欠落した心
結局、シリウスは『ゴーレム・エンタープライズ』の作った最新型で、オリジナルゴーレム大会の最後にサプライズ出場させるつもりだったが、ちょっとした手違いで早く登場してしまった……ということになった。
俺の姿はばっちり見られた。さらに、『煉獄絶甲』もパープルアメジストの住人ほぼ全員に見られてしまい、なぜか『モルガン整備工場の最新型ゴーレム、ゴーレム・エンタープライズの最新型を焼き尽くす!』とかいう話が、ほんの数時間で爆発的に加速してしまった。
シリウスを倒した後、俺は会場から脱出……カグヤと合流し、ゴーレム・エンタープライズ本社に戻ってきた。
一応、警戒はしていたが……すんなりとクレイ爺さんに会えた。
通されたのは、シリウスがいた地下の実験場。
「いやー、いいデータが取れたよ。シリウスはもったいなかったけどね」
「「…………」」
「小生の依頼を無視したのも不問にする。報酬も支払うよ。うんうん。ありがとうね」
クレイ爺さんは、怒りすらしていない。
何も考えていないような、どこか空っぽの笑顔だった。
だが、周囲にいた研究者たちは俺とカグヤを睨んでいた。シリウスの破壊はやはり大きな損失らしい……町のこと、どうでもいいのかな。
「じゃ、ごくろうさん。帰っていいよー」
「……アンタ、怒らないの?」
「へ? なにが?」
「アタシとフレア、アンタの作ったゴーレムをぶっ壊したのよ?」
「怒る?……んー、べつに怒ってないよ。最初に言った通り、小生の目的はデータ収集だしね。まぁ、シリウスの武装をもっと試したかったってのはあるけどね。うんうん」
「…………」
狂っていた。
ようやくわかった。カグヤも理解した。
俺は拳をぱきっと鳴らし、カグヤは爪先をトンと叩き───。
「おお?」
殺気を込め、即死級の一撃をクレイ爺さんに喰らわせるふりをした。
俺の正拳は心臓付近で寸止め、カグヤの蹴りは首で寸止め。
俺とカグヤの殺気に、周りにいた研究者たちは腰を抜かす。だが……クレイ爺さんはポカンとしていた。
「なになに? びっくりしたなぁ」
「……カグヤ、帰ろうぜ」
「そうね。もうこいつとは関わりたくない」
クレイ爺さんは、感情が欠落していた。
命に無頓着。結婚とかしてるか知らないけど、嫁さんや子供が目の前で死んでも変わらなそうだ。
死に、なんの疑問も持っていない。
たぶん、ゴーレムが機能停止するのと人が死ぬのは同じ、そんな感覚なんだ。
クレイ爺さんに背を向け、部屋を出ようと歩きだす。
「あー、ところでキミ。キミの赤いゴーレム、あれはなにかね? シリウスを溶解させるなんてとんでもない熱量だねぇ。うんうん。もしよかったら新しい依頼を」
「パス。もうあんたと関わりたくないわ」
悪人には悪意がある。
誰かを踏みにじり、嘲笑い、自分を潤すために他者を蹴り落とす悪意がある。だから許せないし、ぶっ飛ばしたいって思う。
クレイ爺さんには悪意がない。悪意がないから……こうしてヘラヘラ笑っていられる。俺の言葉なんか通じないし、たぶん死ぬまで変わらない。
最後に、俺は言う。
「悪意じゃない悪意、か……あんたみたいなやつが『悪魔』なんだろうな」
「んー?」
クレイ爺さんが首を傾げた瞬間だった。
◇◇◇◇◇◇
『そう、それが人間の恐ろしいところだ。天使は神に生み出された以上、心を無くすことは絶対にない……でも、人は心を殺しても生きていける』
「……え?」
『人の闇を理解したね。フレア……きみにプレゼントだ』
「あ───」
◇◇◇◇◇◇
俺の右手の人差し指から、『黒い炎』が灯る。
その指を、クレイ爺さんに向ける。
「第六地獄炎の呪王『六天魔王タケジザイテン』……『修羅道』」
指先ほどの黒い炎がクレイ爺さんの胸に吸い込まれていった。
一瞬のことだったのでクレイ爺さんは気付いていない。
「じゃ、元気でねー」
クレイ爺さんは、明るく空っぽな声で俺たちを見送った。
◇◇◇◇◇◇
ゴーレム・エンタープライズを出るとカグヤが言う。
どうやらカグヤは気付いたようだ。
「アンタ、なにやったの?」
「ん……『第六地獄炎』でクレイ爺さんを呪った。すっごく濃い呪力の炎……とんでもないな」
「?……呪術?」
「ああ。第六地獄炎は呪術師が魂に刻む呪いの炎だ」
「よくわかんなーい」
「ま、帰ろうぜ。大会も終わったみたいだし……けっこうな騒ぎになってるみたいだ」
シリウスが町を破壊したことが伝わってきたのか、住人たちが騒がしい。
それらを無視し、俺とカグヤはモルガンたちのいるアメジストドームへ。
アメジストドームの控室へ行くと……メイカたちが、何やら囲まれていた。
「モルガン整備工場の新型ですか!」「あの赤いゴーレムは!」
「フレア選手はどこに!?」「お話をお願いします!!」
「まま、待ってくれ待って。ぼ、ボクらもさっぱり……」
「お引き取りくださーい!!」
どうやら取材っぽい。俺とカグヤは隠れた。
すると、クロネが俺の隣に来た。
「……あんたら何したにゃん? あんたの赤いの、モルガン整備工場の新型だって言われて、大会中止になるわで大変だったにゃん……」
「え、中止になったのか?」
「そうにゃん。プリムとアイシェラはあんたらを探してる。まずは合流して、宿に行くにゃん」
取材はメイカたちに任せるか。
はぁ……なんか疲れたわ。




