六道、地獄道
上空数百メートル。
透き通る青空の中、一匹の巨大ドラゴンが優雅に空を泳いでいた。
全長三十メートル以上あるドラゴンだ。このドラゴンは、龍人族に育てられた『戦闘用ドラゴン』で、龍王国ドラゴンキングダムに住んでいる。
そのドラゴンの背に、二人の龍人が座っていた。
「これでエルドラドも終わりだな」
「ああ。ヴァルトアンデルス様に逆らった報いだ。まぁ、本人も今頃死んでいるかもしれんがな」
「がっはっは! エルフなどと共存? そんなバカなことを言うからこうなるのだ」
二人は、龍王ヴァルトアンデルスに直接仕える戦闘兵士。龍人の中でもトップレベルの強さを誇る。
この二人は、ヴァルトアンデルスに命じられ、エルドラドの治めるエルフ領土を壊滅させた。
実にいい気味である、と二人は思っていた。
「あのような甘っちょろい龍人が四天王最強とはな。まぁ……これで四天王は全滅。王は新たな四天王を作り、再びエルフの領土を取り戻すだろう」
「その次は……いよいよ」
「ああ。パープルアメジスト、そしてホワイトパール。魔道機関があるパープルアメジストは侮れんが、平和ボケのホワイトパールならすぐに堕とせるだろうな」
「ふふ、いよいよか」
「ああ……この世界を牛耳る。七つの領土を統一し、龍人がこの世界の頂点に立つ。くくく、天使や吸血鬼などと同格と言われている龍人族だが、それは間違いだと証明しよう」
「楽しみだな……」
「ああ。血が滾る───」
と───のんきに笑い合っていた。
次の瞬間、背筋が凍り付いた。
一瞬で夜になった。
「「───!?」」
違う。
夜になったのではない。上空に、巨大な『何か』が現れたのだ。
全長三十メートルを超えるドラゴンですら覆い隠すような『何か』が。
「見つけたぞ……」
それは、巨大な『蟲』だった。
緑色の、煙のような……煙が歪な『昆虫』になったような。言葉では表現できない『何か』だった。
その『何か』が、第五地獄炎の魔神器『蟲翅』だとは当然知らない。
そして、喋ったのは『何か』ではなく……その上にいる人間だった。
この強大な『圧』は、巨大すぎる昆虫ではない。その人間から発せらていた。
『ガチガチガチガチガチガチ……ッ!!』
ドラゴンが、震えていた。
全身にじっとりと汗が浮かんでいた。
あまりの恐怖に震えが止まらなかった。だが……目の前の『昆虫のような何か』が、『飛ぶのをやめる』ことを許さなかった。
飛ぶしかなかった。だから、震えながら飛んでいた。
そして……昆虫に乗っていた少年フレアが飛び降りた。
「お前らが、あの村を襲撃したんだな」
「「───っ」」
声が出なかった。
それくらい、圧倒的だった。
フレアは、本気で怒っていた。
かつて、ラーファルエルがフレアの目の前でブルーサファイア海軍の船を破壊したときのように。その時以上の怒りが、フレアを支配していた。
『蟲翅』が消えた。
そして、代わりに……フレアの五指から、黒い炎が揺らめいた。
「第六地獄炎、『地獄道』」
フレアは、五指の炎で龍人たちの顔面を鷲掴みした。すると、黒い炎が顔面を焼く。
熱さはなかった。痛みもなかった。声も出なかった。
炎が収まると、そこには……ガチガチ震える龍人が二人いた。
「お、オレは……オレハ、なんてコトヲぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「あぁぁァァァァァァーーーーーーッ!!」
龍人二人は、『罪の意識に苛まれ』ていた。
第六地獄炎『地獄道』は、死ぬまで燃え続ける『罪悪感』の炎。
大量殺人をしたという『罪悪感』が、二人の心を焼き尽くしていた。
龍人に炎は通用しない。だが……今のフレアに燃やせないものはなかった。
「永遠の罪悪感で燃え続けろ」
そう言って、フレアは二人をドラゴンの背から蹴り落とした。
龍人たちは、身体を抱え叫び続けながら落下。受け身を取らず地面に激突したが、少しずつ回復。怪我が治っても死ぬまで罪悪感に焼かれ、もう元の生活には戻れないだろう。
そして、フレアはドラゴンを睨む。
「おい。お前……俺をお前の親玉がいる国へ連れて行け」
『ガチガチガチガチガチガチ』
ドラゴンは、狂ったように首を振った。
◇◇◇◇◇◇
時間は、フレアが飛び去った瞬間まで戻る。
プリムたちは、フレアが飛び去った方向を見た。
「フレア、一人で……!!」
プリムがそう叫ぶが、すでにフレアは飛び去った。
我に返ったナキは、歯を食いしばる。
「クソ!! 恐らく、ヴァルトアンデルスの仕業に違いねぇ。エルドラドの野郎、何かあったんだ……!!」
「な、何かってなによ!!」
「この村が焼き尽くされるような『何か』に決まってんだろ。フレアの野郎、もしかしたら一人で乗り込むつもりかもしれねぇ」
「一人でって、まさか……」
カグヤがハッとする。
ナキは歯を食いしばって言った。
「龍王国ドラゴンキングダム。龍王ヴァルトアンデルスのいる国だ」
「あの馬鹿者め……クロネ、位置はわかるか」
「にゃ、た、たぶん」
アイシェラは、珍しくフレアを心配していた。
クロネは地図を引っ張り出す。エルドラドからもらったものだ。
カグヤは、今にも飛び出そうとしていたが、ナキに止められる。
「ちょ、なによ!!」
「待て。行くなら万全な状態でだ」
「うぅ……フレア、抜け駆けして許さないし!!」
プリムは……涙を浮かべ、祈りを捧げていた。
「うっ、うぅ……ひどい、ごめんなさい……わたし、なにも」
「お嬢様。お嬢様のせいでは……」
村はもう、ただの黒い平原だった。
死体すら燃え尽きた。ドラゴンの炎の凄まじさがあった。
「……もしかしたら龍人がいるかもしれねぇ。ここを離れるぞ」
「でも!!」
「プリム。埋葬とか考えてるなら無駄だ。もうここには何も残っちゃいねぇよ」
「!!」
ナキは振り返り、煙管に火を点ける。
そして……ギリギリと拳を握る。
「この落とし前は必ずつける。行くぞ」
「……っ、はい」
一番怒っているのは、同じエルフのナキに決まっている。
プリムはナキの後を追い、カグヤとアイシェラ、シラヌイが続く。
そして、クロネは振り返った。
「…………にゃん」
美味しかった魚の味を思い出し、少しだけ頭を下げた。




