BOSS・??????????
爆弾馬車の襲撃から二日。
俺たちの馬車は特に何事もなく、パープルアメジスト王国に向かっていた。
ずっと警戒しながら進んでいたせいか、アイシェラが気疲れしている。
そして、馬車は少し深い林の中へ。この林を抜ければ、パープルアメジスト王国まで一本道だ。
なので、今日はこの林の中で一泊することに。
「アイシェラ、休んでろよ」
「大丈夫だ……ふぅ」
アイシェラ、かなり疲れてるな。
プリムとカグヤが薪を拾いに行き、俺とモルガンがテントの支度。クロネが野菜の皮剥きをしていた。
すると、薪を抱えてきたプリムとカグヤが、大きな兎を引きずってきた。
「アタシに襲い掛かってきたから返り討ちよ。ねぇクロネ、こいつ食べない?」
「いいにゃん。皮を剥いで内臓抜いて、川で洗ってくるにゃん」
「はーい。プリム、手伝いなさいよ」
「はい! アイシェラは……」
アイシェラは疲れきっていた。顔色が悪い。
メイカが、かまどに薪を放り込む。
「……こういう経験、あまりないですからね。私もですけど、かなり疲れました」
本選出場組が腹いせに狙われる……過去に、ヤンガースたちも狙われたことがあるんだろうか。
やられたことがあるくせにやり返すとは。卑怯な連中だ。
すると、テントを組み終えたモルガンが言う。
「これも人気者の宿命というやつよ。はっはっは!」
「お前、前向きだな……」
「にゃん。フレア、鍋を」
「おう」
クロネの指示のもと、夕飯の支度を終えた。
夕食を終え、女性陣はモルガンたちのゴーレム荷車へ。
二階部分に、簡易シャワーが付いてるらしい。川の水をホースで吸い、温めてシャワーにするらしい。詳しいことを説明しようとしたモルガンをみんなで止めたっけ。
女性陣はシャワーに行ったのだが、クロネは行かなかった。
「お前、行かないのか?」
「にゃん。あとで行くにゃん。ちょっとお散歩してくるにゃん」
「……俺も行こうか?」
「いらない。すぐ戻るにゃん」
そう言って、クロネはスタスタ森の中へ。
一人で散歩なんて珍しい……気まぐれな猫みたいなやつだな。
◇◇◇◇◇◇
クロネは一人、森の中を歩いていた。
「───出てこい」
ポツリと呟くと同時に、短刀を抜く。
すると、小さな針が飛んできた。
クロネは短刀を振り、針を叩き落す。
「同業?───よく気付いたね」
闇から出てきたように、クロネの近くの木陰から一人の女が出てきた。
しかも、ただの女じゃない。黒いネコミミに尻尾が生えていた。
「同族……にゃん」
「そうね。にゃふふ……あんた、見覚えある。『暗殺者』だね?」
「そうにゃん。今は休業中だけどね」
「にゃう……ふふ、あんたはあたしのターゲットじゃない。邪魔しなければ何もしない」
「ターゲット……そうか、あんた、メイカとモルガンの暗殺を」
「にゃう。そう……残念だけど、仕事の邪魔はしないでね」
「…………」
クロネはため息を吐き、短刀をクルクル回す。
そして、懐に手を入れ、小さな投擲具の『クナイ』を女暗殺者に向けて投げた。
女暗殺者は、クナイを躱す。
「……どういうつもり?」
「悪いけど、今は駄目にゃん。それに、うちはこのパーティーの斥候。危ない奴を見つけたら排除しなくちゃいけないにゃん」
「…………へぇ?」
女暗殺者は、どこからか『鎖鎌』を取り出し、鎖をブンブン振り回した。
「暗殺の邪魔をするなら排除する。にゃう……謝るなら許すけど?」
「いらないにゃん。それに……うち、けっこう強いってこと忘れられてそうだから、いい機会にゃん」
クロネは両手に短刀を持ち構えを取る。
相手は同族。しかも同じ暗殺者だ。
だが、違うのは……クロネは、暗殺者を休業しているということだ。
「暗殺集団『神隠し』所属暗殺者ヨルナ。邪魔するなら消す……にゃう」
「元『御庭番衆』所属暗殺者クロネ。今は……ただのクロネにゃん」
「クロネニャン?」
「クロネ!! クロネが名前にゃん!! この、知ってて言うにゃ!!」
二匹の暗殺猫が衝突した。
◇◇◇◇◇◇
二人は、猫獣人ならではの身体能力を持っていた。
一瞬で高い木に登る。そして、距離を取るヨルナに対し、クロネは接近しようとした。
だが、ヨルナの方が早い。
「にゃっ……っく」
分銅が飛んできた。
クロネは分銅を躱すが、分銅は蛇のようにうねりを見せ、クロネに襲い掛かってくる。
「甘い。あたしはここで暗殺をすべく厳重に下調べしていたのよ? ここに来たばかりのあんたとは地形の把握具合が違う」
「にゃっ……」
ヨルナが急接近。手に持った鎌でクロネを斬りつけようとした。
クロネは短刀を交差させ鎌を受け止めるが、押し込まれる。
「腕力も、あたしに分がある!! にゃうっ!!」
「ぐっ……」
鋭い蹴りが脇腹に突き刺さる。
クロネは脇腹を押さえ離れ、首をブンブン振った。
「痛いにゃん……こういうの、すっごく久しぶり」
「ぬるい環境に身を置いてたのねぇ?」
「…………」
ぬるい環境?
フレアを暗殺しようとして返り討ち、堕天使ガブリエルに捕まりこき使われ、入りたくもない三大ダンジョンの一つで死にかけ、吸血鬼の国に入り、最強の天使と共闘し今に至る……これがぬるい?
クロネは、地面に降り、だらんと力を抜く。
「にゃう? 諦めた?
「…………違う」
「にゃう?」
「うち、ぬるい環境なんかじゃないにゃん……何度も死にかけたし」
「ふーん?」
「だんだん、身体があったまってきたにゃん……」
クロネは両手を地面につき、お尻を高く上げる。
尻尾がピーンと立ち、まるで四足歩行の獣のような姿だ。
さらに、目……クロネの眼が、猫のようになっていた。
「シャァーッ!! うちの本気、見せてやるにゃん!!」
「にゃっ……その眼、『獣混じり』!?」
クロネが消えた。
一瞬で跳躍し、木々を蹴って高速移動している。
ヨルナは焦った。
獣人の特異体質である『獣混じり』とは、その種族の力を引き出す技。クロネの場合、猫の力を極限にまで引き出すことができる。
さらに、クロネは特異体質であり異常体質。聴覚や嗅覚、視覚にも優れていた。
「は、早っ……あっぐ!?」
クロネの短刀が、ヨルナの背中を切りつけた。
気付いた時にはもういない。わかるのは、闇夜を高速移動する気配だけ。
あまりの速さに、同じ猫獣人のヨルナですら見えない。
「───っ」
すると、ヨルナは鎖鎌を捨て、両手を上げた。
「降参。あたしの負け」
そして、クロネがヨルナの背後に回り、短刀を首に当てる。
「───」
「降参。死にたくないからここで終わり。あーあ……依頼失敗。もうパープルアメジストにいれないわ」
「…………」
「もう手は出さないと誓う。見逃して……にゃう」
「…………わかった」
クロネはヨルナに当身を食らわせて気絶させ、鎖鎌の鎖でヨルナを安全な場所で拘束した。
半日ほどで目が覚める。クロネたちはすでに出発し、もういないだろう。
「ふぅ……久しぶりに戦ったけど、疲れたにゃん」
クロネはため息を吐き、何事もなかったようにフレアたちの元へ。
◇◇◇◇◇◇
「お疲れ」
「…………あんた、知ってたにゃん?」
「何が?」
『わぅ?』
シラヌイを撫でるフレアは、クロネは笑顔で出迎えた。
クロネはフレアをじーっと見たが、追及することはしない。
プリム達はまだシャワーを浴びているのか、火元にはフレアしかいなかった。モルガンはゴーレム荷車でゴーレム整備でもしているのだろうか。
「クロネ、こっちこい」
「にゃん?」
「いいから、ほら」
「うにゃっ!?」
フレアはクロネを抱き寄せ、なんと頭とネコミミを撫で始めた。
「にゃ!? にゃにを」
「いいから。疲れたネコミミをマッサージだ。ほおーれほーれ」
「にゃうぅ~……っ」
ネコミミを揉まれ、頭を撫でられるのが気持ちよい。
フレアとしては猫を撫でているような感覚だが、クロネとしては恥ずかしい。
「いっぱい動いて疲れたろ? 風呂入ってゆっくり休めよ」
「…………にゃん」
撫でられたクロネは、いつの間にか眠ってしまった。
安心できる場所で、猫のように丸くなって。




