モルガンの整備工場
モルガンの案内で、町の狭い路地を何度か通って到着したのは……なんとも汚い廃墟だった。
ボロボロに錆びた鉄扉、カビの生えた壁、割れた窓ガラス……ひっでぇな。こんなとこに泊るくらいなら野宿の方がマシって感じのところだ。
「ここがボクの工場! ささ、どうぞ」
「きったない廃墟ね」
「同感。外でテント張った方がいいな」
「ちょ、いきなりひどくない!?」
「あ、あはは……」
俺とカグヤはめちゃ嫌そうな顔だったが、プリムは苦笑した。
モルガンは俺たちの背を押し、ボロボロの鉄扉を開けた。だが扉は開けた瞬間にバキッと取れてしまった……マジ廃墟だな。
「この扉、よく取れるんだよねぇ……おーい、帰ったよー!」
モルガンがそう言うと、廃墟の奥から誰か来た……女の子だ。
というか、外観もだが中も相当ボロボロだな。
ゴーレムのパーツが大量に積み重ねられ、壁には大量の工具が吊るされてる。地面は設計図っぽい紙が散乱し、テーブルの上はとにかくいろいろ載っていた。
「おかえり兄さん。どうせまたダメだったんでしょ?」
「メイカ。お客さんにお茶を!」
「お客さん?……あ、どうも」
メイカと呼ばれたのは、俺たちよりちょい年下の女の子だ。
茶色いポニーテール、黒い油で汚れた作業着にゴーグルをひっかけている。
俺たちを見て軽く頭を下げ、すぐに奥へ行ってしまった。
「ボクの妹メイカさ。不愛想だけど整備の腕は一級品! 試作44号も彼女が作ったのさ」
「へー、あんたは?」
「ボクは設計士。いちおう、パープルアメジスト本国の学校を出たんだけど、どうにも不器用でねぇ……図面を引く方が得意なんだ」
「アンタが設計して、妹が作るってわけね」
「妹さん、お若いですね。おいくつですか?」
「まだ十四歳だ。学校に通うように言ってるんだけど……」
と、ここで湯呑をトレイに載せたメイカが来た。
テーブルの道具をどかしてトレイを置く。
椅子は一脚しかないので、湯呑を受け取り立ってお茶を飲んだ……お茶うっすい。
「お兄ちゃん、あたしがいなくなったら餓死しちゃうからね。それに、学校なんて行かなくても整備の知識や技術はある。現にあたし、自前のゴーレムを作ってるし……商品登録できないから商売にはならないけどね」
「むむむぅ……」
「っと、はじめまして。あたしはメイカ。一応、このオンボロ整備工場の所長よ」
「ちょ、所長はボク……」
「お兄ちゃんは設計士でしょ」
「むむむ……」
すると、プリムがクスっと笑う。
「仲、いいですね」
「はっはっは。可愛い妹だからね!!」
「はいはい……そう思うんだったら、へんな夢見てないでお金稼いできなよ」
「へ、変じゃないぞ!! 今度の大会では」
「無理無理。うちみたいな弱小じゃ勝てないって」
「あ、それってさっきの『オリジナルゴーレム大会』ってやつだろ? なぁなぁ、面白そうだしもっと教えてくれよ」
俺がそう言うと、モルガンは嬉しそうに笑う。
「はっはっは!! オリジナルゴーレム大会っていうのは、この整備工場の町エルモアの一大イベントなのさ!! つまり───」
モルガンの話はこうだ。
えーっと……ゴーレムを作るのは『整備士』と『ゴーレムマスター』にだけ許可されている。
だが、ゴーレムの規格は『ゴーレム・エンタープライズ』が定めた種類だけしか製造できない。オリジナルゴーレムを作るのは犯罪で、見つかると極刑にされる。
だが、年に一度だけ開催される『オリジナルゴーレム大会』で成績上位になれば、パープルアメジスト本国で開催される『本選』に出場できる。さらにその本選で成績上位になれば、オリジナルゴーレムの特許を習得でき、ゴーレム・エンタープライズが認めたデザインってことで製造・販売の許可をもらえる。
つまり、働かなくても特許料でお金が入って来るのだ……はぁ、説明疲れた。
「今年こそ本選出場権を獲得してみせる!!」
「無理だって。大手の工場は腕のいい整備士いっぱいいるし、お兄ちゃんよりも凄腕の設計士いっぱい抱えてるし。今までの本選出場企業、もう何年も変わってないじゃん」
「……それでも、やるのだ!!」
「はぁ……」
モルガンは燃え、メイカは呆れている。
すると、薄いお茶を飲み終えたカグヤが言う。
「ところで、アタシたちは何すればいいの?」
「おおそうだ!! 実は、きみの足を見て何か閃きそうなんだ。その足をじっくり見せてくれないか?」
「……お兄ちゃん、そのセリフマジで変態っぽい」
「俺もそう思う。ってかカグヤに蹴り殺されるぞ」
だが、カグヤは悪い気がしていないのか上機嫌だった。
「アタシの足のすごさを理解するとはね。いいわ、しっかり見てなさい」
カグヤは少し離れ、構えを取った。
俺には何をするかすぐにわかった。
「神風流、演武……」
カグヤは足を垂直に上げ、ゆっくりと舞う。
素人には舞っているようにしか見えないが、俺からすれば技の繰り返しだ。技と技をつなげ、舞いのように見せている……まぁ、準備運動みたいなもんだ。
これには、プリムとメイカも魅入っている。
「カグヤ、綺麗です……」
「すごい……舞踊、舞踏……」
「お、おぉ……」
モルガンは眼鏡をくいッと上げ、これでもかと凝視していた。
カグヤは軽く飛び、廻し蹴りをするように一回転し着地。綺麗な構えをして終わった。
プリムとメイカは拍手した。
「終わり……どうだった?」
「すごい! カグヤすごいです!」
「こんなの、劇場でしか見れないわ……すごかったです」
「…………」
あれ、モルガンが黙ってる。
拍手もせずにこめかみを押さえ、うんうん唸っている。
「違う……なんか違う。いや、美しいんだけど……なんか違うんだよなぁ」
「は? なによ、アタシの」
「いやいやいや、きみは間違いなく美しい。でもなんか違うんだよなぁ!!」
モルガンはうんうん唸り出す。
俺は飽きてきたので、工場内を見学していた。
モルガンが書いたと思われる設計図を拾って見たり、大量のスクラップを眺めている。
「これ、全部ゴーレムの部品かぁ」
「そうよ。ま、拾い物ばかりだけどね」
お、メイカが隣に。
唸り出したモルガンに再度足技を見せるカグヤと、それを応援するプリム。モルガンはカグヤを凝視しながらメモを取っていた。
「あっちはしばらくほっとくわ。お兄ちゃん、一度悩むと長いし」
「ふーん。なぁなぁ、俺もゴーレム作ってみたいな」
「無理よ。ゴーレム技師はいっぱいいるけど、動かせる人は『雷』の適正がある人だけなんだから。ちっちゃいのなら作れるけど、人形にしかならないわ」
「それでもいいよ。手乗りサイズでもいいからさ、なんか作らせてくれよ!」
「……ま、いいや。じゃあ依頼料金いただきまーす」
「金? ああそっか、ここも会社だっけ。じゃあ……」
俺は白金貨を財布から出してメイカに渡す。
「ぶっふぅ!? ししし、白金貨ってあんた馬鹿!?」
「足りないのか?」
「ちっがう! 多すぎぃ! ぎ、銀貨一枚でいいわよ!」
「わかった。ほれ」
うーん、けっこうわかったつもりだけど、お金の価値って未だに曖昧だ。
ゴーレムって高そうだし、けっこうお金必要な気がするけど。
メイカに銀貨を渡すと、さっそくスクラップを指さす。
「ふぅ……それじゃ、素材を適当に選んで。そこからミニチュアサイズの設計図を選んで、その通りに素材を加工して組み上げていくから」
「ほーい。じゃあ……」
俺はスクラップを漁る。
触れた感じ、青銅級っぽいな。
こうしてスクラップを漁るのもけっこう楽しい。変なパーツいっぱいあるしな。
「お、なんだこれ」
「それ、ベアリングよ」
丸い玉がいっぱい入っている素材だ。振るとジャラジャラする。
面白いのでジャラジャラ振っていると、球が一気に弾けて転がった。
「うおっ……わ、悪い」
「もう。危ないなぁ「…………」……お兄ちゃん?」
すると、モルガンがこっちをじーっと見ていた。
転がったベアリングを見ている。すでにカグヤを見ていない。
そして、足元に転がったベアリングを摘まみ、言う。
「……これだ。そうか、これだ!!」
「お、お兄ちゃん?」
「メイカ!! 図面を引く。閃いたぞ!!」
モルガンは椅子に座って何かを書き始めた。
すごい集中しているのか、話しかけてももう何も答えなかった。
「あー……もう駄目ですね。すみません、こうなったお兄ちゃん、もう図面が完成するまで話しかけても無駄なんです」
メイカが諦めたように言う。
よくわからんが……これでいいのかな?