ホワイトパール王国にて①
ホワイトパール王国。
長女フィニエは、誰もいない自室で窓際のカーテンに向かって話しかけていた。
誰もいないが、そこには誰かいる。蒼っぽい髪にネコミミの生えた誰かが。
「で、暗殺は成功したのね!?」
「……いえ、暗殺は不可能だったので正攻法で始末しました」
「死体は?」
「護衛があまりにも強く、爆薬を仕掛けた落とし穴に誘い込み爆破させたので……死体は残りませんでした」
「ちっ……まぁいいわ。まずプリマヴェーラの始末は完了……あの性悪で生意気な末妹め。王座を狙わなければ死なずに済んだのにねぇ」
「…………」
「天使様が失敗したと聞いた時は腰が抜けるかと思いましたけど……まぁ、あなたがちゃーんと仕留めてくれたようで安心しましたわ。追加報酬はきちんとお支払いしますので」
「いえ、けっこうです」
「そお? ふふ。あなた気に入ったわ。私のお抱え暗殺者にならない? まだ始末してほしいのが何人かいるのよねぇ」
「……残念ですが、同じ依頼人から複数の依頼は受けないと決めているので」
「あら残念」
蒼髪にネコミミの暗殺者クロネは報酬を受け取らなかった。
クロネは依頼人のフィニエより報酬のいいプリムを選んだ。嘘の報告をしてプリムの死を偽装する……依頼人を裏切るのはクロネの信条に反する。だがこのフィニエは依頼の失敗を間違いなく責める。クロネの名を公にして指名手配をすることだってあるかもしれない。それくらい、フィニエはやる。
フィニエはプリムの死を疑ってはいないようだ。あとはこのまま去り、しばらくホワイトパール王国に近付かなければいい。新たな王が決まれば、クロネのことも忘れるだろう。
クロネは、ホワイトパール王国の玉座に誰が座ろうと関係ない。姉弟同士で殺し合えばいいと思ってるし、プリムがこの先死んでも構わないとさえ考えている。
「では。依頼は完了しました。死体回収の依頼は不可でしたので報酬はいりません。追加依頼の暗殺に関しては無報酬ということで」
「ええ、わかったわ。それと、私があなたに依頼をしたということは……」
「暗殺者の誇りに懸け漏らすことはありません」
「互いに、ね」
フィニエは、クロネに依頼なんてしていない。
クロネは、フィニエから依頼を受けていない。
暗殺者と依頼人の関係はここで終わる。もう依頼をすることも受けることもない。
フィニエとの会話を終えたクロネは、窓際に蜘蛛のようにへばりついていた。
さて、あとはプリムから残りの報酬をもらって終わり――。
コンコン―――。
「どなた?」
「ボクだよ、姉さん」
「…………ウィンダー?」
「ああ、入っていい?」
「…………どうぞ」
クロネのネコミミがピコピコっと動いた。
「……なんか面白そうだにゃん」
素の喋りに戻り、気配を殺す。
そして、クロネの秘密道具の一つである『潜望鏡』を胸から取り出し、そっと窓に差し込んだ。
部屋の中では、フィニエと弟のウィンダーがいる。
「何かご用? これからお父様のお見舞いに行く予定ですの」
「ああ、そうなんだ……じゃあさっさと済ませよっか」
ウィンダーは、胸元から一枚の羊皮紙を取り出し、ピラピラとフィニエに見せつける。
「これ、どういうことか説明してくれるかなぁ?」
「ッッ!?!? そそそ、それはッッッ!! なななななな、なんであなたががががっ!!」
ウィンダーは、羊皮紙をピラピラさせてニヤニヤしている。
フィニエは真っ青になり、一瞬で汗だくになって震えていた。
「聖天使教会への依頼書……なんでここにあるかわかる?」
「ばばばばば馬鹿な!! 依頼書は聖天使教会へ送られてここにはないはず!! どうしてあなたがそれを持っているの!?」
「あははは。それよりさ、この依頼書の中身……どういうこと?」
「そ、それは……あ、あなただって知っているでしょう!? このままじゃプリマヴェーラの奴の思惑通りになってしまう!! あの子が姿を消したおかげでお父様は毎日毎日プリマヴェーラプリマヴェーラ……このままだとお父様は次期王にプリマヴェーラを指名するかもしれない!! 邪魔者を消すためには天使様に依頼をしてプリマヴェーラを消すしか……」
「うんうん、うんうん」
「……………………」
ウィンダーは、ただ頷いているだけだった。
そしてフィニエは気付いた。慌てて口を塞ぐ。
だが、すでに遅かった。
「あー、みんな出てきていいよ。聞いたよね? 王族の暗殺未遂を完全自供、これはお父様も悲しむねぇ~……実の姉が、妹を殺そうと天使様にお願いしてたなんて」
「な、んななななんんあんあななななんあっ!! ウィンダー、あなた!!」
「あっははは……はいこれ」
ピラピラさせていた聖天使教会への依頼書をハラリと落とす……。
「こ、この……嵌めたわね!!」
依頼書には、何も書かれていなかった。
そして、フィニエの部屋にウィンダーお抱えの騎士たちがゾロゾロ入り、フィニエを拘束した。
「は、離しなさい!! 私を誰だと」
「王座を狙うがために実の妹を殺そうとした暗殺者でしょー? ね・え・さ・ん♪」
「ウィンダぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
「はい。これで一人脱落」
フィニエは、騎士たちに連れていかれた。
フィニエの部屋には、ウィンダーと騎士数名だけが残る。ウィンダーは聖天使教会への依頼書を拾って再びピラピラさせる。
「姉さんがマヌケでよかったよ。こんな依頼書、王族なら簡単に手に入るってのにね。姉弟の中で真っ先に殺しを考えそうなフィニエ姉さんにカマかけてみたら案の定……」
というか、ここまでアホだとは思わなかった。
ちょっと依頼書を見せただけでベラベラ喋りすぎだ。
「ま、いいや。それにしても、気になることはまだある……」
ウィンダーは、騎士に命じた。
「フィニエ姉さんが手配したのは天使様だけじゃない。恐らく、死体回収用の人材をどこかで調達したはずだ。まずは姉さんを秘密裏に尋問して情報を引き出す、その後正式に逮捕。父上にはボクから報告するよ……プリマヴェーラを殺そうとしたので、証拠を揃えてボクが逮捕したってね」
騎士たちは迅足に動き始める。
ウィンダーは、もう一度依頼書を眺め、呟いた。
「……気になるのはまだある。天使様を倒したという謎の人物……まさか、プリマヴェーラと繋がっている可能性も……そうなれば厄介だな。あの悪女、とんでもない護衛を手に入れた可能性もあるのか。まさに高みの見物ってことかい……生意気なヤツめ」
プリムは天使を倒すほどの護衛を味方に、王位継承戦を高みの見物。そして時期が来たら戻り、国王に顔を見せて安心させる……今までいなかった分、印象はかなり強いはず。
それがプリムの狙い。
兄や姉を戦わせ、互いに潰し合っているところを眺めつつ、最後は全てをかっさらう。
「ふん、そうはいかないよ。プリマヴェーラめ……天使様がしくじった以上、間違いなく生きている。王座は絶対に渡さないからな……!!」
ウィンダーは、聖天使教会への依頼書をグシャッと握りしめた。
◇◇◇◇◇◇
「や、やっぱり悪女だったにゃん……って、うちもヤバいかも」
潜望鏡を引っ込めたクロネは、慌ててその場から逃げ去った。




