シラヌイの狩り
『グルル……』
「ん、どうし……敵か」
グリーンエメラルド領地へ向かう途中、馬車の屋根で一緒に寝ていたシラヌイがガバッと起き上がる。
アイシェラに言って馬車を止めてもらうと、藪から黒いブタが飛び出してきた。
『ガァァッ!!』
シラヌイは屋根から飛び出し、一瞬で全身を炎で包む。
そのままクロブタに飛び掛かると、強靭な牙でブタの喉に噛みつき、そのまま身体を捻って地面に倒し、喉を食いちぎった。
この間わずか十秒……速いな。
そして、クロブタを噛んだまま引きずり、馬車の前にどさっと置いた。
『わん!』
身体の炎を消すと、嬉しそうに尻尾をフリフリする。
すると、アイシェラが俺に言う。
「褒めて欲しいのだろうな。おい、褒めてやったらどうだ?」
「だな。ふふふ、よーしよーし、よくやったぞシラヌイ」
『きゅぅぅーん』
俺は馬車の屋根から飛び降り、シラヌイを撫でまくる。
すると、カグヤとプリムも下りてきた。
「わぁ~、立派なブタさんです」
「今日の夕飯ね。シラヌイ、やるじゃん」
「ふむ……」
アイシェラは太陽の位置、そして周囲を見渡す。
「今日はこのあたりで野営をしよう。野営には少し早いが、たまにはいいだろう。お嬢様、どうでしょうか?」
「うん! じゃあそうしよっか。フレア、ブタさんの解体できますか?」
「任せろ。クロネもいるしなんとかなるだろ」
「アタシ、水浴びしたーい」
「では、私と水場を探しに行くぞ。先ほど川を見つけたから、そう遠くにはないはずだ」
「うにゃ……騒がしいにゃん」
馬車で寝ていたクロネも起きてきた。
じゃあ、少し早い野営の支度といきますか!
◇◇◇◇◇◇
クロネと一緒に、ブタの解体を始めた。
喉を食いちぎったので、そこから勢いよく血が出ている。おかげで血抜きの必要がなかった。
腹を捌いて内臓を抜く作業をしていると、プリムが言う。
「もう、見慣れちゃいましたねぇ……」
「けっこう野営してたからな」
プリムやアイシェラと出会った当初、内蔵や血がダメだったプリムはきつそうにしていた。
「プリム、吐きまくってたよな」
「そ、そういうこと言わないでくださぁい!」
「あんたは相変わらずデリカシーないにゃん……」
プリムが赤くなり、クロネは呆れている。
デリカシーもなにも、俺は俺だからなぁ。
すると、シラヌイがすり寄ってきた。
『くぅん』
「ん、どうした? 内臓は焼かないと美味しくないぞ?」
「絶対違うにゃん……」
『わんわん、わんわん!』
「ふむふむ。わかった」
『わぅん!』
軽く吠えると、シラヌイは藪の中に飛び込んだ。
プリムはシラヌイの消えた藪を見て、俺に言う。
「あの、シラヌイは何て?」
「さぁ?」
「え、わかったんじゃないのかにゃん?」
「俺が犬の言葉わかるわけないだろ」
「し、シラヌイ……行っちゃいましたけど」
「大丈夫だろ。シラヌイは強いし」
「ま、確かにそうにゃん。きっとお散歩にゃん」
とりあえず、まずは解体を終わらせなければ。
美味しい豚肉のために、仕事をしないとな!
◇◇◇◇◇◇
シラヌイは一匹で森の中を散歩……いや、正確には『獲物』を探していた。
先ほどフレアに言ったのは、『物足りないから狩りしに行っていい?』ということだ。フレアの許可もでたので、のんびり歩いて獲物を探している。
『くんくん……わう?』
すると、不思議な匂いを感じた。
生臭いような、土臭いような匂い。それと、どこか懐かしさを感じる匂い。
シラヌイは首を傾げ、無視して歩きだそうと前足を前に───。
『───ッ!!』
すぐにその場から飛びのいた。
同時に、地面が割れ巨大な『口』がバクンと閉じる。
『ぐるるるるる……ッ!!』
シラヌイの全身が燃え、顔つきも険しくなり毛も逆立つ。
地面から現れたのは、全長2メートルほどの『亀』だった。
身体が亀そのもの、口には牙があり、甲羅部分はトゲだらけ、全身がゾウのような皮膚に覆われた、焦げ茶色の亀がいた。
シラヌイを丸呑みにしようと地面に潜っていたようだ。
『ガルル……るぅ?』
『ゴロロ……オォ?』
二匹は互いを見て、疑問を浮かべた。
そう、この犬は───この亀は───『同類』だ。
そう結論付けた。
片や『炎犬アマテラス』という霊獣。片や『地亀ゲンブ』と呼ばれる霊獣。
炎を地を司る霊獣が、こんな何もない森で出会った。
だが、顔見知りというわけではない。シラヌイは食われかけたし、ゲンブもシラヌイを食べるつもりだ。同じ霊獣というカテゴリに所属するだけで、別に仲良しこよしというわけではない。
『グルルルル……ゥ!! ガァァァッ!!』
『グロロロロロ!!』
獲物は決まった。
シラヌイは全身を激しく燃やし、ゲンブに飛び掛かった。
◇◇◇◇◇◇
シラヌイの攻撃は主に炎、そして牙と爪である。
対するゲンブは鋭利な牙だけだ。甲羅の防御力は非常に高いが動きが鈍く、狩りは待ち伏せを行うタイプなので直接戦闘は苦手。
なので、ゲンブはシラヌイが強敵だと一瞬で悟り戦いを放棄、手足を引っ込め防御の姿勢を取る。
『ガルルルルッ!!』
シラヌイの爪が甲羅を傷つけるが、ほんのわずかなひっかき傷だけがついた。
全身炎で燃やし甲羅に抱きつくように炎を燃え上がらせるが、それでもダメージはない。
『ワゥ!! ワウワウ!! ワウゥゥゥツ!!』
威嚇も通じない。
防御を徹底した姿に、シラヌイも徐々に諦めモードになる。
そして、腹が立つので甲羅に小便をかけてその場を去った。シラヌイが去った後でゲンブはにゅっと顔を出すが、小便をかけられたことで怒り心頭だったそうだ。
その後、白けたシラヌイは狩りをすることなくフレアの元へ。
「お、帰ったか」
「ちょうどいいな。では……そろそろ焼こう」
「焼肉です!」
「やっきにくー!」
「たまにはお肉もいいにゃん」
フレア、アイシェラ、プリム、カグヤ、クロネが出迎える。
クロブタは解体され、美味しそうなサシの入った肉が皿に山積みになっている。
『わぅぅぅん!』
「あっはっは。大丈夫! シラヌイの肉もたっぷりあるぞー」
『きゅぅぅん』
ゲンブにはムカついたが、シラヌイはすっかり上機嫌だった。




