アイシェラの戦い
試合会場内にあるお手洗い前。
アイシェラは嗅覚をフルに使い、プリムの匂いを探す。
「くんくん……間違いない。お嬢様の匂いがここで途切れている……ふむ、攫われた可能性が高いな。理由は……間違いなく、ゴーレムバトル関係」
意外にも、アイシェラは冷静だった。
プリムのことになると興奮し、変態度が増すアイシェラだが、基本は冷静沈着だ。
状況を把握するために周囲を見る。
「ふん。匂いが途切れたということは、ここでお嬢様を気絶させ、何か入れ物に収めて運んだということか……だが、甘いな」
アイシェラの目がぎろりと光る。
そして、鼻がピクピク動いた。
「入れ物程度で、私がお嬢様の匂いを辿れぬとでも……? 私のお嬢様愛を舐めるなよ」
プリムに関してだけ、アイシェラの身体能力はフレア並になる。
ある意味、特異種と表現すべき能力だった。
アイシェラは、腕に付けたバンドを手でなぞる。
「新兵器の実験にちょうどいい……賊め、覚悟しておけ」
そう呟き、アイシェラは犬以上の嗅覚でプリムを追跡する。
◇◇◇◇◇◇
「ぅ……」
目を覚ましたプリムは、身動きできない苦しさと周囲の暗さに驚きつつ、冷静に息を整えた。
暗い場所だが、天窓があるのか光が差し込んでいる。周囲には木箱があり、何に使うのか鉄の部品のようなものも転がっていた。
なんとなく、モルガン整備工場に似ている。
「気が付きましたか」
「……っ、ど、どなたですか!!」
「そう声を張り上げずとも聞こえています。ふふ……メイカさんの御友人さん?」
「……あなたは」
天窓から差し込む光に照らされ現れたのは……ヤンガース整備場のヤンガースだ。
近くには、プリムを攫ったと思われる男たちがいる。他にも数人いた。
ヤンガースは、プリムに近づいて言う。
「ご安心ください。あなたに危害を加えるつもりは『まだ』ございません。モルガン整備工場が私の要求を飲まなければどうなるかは……ご想像にお任せしますが」
「……目的は、試合の棄権ですね」
「ご名答」
メイカが言っていた。ヤンガース整備場の妨害があるかもと。
プリムは、敵の罠にあっさり捕まってしまったことを悔やむ。だが、嘆いても仕方ない。
今できることは、情報を集めること。
「なぜ、モルガン整備工場にこだわるのですか? ヤンガース整備場は何度も本選出場を果たしている優良企業と聞きました……大会は一年に一度、一度くらいの敗北でなぜここまで」
「簡単なこと。メイカさんが私の元に来ないばかりか、私を打ち負かしたことに腹を立てているのです」
「……え」
「あなた、メイカさんをどう思います?」
「へ?」
いきなりの質問にプリムは面食らう。
どう思う。プリムは少し考えた。
「えっと。すごい子だと思います。わたしより年下なのに、すごく情熱にあふれてて、知識や整備の技術もすごくて……それに、かわいいです」
「そう。メイカさんはすごいのです。彼女は自分がどれほど素晴らしいのか、気付いていない」
「……どういうことですか?」
ヤンガースは、木箱に座る。
「ゴーレムには特性があるのはご存じで?」
「え、ええ。確か……攻撃型、防御型、支援型?」
「そうです。他にも隠密型、愛玩動物型、守衛型、生活家事型と、分類すればきりがありません。制作するのはもちろん大変ですが、中でも特に制作が難しいと言われているのが……【実装型】です」
「実装型……って」
「ええ。あたなのお仲間が使っているゴーレムです。実感がなさそうなので言っておきます。彼女は、メイカは天才です。スクラップから実装型を造り上げ、そこまでの完成度を見せるとは……」
「…………」
「このまま優勝などすれば、メイカの存在が明るみになる。そうなれば、私のものにできなくなる恐れがある。ふふふ……あれほどの才能、誰にも渡してなるものか」
「……それを決めるのはあなたじゃない」
「あ?」
プリムは、プリプリしながら言う。
「メイカの才能はメイカの物です! あなたの物じゃないですぅ!!」
「……ふん!! だからあなたを人質にして、大会を棄権させる。そして、私の物にするのだ!!」
「そんなこと……!!」
「喋りすぎました。あなたは人質らしく、大人しくしていなさい」
ヤンガースは立ち上がり、プリムを一瞥───。
「お嬢様ぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!」
同時に、倉庫のドアが爆発したように吹っ飛んだ。
太陽の光を浴びつつ現れたのは……怒りの形相をしたアイシェラだ。
「………………………………なるほど、そういうことか」
「アイシェラ!!」
「ちぃぃ!! どうやってここを見つけ出した!! ここはヤンガース整備場の隠し倉庫なのに……」
「そんなもの、お嬢様の匂いに決まっているだろう」
「「…………」」
当たり前のように言うアイシェラに、プリムは嫌悪を浮かべ、ヤンガースは戸惑う。
アイシェラは周囲を見渡し、クックックと笑う。
「なるほど……大の男たちでお嬢様を『ピー』するつもりだったのか。大柄な男たち、縛られたお嬢様、人気のない倉庫……なんて素晴らしいシチュエーション。『ピー』して『ピー』したあとに『ピー』もできるな……ふん、卑怯者のくせに、シチュエーションにはこだわったというわけか」
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
プリムも、ヤンガースも、周囲の男たちも無表情だった。
そして、アイシェラは右腕を掲げる。
「貴様らには裁きを降す!! 来い!! 我が相棒『ブルーパンサー』!!」
アイシェラの装備した腕輪が一瞬だけ輝き、どこからともなく『青い豹』が現れた。
ディープブルーのボディに凛々しい表情をした豹型ゴーレムは、アイシェラの傍で静かに唸る。
ヤンガースは、思わず呻いた。
「な、それは……」
「私の貯金をはたいて作ってもらった最新型ゴーレムだ。ふん、メイカの才能は素晴らしい……たった二日でこれほどのゴーレムを作り上げるのだからな!!」
「くっ……」
メイカの作り上げたゴーレム。
それだけで、ヤンガースは脅威を感じた。
そして、アイシェラは叫ぶ。
「メイカの最高傑作、その身で味わえ!! 『実装』!!」
『ウェアライズ』
ブルーパンサーが分離し、アイシェラの身体に装着される。
フレアやカグヤと違い、戦闘を想定したアシスト機能がふんだんに盛り込まれた実装型ゴーレムだ。
アイシェラの身体をすっぽり覆い、肌の露出が一切ない。
そして、腰には蒼を基調とした剣が、背中には大きな槍を背負っていた
アイシェラのトレードマークでもあるポニーテールだけが、兜の頭頂部から流れていた。
『さぁ、お嬢様を攫った悪人どもめ!! このアイシェラが断罪してやろう!!』
アイシェラの新装備・実装型ゴーレムのブルーパンサー。
アイシェラは背負っていた槍を構え、ヤンガースたちに向かって行く。
「い、いけ!! あいつを倒せ!!」
ヤンガースは護衛達に命じる。
中にはゴーレムマスターもいた。自前のゴーレムをアイシェラにけしかける。
『無駄だ。純度は低いがオリハルコン装甲だ』
ゴーレムの拳がアイシェラの身体に突き刺さるが、アイシェラは微動だにしない。
そして、槍をクルクル回転させ、ゴーレムの向かって突き出す。
槍はゴーレムを貫通し、爆散した。
『あいつらも知らないことを教えてやろう。実は私、槍のが得意なんだ』
そう、アイシェラは騎士だが剣より槍の方が得意だった。
ゴーレムを破壊し、護衛たちを気絶させる。そして、最後に残ったヤンガースの首元に槍をあてがう。
『さて、どうする』
「わ、わわ、わかった!! もう負け、私の負けだ!!」
『なら、失せろ』
「ひ、ひぃぃぃぃっ!!」
ヤンガースは逃げ去った。
そして、アイシェラは鎧を解除し、プリムの傍へ。
「遅くなり申し訳ございません。お嬢様」
「アイシェラ……うん、助けてくれてありがとう」
「いえ、お嬢様を守るのが私の務めですから……ですが、その、何かお礼が欲しいな~なんて」
「ふふ。いいよ、何が欲しい?」
「では一緒にお風呂、そしてマッサージをする権利を」
「それはやだ」
こうして、アイシェラはプリムを救った。
新装備豹型ゴーレムのブルーパンサーのデータも取れたし、言うことなしの成果だ。
「さ、帰りましょう」
「うん。みんな心配してるかな……」
二人は、仲良く歩きだした。
プリムはそっと、アイシェラの手を握って。




