黒天使、そして堕天使
次元の間に、黒天使たちのアジトがある。
ここに入るには、『次元』の管理者ラハティエルの力が必要だ。彼女の能力がないと黒天使たちはアジトに戻ることができない。
黒天使の組織こと、『懲罰の七天使』の正規メンバーは七人。一人死亡、一人脱退したので現在五人である。
ラハティエルは、アジトの入口でだらけていた。
「はぁぅ~……つまんなぁい」
「ラハティエルさん」
「あ、マキエル」
だぼだぼのシャツだけを着た少女ラハティエルは、漆黒のスーツを上下ばっちり決め、黒い帽子をかぶっている糸目の男、マキエルに話しかけられた。
マキエルは飴を出し、ラハティエルへ渡す。
「わぁ、ありがとー」
「いえ。退屈でしょうが我慢してください。いずれ我らが神『黒勾玉』様が我らに指示を下さる」
「んー……クシエルは?」
「…………」
クシエル。
彼女は、黒天使の神『黒勾玉』の声を聴く役目だった。だがある日突然、自分は『呪術師』だと言い、去ってしまったのである。
さらに、黒天使の神は『黒天使動くべからず』と言った……つまり、黒天使たちは動けなかったのである。
マキエルはどう言おうか悩んでいると、ステッキを付いた初老の男が現れた。
「こんにちは。マキエル氏、ラハティエル氏。二人でお話ですかな?」
「あ、キトリエル」
「キトリエルさん……どうも」
「ふぅむ。退屈なさっているようだ。どうです? あちらでカードでも」
「やるやるー」
「……お付き合いしましょう」
アジトの休憩所でカードをすることに。
三人で休憩室に向かうと、水っぽい、何か引きずるような音がした。
このアジトを利用するのは黒天使だけ。それに、すぐにわかった。
「あ、プルエル」
ラハティエルが指さしたのは……全身ずぶ濡れの女性だった。
髪があり得ないほど長いせいで床を引きずっている。さらに、常に濡れているのでアジトはびしょ濡れだ。着ている服もボロボロな分厚いマントだけで、長い髪のせいで顔が見えず、わずかに口元が見えるだけだった。
彼女はプルエル。黒天使の一人である。
「プルエル。いっしょにあそぼー」
「…………ええ、あそびましょ。何して遊ぶ? 死体ごっこ?」
「い、いえ。カードを……プルエル氏、どうかな?」
「カード? カードで遊ぶの? 的は?」
「ま、的は必要ないですな。ねぇマキエル氏」
「こちらに振らないでほしいですね……」
「的がないと遊べない。カード投げ……うふひひふひ、切れるし刺さるし、ふふひひひふ」
「「…………」」
プルエル。
彼女は、黒天使の中でも相当な変人だった。
正直、あまりしゃべりたくない相手だ。
「プルエル、あそぼー」
「あそぶー……あそぼ?」
「……で、では行きましょうか」
「……はぁ」
黒天使のアジトは、どうにも退屈だった。
◇◇◇◇◇◇
堕天使の一人ガブリエルは、ブルーサファイア王国の自宅で煙管をふかしていた。
家には、四人の男女が集まっている。
「で、ばあさん……イアカディエルの奴、呪術師だったんだって?」
「そうさね」
一人目は、軽薄そうな冒険者風の男。名はダニエル。
ソファに深く座り、酒瓶をそのまま飲んでいた。
「ふぅん……いやはや、呪術師とはね。ボクにはまるでわからなかったよ」
二人目は、巨大なリュックに寄り掛かりながらフムフム唸る男。名はコクマエル。
どうも緊張感がない。だが、ガブリエルは気にしなかった。
「くっだらない。裏切りのあたしたちをさらに裏切るなんて。ねぇガブリエル、あたしがブチのめしてもいい?」
三人目は、格闘技者のような服装に鉢巻を巻いたポニーテールの少女だ。手足にはバンテージを撒き、拳をパシンと打ち付ける。
「エゼキエル。なんでも力で解決しようとするんじゃないよ。それに、あたしらの受けた命令は『待機』だ。うかつな真似して神の怒りを買うつもりかい?」
「うぐ……」
エゼキエルと呼ばれた少女風の堕天使は小さくなる。
すると、四人目……部屋の隅で華を生けていた女性が言う。
着物を纏った、どこか神秘的な雰囲気の女性だった。
「ともかく、うちらにできるのは待つことだけや。大人しゅうしとこうな」
パチン、と鋏で花の茎を切り落とす。
ガブリエルは、口から煙草の煙を吐いた。
「アルミサエルの言うとおり。お前たち、この家は好きに使っていい。他の連中が合流するまで、勝手なことをするんじゃないよ」
「お、ならコクマエル、飲みに行こうぜ♪」
「い、いいけど……ダニエル、お金あるのかい?」
「あたし、泳いでくる!」
「うちは華を生けてるわ」
「……やれやれ」
ガブリエル、ダニエル、コクマエル、エゼキエル、アルミサエル。
そして、まだ来ない三人。
ガブリエルは、煙草の灰をそっと落とす。
「我らが神、『トリウィア』よ……なぜ、動いてはならぬのか」
ガブリエルの問いに、神からの返事はなかった。




