアソルトせんべい』だって。なんか美味そうだな。
俺は、高く積まれた木箱に手を伸ばす。焼き印で『サファイアソルトせんべい』だって……うん、これはすごく気になるぞ───っと。
俺が伸ばした手が、横から伸びてきた手に重なった。
「あ、ごめんなさい」
「あ、うん。別に───って」
互いに謝る。
互いに顔を見合わせ───硬直した。
「え…………み、ミカちゃん」
「……ふ、フレア?」
なんと、そこにいたのは……聖天使教会十二使徒『炎』のミカエルだった。
◇◇◇◇◇◇
なぜ、ここにミカちゃんが?
ポカンとしていると、ミカちゃんがハッとなり周囲を見渡す。そして、俺の手を引いて土産物屋を出た。
「お、おい!?」
「ごめん。今だけ何も言わないで付いてきて」
「ちょ、待った。仲間が」
「すぐに終わるから、お願い!!」
ミカちゃんは、俺を引っ張り、岩塩湖にある宿の一室へ。
部屋に鍵をかけ、周囲を見渡し……ようやく俺から手を離した。
「……とりあえず、大丈夫みたいね」
「おいおい、なんだよミカちゃん。久しぶりだってのに」
「馬鹿!! ってかあんた、一体何やらかしたのよ!? 初めてあたしたち天使の元に『神』が現れたと思ったら、あんたの抹殺指令出してきたのよ!? それに、あの『アメン・ラー』様の顔……焼け爛れてたのって、あんたがやったんでしょ!?」
「とりあえず落ち着け。ってか、抹殺指令ねぇ……」
「もう、天使も黒天使も堕天使もない。暁の呪術師とかいう連中を中心に、あんたの討伐・捜索隊が結成されてる」
「……お前はなにしてんの?」
「…………抜けてきただけ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ああもう!! そうよ、納得できなくて裏切ったの!! あのヒョウカとかいう傲慢女、あたしのこと召使かなんかと勘違いして雑用ばっかり!! だから頭にお茶ぶっかけて逃げてきたの!! それで、お腹空いたからたまたま近くにあったここに来て……あんたに会ったの」
「……それ、大丈夫なのか?」
「知らない。って、そんなことより!! ヤバいわよ。天使に見つかったら、あんたは問答無用で襲われる」
「そっか。まぁいいよ、返り討ちにするから」
「馬鹿!! 階梯天使の雑魚はともかく、十二使徒レベルが集団で動いてんのよ!? あたしだって十二使徒を四人以上同時に相手はできないし……」
「……え、手伝ってくれんの」
「あ……」
途端に、ミカちゃんの顔が真っ赤に染まる。
そして、何かに気付いた。
「やっば……こ、ここ密室じゃん。え、天使と人間って身体の作り同じよね? どーしよどーしよ……まま、待って待って。まだそういうのは速いし、怖いし……えっと」
「おーい? ってか、そろそろ戻っていいか?」
「はっ……だ、駄目だっての。とにかく、ここじゃマズイ。あのヒョウカとかいう奴、かなりの達人よ。あたしでも相当手こずる」
「ふぅん……まぁ、くる奴はブチのめす。逃げる奴は追わない。俺のスタイルは変わらん」
「あんたって……はぁ」
「それよか、お前はどうすんだ? 俺と一緒にいたらまずいんじゃねーの?」
「…………別にいいわよ。あたしら天使は神様の道具だけど、ココロまで渡すつもりはないわ。あたしは、あたしの意志であんたといる。これは神様でも捻じ曲げられない」
「おお、かっこいい。あ、じゃあさ、これから一緒に旅するか?」
「…………それもいいかも」
ミカちゃんは、にっこりと笑った。
うんうん、いい笑顔じゃん。
「愚かですね、ミカエル」
「「!?」」
いきなり聞こえた声は、窓の外から。
宿屋の窓を開けると、一人の男が浮いていた。
「ドビエル……!!」
「対象を発見。これより捕獲開始……ヒョウカ様に位置をお伝えしました。もう間もなくご到着されるでしょう」
ドビエル。それがこいつの名前か。
背の高い、学者風の男だった。聖天使教会十二使徒のローブを着て、灰色の短髪をオールバックにしている。さらに、片眼鏡をかけていた……頭よさそう。
ドビエルの手には、灰色の『筒』みたいな金属製の道具があった。
「ミカエル。最後通告です……地獄炎の呪術師ヴァルフレアを捕えなさい」
「嫌よ」
「では……私が捕える事にしましょう」
ドビエルは、冷たい目で俺とミカエルを睨んだ。




