プリムとアイシェラ
「アイシェラ、私……もっと冒険したいです!!」
「はい?」
「フレアと話して決めたの。私、ブルーサファイア王国に亡命後に旅をします!!」
「…………」
「フレアと一緒ならきっと楽しい冒険が「駄目です。何を言いだすのかと思えば」……え」
待ち合わせ場所のカフェでプリムの話を聞いたアイシェラはきっぱり言った。
俺はトロピカルドリンクとかいう果物がいっぱい入った飲み物をがぶ飲みする。
「いいですか。姫様は命を狙われ亡命するのですよ? ブルーサファイア王国に行くのは安全のため。それを放棄して冒険など言語道断。まずはブルーサファイア王国第七王子の保護を受け、今後のことをゆっくり考えましょう」
「でも、私は冒険したい!!」
「駄目です。大方、そこの馬鹿に何か言われたのでしょう? 何度も言います。姫様はホワイトパール王国から逃げ、ブルーサファイア王国に亡命するためにここまで来たのです」
「でもでも、クロネさんが私の死亡を報告すれば安心……」
「そうかもしれません。ですが、万が一もあり得ます。それに……そいつは天使を降した。天使に狙われていてもおかしくない。そんな奴と一緒に旅をすることは、姫様の護衛として許すことはできません」
「あ、すんませーん。このトロピカルなんちゃらおかわりー!!」
この果物汁めっちゃ美味い!!
甘く爽やかな酸味が汁に溶け込んでる。果物もちょっとふやけてるけど食べやすいし、いくらでもおかわりできそうだ。
「おい貴様、聞いてるのか?」
「なんだよ。お前も飲みたいなら注文しろって」
「違う!! 貴様、姫様に何を吹き込んだ……」
「え、一緒に冒険しようぜって」
「ふざけるな!! 姫様は命を狙われてるんだぞ!!」
「でも、クロネがホワイトパール王国に『死んだ』って報告すれば大丈夫なんだろ?」
「見通しが甘い。姫様の暗殺は王位継承者の誰かによる依頼で間違いないだろう、クロネがウソの報告をしても他の王位継承者が信じるかどうかわからない。まさか兄妹全員が姫様の暗殺情報を共有しているとも思えんし、他の兄妹たちが動いている可能性もある。ブルーサファイア王国に亡命するのは、島国であるブルーサファイアならホワイトパール王国では手が出せないから……そして、いいか、海の孤島ブルーサファイアで暗殺は絶対に不可能だ。それにはちゃんとした理由がある。だから亡命先として最適なのだ!!」
「…………」
は、話長い……というか途中から聞いてなかった。
俺は運ばれてきたトロピカルドリンクにさっそく手を付ける。
「んめぇ~♪ なぁプリム、お前も頼めよ」
「は、はい。ごくり……美味しそうです」
「話を聞け貴様!! あと姫様可愛い!!」
めんどくせぇなぁ……話は長いし、いちいちうるさい。
「なぁアイシェラ」
「なんだ!!」
「お前さ、プリムをどうしたいの?」
「……なに?」
「いやさ、プリムの人生じゃん。プリムが旅したいってんならさせればいいじゃん」
「……なんだと」
「なぁプリム、プリムはもうホワイトパール王国とは関係ないんだろ?」
「は、はい。王位継承権は放棄しましたし、クロネさんの報告で私の『死』が伝われば、もう狙われることはないかと」
「じゃあいいじゃん。プリム、旅したいなら一緒に行こうぜ」
「は、はい!!」
「……き、さま」
「なぁアイシェラ」
「…………」
アイシェラの額に青筋が浮かんでいる。
でも、俺は特に気にしていない。だって言いたいこと言ってるだけだし。
「プリムは、お前のもんじゃないぞ」
アイシェラが立ち上がり、俺を殴ろうと手を振り上げる。
俺は反射的に手を伸ばし、アイシェラの手首を摑んでツボを刺激した。するとアイシェラは苦痛に顔を歪め、そのまま蹲る。
「人生は一度しかないんだ。王族とかよくわかんねーけど……プリムが本当にやりたいって言うならやらせてやれよ」
「っく……」
「お前がプリムを大事に……いや、気持ち悪いくらいベタベタしてるのはよくわかる。でもさ、生き方を縛り付けるのはよろしくないと思うぞ。一度しかない人生、楽しんで生きようぜ」
俺はアイシェラの手を離す。
「アイシェラ……お願い」
「姫様……」
「私、フレアと出会ってわかったの。逃げるだけじゃない、フレアみたいに胸を張って生きたい。ホワイトパール王国からは逃げたけど……もう逃げない。私は自分の人生を生きたい」
「…………」
「えっと、実はその……私、冒険ってしてみたかったの」
「…………」
「それに、この『力』も……きっとどこかで役に立つ。そんな気がする」
「…………姫様」
「アイシェラ。ここまで来てくれてありがとう。私、もう大丈夫だから……あなたも、自分の人生を生きて」
「え……」
「私、フレアと行きます。私……冒険します」
「…………」
「止めても無駄よ? これは私の人生なんだから」
「あ、すんません。なんか辛いのあります? 口の中甘くって……あ、このエビチリってやつで」
「……わかりました」
「アイシェラ……」
「私は第七王女プリマヴェーラ様の聖騎士アイシェラ。この命ある限り姫様の剣、そして盾として生きると誓いました。あなたが王女でなくなればこの命に価値はない」
「そ、そんなこと」
「なので!! 改めて誓わせていただきたい。このアイシェラ、プリマヴェーラ様の……プリム様の剣として、これからもお傍にいさせてください」
「おっほぉ~!! これがエビチリかぁ。なんか真っ赤……確かに辛そうだ!! シラヌイ、お前の分も注文したからいっぱい喰えよ!!」
『わんわんっ!!』
「ありがとうアイシェラ……これからもよろしくお願いします」
「はい!!……おい貴様!! 何を喰ってるんだ何を!!」
「え、エビチリだけど」
ぷりっぷりのエビがふんだんに使われたエビチリだ。真っ赤なソースが絡み合い、なんとも言えない美味さだ。これは素晴らしい……故郷にはない味だ!!
エビチリに夢中な俺を見てため息を吐いたアイシェラ。
「とにかく……書状は既に送りました。先ほど、ブルーサファイア王国の小型艇が書状を第七王子宛に届けに向かいましたので、我々は明日の便でブルーサファイア王国に向かいます。さすがに、書状を送った後に『やはりそちらへは向かえません』では失礼に当たる。姫様、冒険のことを含め、一度第七王子に挨拶をしましょう。隠れ家の提供を依頼しましたので、我々の帰る場所にはなるかと」
「わかりました」
「おう!! つーか、観光しに行く予定だったからな。挨拶とかどーでもいいけど、ブルーサファイア王国は楽しみだぜ」
「お前は黙ってろ……全く」
こうして、プリムは俺の冒険に同行することになった。ついでにアイシェラも。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
俺たち三人と一匹は、ホワイトパール王国海軍の港にやってきた。
「で、でっけぇぇ……これが船か? なぁ、なんでこんなデカいのが浮かんでるんだ?」
「…………姫様、こちらへ」
「おいアイシェラ、教えてくれよ」
「まずは海軍船の船長に挨拶をしましょう。私の馴染みですので」
「はい。わかりました」
「おーい。知らないのかー? おーい」
アイシェラに無視され、プリムとアイシェラは船の近くにあった小さな小屋へ。
俺も一緒に入ると、中にいたのは片目を眼帯で覆った傷だらけの女性が酒瓶を持っていた。
「よぉアイシェラ。そいつがお姫サマかい?」
「ああ。ホワイトパール王国、元・第七王女プリマヴェーラ様だ。王位継承権を放棄しているから、今は一般人だがな」
「かかか、そりゃオメーもだろ。なぁ元聖騎士サマよ」
「ふん。そうだがな、ホワイトパール王国の王印が押された書状は一般人が出した物でも効果はあるぞ。ブルーサファイア王国海軍の護衛によるブルーサファイア王国への入国……許可してもらう」
「そう怖い顔すんなって。任せろ、ちゃーんと送ってやる……ん? そっちの小僧は?」
「拾った護衛だ。そこそこ腕が立つのでな」
「俺の扱い雑じゃね?」
別にいいけどね。
すると、傷だらけの女性は酒瓶を一気に飲み干す。
「ほぉ……なかなかいいツラした小僧じゃないか。どうだい、アタシの下で働かないか?」
「え、ヤダ」
「く……はっはっは!! 素直なガキは嫌いじゃないよ。このブルーサファイア王国海軍中将エリザベータの誘いを断る奴なんざ久しぶりさね。アイシェラ、面白いガキじゃないか」
「ふん。馬鹿なだけだ」
「くく、フラれちゃったねぇ。さぁて、ちょうど全軍をブルーサファイア王国港に引き上げる予定だったんだ。あんたらは特別、アタシの船に乗せてやる」
「あ、ありがとうございます」
「なぁなぁおばさん、なんであんなデカい船が水に浮くんだ?」
「お、おば……馬鹿者!! エリザベータは二十九歳だ!!」
「そうなの?」
「あーっはっはっはっはっは!!いやはや面白いねぇ!!」
エリザベータ中将はゲラゲラ笑い、ついには涙も流した。
「ふふ……なんで船が浮くと思う?」
「しらね」
「簡単さ。アタシが海を愛しているから、だから船が浮くんだよ」
「へぇ~!! 愛ってすげぇな!!」
「……おいアイシェラ、このガキよこせ。マジで惚れちまいそうだよ」
「好きにしろ」
「だ、駄目ですぅ!! は、早く船に乗せてください!!」
というわけで、俺たちはブルーサファイア王国へ出航したのだった。
◇◇◇◇◇◇
「来た来た。ふふ……さぁ~て、久しぶりに遊べそうだ♪」
上空に、一人の天使が浮いていた。
風を纏い、楽しそうに笑い……ブルーサファイア王国海軍の船が何隻も進むのを見ている。
そして、ちょっとした悪戯を思いつく。
「ふふ、いいこと考えた……地獄門の呪術師、楽しんでくれるかな♪」
聖天使教会十二使徒・『風』のラーファルエルは、指先に小さな竜巻を作りながら微笑んだ。




