廃墟の村
「……あり?」
素っ裸のまま地獄門の入口まで向かうと、妙なことに気が付く。
「……地獄門って、こんなにボロかったかな?」
門は、ひどく古ぼけていた。
扉を押すと、ギシギシ音を立てながら開いていく。
おかしいな……この扉は呪術で封印されてるから、押したくらいで開くはずないんだけど。
扉越しに門の外を覗くと、青い空と白い雲があり、緑の匂いと風の心地よさが俺の身体を刺激していく。
「っぅ……この感覚……気持ちいい」
五感に酔いしれている場合じゃない。
とりあえず村に行って事情を説明して、あとは服を着ないと。
俺は、近くに落ちていたボロ布で股間を隠し、村に向かって歩き出した。
「はは、地獄の炎を吸収したって言って信じてくれるかな……」
先生なら信じてくれるだろうか。
村のみんなは喜んでくれるだろうか。
死んだと思っていた俺がひょっこり戻ったら、どんな顔をするだろうか。
「へへ……ん?」
それにしても、妙だ。
地獄門から村までは走って10分ほどの距離。歩いても20分くらいの距離だが……こんなにも寂れた道だったかな?
雑草が生い茂り、小石や道も荒れている。何日経ったか知らないが、こうも荒れるようなことがあるだろうか。
だが、俺は現実を知る。
◇◇◇◇◇◇
「……………………う、そ、だ」
村に、到着した。
正確には……元、村。
俺の住んでいた村は、『廃村』になっていた。
「うそ、だろ? おい、いったい……何が」
住居は、自然に風化したように崩れていた。
畑は荒れ、作物が自生している。村の中を流れる川のおかげだろう。
何年、何十年経てばこうなるのか。
少なくとも、十年や二十年ではこうはならない……。
「お、俺の家……」
俺は、両親が残した家に向かう。
やはり、廃屋になっていた。
壁や屋根は崩れ、食事をしていたテーブルも脚が腐って折れている。服を入れていた箱の中を開けると、虫食いだらけの服が出てきた。
使えそうな服と下着を見つけ、川で洗って干す。幸いにも、靴は履ける物が残っていた。
「……腹減った」
畑に行くと、芋が生っていた。
掘り返された跡があることから、魔獣や動物が掘って食べているらしい。俺も適当に芋を掘り、川で洗い、生で齧った……久しぶりの食事は美味い。
「……何かないのか」
乾いた服を着て村を探索する。
俺は、先生の家に入り、何かないかと手当たり次第に探してみる。
たくさんあった本棚は空っぽで、机の中にもなにもない。呪術に使う触媒や、古ぼけたグラブとレガースが出てきた。
「……そういえば、先生からは一本も獲れなかった」
先生は、俺に格闘技を教えてくれたっけ。
呪術師の心得とか言って、剣や槍で戦う大人たちを見ながら、俺は格闘技を習っていた。
おかげで、同世代の中では強い部類だった。
「っと、それよりも……お」
机の下の床板が腐って落ち、中から木箱が出てきた。
先生のへそくりか? と思い蓋を開けると……中から、一冊の本とグラブとレガースが出てきた。しかも、呪術で封がしてあったので新品だ。内側に封印の呪符が貼られていた。
「……先生の、日記」
そこには、いろいろなことが記されていた。
俺を呪術の弟子に迎えたこと。格闘技を教える呪術師なのに、嫌な顔一つせずにこなしていたこと。親の愛を知らずに育ったおかげで心に何かが足りないこと。自分から一本取ったら、このグラブとレガースを渡そうと決めていたこと。
そして、日記の最後は涙で滲んでいた……。
『わしは、あの子に何もしてやれなかった。あの子は地獄門に行くと言った。一つしかない命を、自分ではなく村のために使うと言った……あの子は、優しい。親がいないのは自分だけ、自分が死んでも誰も悲しまないと、本気で思っている。だからこそ、村の住人は誰も止めなかった……自分の子が生贄になるなど、親なら認められない。わしは、わしだけは止めるべきだった……すまない、ヴァルフレア』
先生は、俺を引き留めたかったようだ。
確かに、俺は死んでもいいと思っていた。生贄になるのは若い子供と決まっていたからな。親がいない俺が行くのは当然だと思っていた。
先生は、俺を見送ってくれたけど……引き留めたかったみたいだ。
「…………」
日記には、まだ続きがある。
『わしがあの子のために作ったグラブとレガースは無駄になってしまった……だが、あの子はいつか戻ってくる気がする。その時に渡そう。この呪術具足『ケイオス』を。ヴァルフレアよ、本当にすまない』
「…………」
最後の日付は……俺が地獄門に入った二十年後だった。
◇◇◇◇◇◇
俺は、先生が遺したグラブとレガースを装備した。
しっくりくる。まるで身体の一部。
「さて……」
こんな廃村にいてもしょうがない。
不思議と、解放された気分だった。村がなくなり、知り合いは誰もいない。せっかく生き返ったんだし、俺は俺の人生をもう一度生きてみる。
「……先生、ありがとうございました」
先生の本を家の裏に埋め、墓石代わりの石を置き、花を添える。
二十年後の日付が最後。そしてこの村の荒れ具合からみて、かなりの年月が経ったのだ。もう誰も生きていないだろう。
「俺、旅に出ます。せっかく拾った命……今度は、自分のために使ってみます」
俺は、地獄門の村しか知らない。
世界は広いって先生は言ってた。なら……それを見るのも悪くない。
「行ってきます……!!」
俺は旅立った。
この世界を知るために。
まだ、俺は知らない。
地獄の炎がどうして消えたのか。あの宝石はなんだったのか。そして……炎は、どこへ消えたのか。
さぁ、冒険を始めよう。




