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聖天使教会十二使徒『幻』のムトニエル

 世界の中心にある天使たちの住む町ヘブン。

 その町のさらに中心にある大聖堂こそが、この世界の管理者である聖天使協会の本部。

 その大聖堂のさらに中心、大聖堂の最上層にある部屋に、十二人の天使が集まっていた。

 部屋は円柱のような形で、中心に円卓が置かれ、等間隔に十二個の椅子が並んでいる。十二人の天使たちは無言で座っていた……ただ、一人はとてもイライラしている。


「…………ッ」

「ミカエル。苛つくな」


 聖天使協会十二使徒『炎』のミカエルは、苛ついた視線を隣に向ける。

 服の上からでもわかる鍛えぬかれた肉体。にじみ出るカリスマ。逆立った紫色の短髪、同色の髭。

 聖天使協会十二使徒筆頭(・・)『極』のアルデバロン。聖天使協会のトップだ。


「ふん。ってか、さっさと始めなさいよ。『神』の言葉ってなに?」


 ミカエルの視線はアルデバロンから外れ、一人の天使へ向く。

 ローブで身体を全て隠し口元しか見えない。

 聖天使協会十二使徒『幻』のムトニエルは、小さくうなずいた……ような気がした。


「我々天使の神『アメン・ラー』様からのお言葉です」


 ムトニエルの声はか細いが、室内に響いた。


「───……地獄炎の魔王を『回収』せよ」

「はぁ!?」


 ミカエルは、椅子が倒れる勢いで立ち上がり叫んだ。


「地獄炎の魔王って、フレアのこと!? あいつを回収って……ど、どういう」

「呪術師ではありません」

「え」

「神は、地獄炎の魔王を回収せよと仰りました。呪術師ヴァルフレアは必要ありません」

「…………」


 ミカエルは、ムトニエルが何を言っているのか理解できなかった。

 そして、キシキシとどこか陰気な笑い声が聞こえる。


「つーまーりぃ、呪術師ブッ殺して地獄炎の魔王を回収すりゃいいってことだろ、YOぉ!」


 逆立った虹色の髪、ピアスまみれの顔に上半身裸でローブを纏った男が、ニヤニヤしながら言う。

 ミカエルはその男を睨む。


「ハドラエル。あんた程度にできるのかしら?」

「オウォゥ~! ミカちゃんってば怖いねぇ。ミカちゃんが真正面から戦って勝てないヤツと真正面から戦うなんて愚の骨頂ォゥ!」

「わかってるじゃない。それとミカちゃん言うな」


 聖天使協会十二使徒『音』のハドラエルは、両手をプラプラさせながら言う。


「オレっちに任せ「無駄だ」……は?」


 ハドラエルの言葉を遮ったのは……アルデバロンだ。

 お調子者と呼ばれるハドラエルも、アルデバロンの言葉を茶化せない。


「ミカエルが敗北した時点で我々に呪術師ヴァルフレアを倒すことは不可能。千年前、たった四人の呪術師に我ら聖天使協会が壊滅寸前まで追い詰められたことを忘れたか?」

「お、オゥゥ……」

「ムトニエル」

「はい」

「神は、地獄炎の魔王を回収せよと?」

「はい」

「それは……呪術師ヴァルフレアが持つ『魔王宝珠』を回収せよ、ということだな?」

「はい」

「ちょ、ちょっと待った!!」


 ミカエルが遮り、アルデバロンに聞く。


「魔王宝珠ってなに? 宝石? フレア、そんなの持ってなかったけど……」


 この質問に答えたのは、オールバックヘアにモノクルを付けた初老の男性だ。

 椅子に座る姿勢も美しく、彫刻のような男だった。


「『魔王宝珠』……地獄炎そのものであり、地獄炎の呪術師が持つ『力』の根源。呪術師が守り続けてきた『地獄門』の秘宝、そして……地獄炎の魔王の意思が宿る宝石ですね」

「宝石って……あいつ、自分の荷物もろくに持ってないのよ? 宝石なんて持ってなかったわよ!!」


 ミカエルはモノクルの男……聖天使協会十二使徒『夜』のドビエルに言う。

 ドビエルはモノクルをくいッと上げる。


「宝珠は実態がありません。詳細は全く不明ですが、呪術師ヴァルフレアの体内、もしくは……魂と同化している可能性が高いかと。地獄門が消失しても炎や呪術を扱える理由はこれしかないと思われます」

「その通りだ……だが、回収は困難を極める」


 アルデバロンが重苦しく言う。


「呪術師の魂と同化しているなら、呪術師が死ねば魔王の魂も消滅する可能性がある。回収は困難だ」

「そ、そうそう! いくら神だからって、できることとできないことってあるわよね!」


 なぜかミカエルは嬉しそうだった。

 だが、メタトロンとサンダルフォンが「チッ」と舌打ちし、ラーファルエルも「ふん」と鼻を鳴らす。

 

「それについては問題ありません。『神』に考えがあるようです」

「え……ど、どういう」

「神は仰いました……『根源から生まれし七つの同士を迎える。天に座す三つの神、地獄に座す七つの神。共にあるべき姿に戻らん』と」


 ムトニエルは、静かに話し始めた。


 天に座す三つの神とは、天使・堕天使・黒天使の神のこと。

 地獄に座す七つの神とは、地獄炎の魔王のことだ。

 合計十の神は、かつてこの世界を守護する存在で、人の世界を見守る立場だった。

 だが、天の神が天使を造り、ヒトの世界に放ったことで変わった。

 人が生きる世界に、人ならざるモノが生まれ、混沌が起きた。

 地獄炎の魔王はヒトの世界に干渉するべきでないと言った。天の神はヒトの世界を管理すべきだと言った。

 天の神三柱と、地獄炎の魔王七柱は袂を分ち、天と地獄からヒトの世界を守護してきた。

 

 これだけ聞けば、どう考えても天使側が悪い。

 天使を生まなければ……それは、天使たちにとって自分を否定することになる。

 だから、人の世界を圧倒的な力で管理した。 

 管理こそ守護。それが、天の神の出した答え。


 地獄炎の魔王たちは、沈黙した。

 見守ること、ヒトの世界はヒトの物。神が介入することはできない。

 だが、天使に対抗するための力は必要だった。

 だから、呪術師……地獄炎の呪術師が生まれた。

 

「…………」


 ミカエルは沈黙した。

 天使が生まれたのは、この世界を管理するため。

 ヒトの世界を見守る神が作り出した管理者。

 だが、呪術師の話は知らなかった。

 神の敵対者。その程度のことしか知らない。

 ヒトの世界は、ヒトの物。

 地獄炎の魔王が言うことは、ミカエルにもわからないことではない。

 でも、それを認めてしまえば……自分の存在を否定することになる。


「あのさぁ、難しいことはもういいよ。とりあえず、オレたちはどうすんの?」


 ラーファルエルが、椅子にもたれかかり、足を組ながら言う。

 アルデバロンが答えた。


「……しばらくは様子見だ。呪術師の魂と同化した地獄炎の魔王を取り出す術を、知らねばならん」

「神は、その答えを知っています」


 ムトニエルは、フードを外した。

 黒髪の、十六歳ほどの少女だった。

 どこかあどけない、庇護欲が掻き立てられる少女だった。

 ムトニエルは、そっと手のひらを差し出す。


「───っ……なっ」

「え……うそ」


 アルデバロンも、ミカエルも、残りの十二使徒も驚愕した。

 ムトニエルの手から、黄色の炎(・・・・)が燃え上がったのだ。

 これを見たアルデバロンが、震える声で言った。


「む、ムトニエル……貴様、呪術師だったのか(・・・・・・・・)!!」


 聖天使協会十二使徒『幻』のムトニエルは、静かに笑みを浮かべた。

 そして、恐るべきことを告げる。


「では、改めて自己紹介させていただきます」


 ムトニエルはローブを脱ぐ。

 ローブの下は、どこか見たことのある、伝統的な衣装だった。

 まるで、呪術師が着ていた戦装束。


「ムトニエル改め、呪闘流八極式鋼種第一級呪術師ハイシャオと申します」


 ハイシャオと名乗った少女は一礼した。

 未だに驚愕から抜け出せない十二使徒たち。


兄上(・・)と同化した『魔王宝珠』を取り出す術……私にお任せを」


 天使、そして呪術師。

 絡み合った『何か』が、フレアに迫ろうとしていた。

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お読みいただき有難うございます!
脇役剣聖のそこそこ平穏な日常。たまに冒険、そして英雄譚。
連載中です!
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