BOSS・暁の呪術師『冰』のヒョウカ、『黒』のオグロ
フレアは、イライラしていた。
イライラ、そしてモヤモヤ。
エルドラドは、いいことを言ってたと思う。エルフや他種族と共存できる未来を作ろうとしていた。だが、龍人族の王ヴァルトアンデルスはそれを許さず粛清。テラエルフの村は壊滅し、エルドラドは処刑され見せしめに。
フレアは、本気で龍王国ドラゴンキングダムを滅ぼそうとした。
第七地獄炎は広範囲の幻。幻に囚われた者はフレアの敵ではない。
ヴァルトアンデルスの返答しだいでは、全ての地獄炎を使って国ごと燃やすつもりだった。
だが……ヴァルトアンデルスは、頭を下げた。
許してくれ、滅ぼさないでくれと懇願した。
もっと傲慢なヤツかと思っていた。だが、フレアと自分の力量を瞬時に察し、迷うことなく頭を下げたのだ……これで、フレアは戦えなくなった。
あの態度でわかった。ヴァルトアンデルスは、約束を守る。もうエルフが脅かされることもないだろうし、奴隷も解放されるだろう。
残ったのは、やり場のないモヤモヤ。
そして、そのモヤモヤを抱えながらドラゴンキングダムから出ると……現れたのは呪術師だ。
青い髪を束ね、呪術師の和装を着た同世代の少女。どこか陰のある、黒っぽい呪着を着た少年。二人はわけのわからないことを言い、フレアに喧嘩を売った。
そして、フレアは……モヤモヤを抱えたまま、それがイライラに変わり、ヒョウカに向かって走り出す。
「冰の型───『牙鮫』!!」
冰の型。
間違いなく、八極式。基礎四大行を納めた者が習う呪闘流の型。
ヒョウカの周りにはサメの牙のような礫が浮かんでいる。腕を振ると、フレアに向かって飛んできた。
ヒョウカは嗤っている。それがフレアの勘に触った。
「流の型、『巻手返し』」
「えっ」
「ヒョウカ!!」
フレアは、流転掌で氷牙の軌道を全て変えた。さらに、氷牙の軌道を変えた矛先をヒョウカに向け、そのまま返したのだ。
まさか、返されると思っていなかったのか。ヒョウカが唖然とし───オグロが割り込む。
「滅の型、『百花繚乱』!!」
「流の型、『さざな───おぶ、っが!?」
フレアの百花繚乱を数発受け流したオグロ。だが、全て受けきれず顔に何発かもらってしまった。
吹っ飛ぶオグロ。そしてオグロの元へ向かうヒョウカ。
「お、オグロ!!」
「だ、大丈夫……いっつつ、ヒョウカ、油断しすぎだよ」
「う……」
「気を付けて。もうわかったと思うけど、四大行の熟練度はヴァルフレアが遥かに上だ。それに『極』もある……不用意な接近戦は」
「第三地獄炎、『泥々深淵』」
フレアの左手に『テラ・ペ・ウェイン』が装着され、地面に潜り込んでいた。
すると、ヒョウカとオグロのいた地面が泥化する。二人は泥化の寸前で跳躍、難を逃れる。
フレアは泥を解除。両手の紫色の炎に包む。
「第七地獄炎、『アーヴァロン』」
両手の炎が霧となり、周囲を包み込む。
魔神器は国ごと覆い尽くしたが、これは半径数百メートルほど『幻』の世界で包み込む技だ。
木々や地面が燃えるが、炎に温度はない。
「やばい。第七地獄炎───ヒョウカ、この霧の効果範囲まで出るよ!」
「わかってますわ! ジョカの炎で経験済みですの!」
二人は呪力で身体機能を上げ、一気に走り出す。
だが───。
「おっぶ!?」
「ヒョウカ!?」
ヒョウカは、目の前に現れた大木に衝突した。
幻で巧妙に隠されていた木に激突。鼻血を出して倒れた。
そして、助け起こそうとしたオグロの前に、フレアが現れる。
「もういいか?……俺、今日はもう戦いたくないんだ」
「…………う、うん。わかったよ、ごめん」
「ああ。それと、お前らも呪術師だろ? 俺に話があるなら、また今度にしてくれ」
「わ、わかったよ。その……ありがとう」
オグロは頭を下げる。
すると、霧が晴れた。第七地獄炎が解除されたのだ。
フレアは、鼻血を出して伸びているヒョウカを抱き起す。
「う、うぅぅ……」
「悪かったな。第四地獄炎、『治癒炎』」
「ぅあ───……あ、あら」
「大丈夫か?」
「…………えっと」
「大丈夫だな。それじゃ」
フレアはヒョウカから離れ、そのまま森の奥へ消えた。
残されたのは、ヒョウカとオグロ。
「……強かったね」
「…………」
「七つの地獄炎の継承者かぁ……だめだ。残り火のボクらじゃ敵わないよ」
「…………」
「……ヒョウカ?」
「…………ヴァルフレア様、すてき」
「え」
ヒョウカは、なぜか頬を染めてフレアが去った方を眺めていた。
◇◇◇◇◇◇
フレアは、プリムたちに合流すべく歩いていた。
どこに行けばいいのかわからない。勢いのまま飛び出したせいで、ここがどこかもわからなかった。
グリーンエメラルド領土は広大だ。適当に歩いて見つかるとは限らない。
空でも飛ぼうか。そう考え、空を見上げる。
「…………いーい天気だ」
このまま、一人で冒険しようか。そんな考えが浮かぶ。
深呼吸しようと目を閉じる───。
◇◇◇◇◇◇
『よお、相棒』
「え……」
そこは、いつもの黒い空間だった。
親切な焼き鳥こと『火乃加具土命』が、大きな身体を横たえて欠伸した。
『ようやく全ての地獄炎に覚醒したな』
「ん、ああ。第七地獄炎、かなり使えるな」
『いやいや、オレのが一番だし。火ーっ火っ火』
「どうでもいい。で、なんか用事?」
すると、黒い空間に氷柱が立つ。氷柱は彫刻のように削れ椅子になり、そこに青いおばさんこと『アヴローレイア・コキュートス・フロストクィーン』が座った。
さらに、黒い地面にボコっと穴が空き、もふもふのモグラこと『ガイア』が顔を出す。
『大事な話があるのよ』
『ぼくたち全員がフレアを認めた。その時にちゃんと話そうって決めてたんだな』
さらに、白い炎が燃え、白いお姉さんこと『天照皇大神』が。そして、どこからともなく緑色のセミみたいなバケモノが飛んできて地面にピタッと止まり、微動だにしなくなる。得体の知れないキモイ蟲こと『空蝉丸』だ。
『少し、気になることがあしましてねぇ……』
『ギーヨギーヨギーヨギーヨ』
そして、黒い炎に包まれた『六天魔王タケジザイテン』に、ぬいぐるみを抱いた『ティル・ナ・ノーグ』が現れた。
『どうも、我々の同胞が何か企んでいるような気がしてね』
『……ぜんぶ、燃やしちゃえばいい』
「なんかいっぱい来た。これで全員か?」
地獄炎の魔王、七体が終結した。
口を開いたのは、タケジザイテンだ。
『フレア。我々七人以外に、神がいることは知っているね?』
「いきなりだな。えーと、天使の神だっけ? ミカちゃんが言ってた」
『正解。私たちと同格の神が三体。『アメン・ラー』、『トリウィア』、『黒勾玉』の三柱だ」
「それがどうしたんだ?」
『どうも、その三柱……この人間界に干渉しないってルールを破って、何かしようとしてるんだ』
「は?」
『やれやれ……ヒトの世界に直接干渉はしない決まりなんだけどね』
「いや、仲間じゃないのかよ?」
『違うよ。私らは地上の地獄門からこの世界を、奴らは『天』からこの世界を見守っているんだ。まぁ、ちょっと揉めちゃって大喧嘩したせいで、奴らは『天』にいるんだけどね』
「…………で、そいつらが何を?」
『まだわからない。でも……この地上に、妙な力が集まりつつある。あの、紛い物の呪術師たちがその一つだ』
「紛い物……?」
『ああ。あれはきみと違い純粋な呪術師じゃない』
「……よくわかんねぇ。とにかく、その神様が何かしようとしてるんだな?」
『たぶんね。あいつら、私たちを恨んでるし、きみにちょっかいかけてくるのも、もしかしたら』
「どうでもいい。俺に向かってくるなら叩き潰す」
『そうだね。私たちは直接外に出れない。力を貸すと言っても、きみの肉体に合わせたレベルの炎しか貸してやれない。どうか無茶だけはしないでくれ』
「俺のレベルって……かなりの炎だけど」
『ははは。もし我々の炎が神のレベルで顕現したら、初めて地獄炎を発動した日に世界は焼き尽くされているよ』
「こわっ」
すると、ティル・ナ・ノーグがタケジザイテンを押しのけた。
『あんたばっかりおしゃべりズルい……』
『おっと。悪いね』
『フレア。わたしの炎、どうだった?』
「ん、すごかったぞ。よしよし」
『えへへ……』
ティル・ナ・ノーグはニコニコしてる。なんか子供みたいだな。
すると、白いお姉さんこと天照大御神が締めた。
『フレア。お気を付けください……どうも嫌な予感がします』
「わかった。とりあえず、敵はぶん殴る」
そして───意識が覚醒する。
◇◇◇◇◇◇
「───あ」
目覚めると、青い空が見えた。
そして、首に剣が突き付けられている。
「よお」
その人は、ニカッと笑っていた。
両刃の剣だった。それが、俺の首に。
「なんだ、隙だらけだったぞ?……フレア」
「───え?」
俺は、信じられない物をみていた。
俺に剣を突き付けていたのは───。
「ら……ラルゴ、おじさん?」
「おう。久しぶりだなフレア。千年ぶりか?」
俺が知る最高の呪術師の一人、ラルゴおじさんだった。
『とりあえず、敵はぶん殴る』
とりあえず、敵は……? 敵は、ぶん殴る?




