クロネと取引
猫獣人のアサシン、名前はクロネ。
青っぽい乱雑な短い髪に猫耳、動きやすさを重視し、暗闇で見つかりにくい黒い薄手の服、足元はしっかりしたブーツみたいなのを履いた、俺やプリムと同い年くらいのネコ女だ。
テント前で火を囲みながら話す。
ちなみに、逃げないようにシラヌイがクロネの後ろに座っていた。
「で、死体回収って?」
「依頼主からの命令であんたらをずーっと見張ってたにゃん。第七王女プリマヴェーラが天使に殺されるから、うちはその死体を回収しろって命令を受けたにゃん。でも、あんたが天使を黒焦げにして仕事は失敗。代わりにうちが第七王女プリマヴェーラを暗殺しろって言われたにゃん……本来、追加の依頼は受けないんだけどね、天使ですら殺せなかったあんたを倒せば、うちの名前が上がるって欲が出ちゃったにゃん」
「あの小デブ天使のときから見てたのか?」
「にゃん。その前からにゃん。あんたらが鎧や服を村に売ってるときから」
「かなり前ですね……え、あれ?」
プリムが首を傾げる……うん、俺も傾げた。
「なんでその時に暗殺しなかったのですか? 私やアイシェラだけで洞窟にいたときとか……」
「話を聞いてたかにゃん? うちの受けた依頼は『死体の回収』にゃん。依頼以外の仕事はしない。それに、天使に依頼をしておいて仕事をかっさらったら、うちが殺されちゃうにゃん」
「なーるふぉど……くぁぁ」
「おいお前、真面目に聞け」
「ああ、腹いっぱいになって眠くなった……続けて」
「……うち、こんな奴に……」
腕組みをしていたアイシェラがクロネを見る。
「質問する。お前に依頼をしたのは……ホワイトパール王国の王位継承者で間違いないな?」
「黙秘にゃ。うちも暗殺者の端くれにゃ。たとえ拷問されようと依頼人の名前は言わないにゃ」
「それ以外はベラベラ喋ってんじゃん」
「う、うるさいにゃ!! つーかお前、うちのおっぱいやパンツに手を突っ込んだこと絶対に忘れにゃいからにゃ!!」
「にゃーにゃーうっさいなぁ……ネコミミ揉むぞ」
「ふにゃっ!?」
手をワキワキさせると、クロネの尻尾がピーンと立った。
こいつの弱点はネコミミ。ふふふ、揉みまくってやろうか。
「…………これは使えるかもしれませんね」
「「「???」」」
プリムが顎に手を当てて言う。
「クロネ。あなたはこれからどうなるのですか?」
「んー、天使が殺害に失敗、うちも暗殺に失敗。アサシンとして依頼の失敗は致命的にゃ。帰ったらお払い箱か投獄、殺されちゃうかもしれないにゃ。うまく逃げたとしても、暗殺に失敗したアサシンの信用はがた落ち……廃業は免れにゃいなー。ま、欲を出した結果にゃん。仕方ないにゃん」
「でしたら、私があなたを雇います」
「……にゃ?」
おいおい、何言ってんだこのお姫様は。
「おいおい、何言ってんだこのお姫様は」
「おい貴様、姫様を侮辱する気か?」
「あ、つい声に」
俺とアイシェラを無視し、プリムは続ける。
「あなたはこのまま依頼主のもとまで帰り、私たちの暗殺成功を報告してください。その後は自由にして構いません」
「にゃんですと?」
「報酬は……この宝石。売れば白金貨七百枚はくだらないでしょう。他国に渡って仕事を続けるもよし、残りの人生豪遊するもよし、あなたにお任せしますわ」
プリムはカバンから宝石の入った包みを取り出し、クロネに渡した。
「ひ、姫様。その宝石は旅の資金……」
「構わない。私たちが死んだことになれば、この先は安全に進めます。ブルーサファイア王国に亡命し、名を変えて生きていくことも可能になるはず」
「ふーん。けっこういい話にゃん……いいにゃ、その依頼受けるにゃ。宝石は……半分だけもらうにゃ」
「え?」
クロネは宝石を半分だけ抜き、残りはプリムに返した。
「噓の報告をする以上、死んでもらっちゃ困るにゃ。あんたが無事に亡命できたら、残りの報酬をいただくにゃ」
「クロネさん……」
なーんかいい話になってるなー。
でもさ、ちょっと思った。
「なぁなぁアイシェラ。自分を殺しに来た暗殺者を懐柔して、逆に噓の報告をさせて死を装うってすげぇな……」
「……確かに。さすが姫様。そこに痺れる憧れる可愛い抱きたい!!」
「プリム、間違いなく悪女の素質を兼ね備えてるよ……天使より怖いぜ」
「ふふ、だがこれで生存率は上がる……ああ姫様、一緒にお風呂に入りたい!!」
「あんた訳わかんねーよ……酔っぱらってんのか?」
「そこの二人黙れ♪ あとアイシェラ死ね。ではクロネさん、よろしくお願いいたします」
「わ、わかったにゃ……あんた、悪女だったにゃん?」
「違いますぅ!!」
というわけで、長い夜のお話はようやく終わった。
俺たちを付けていたのはクロネだったのか。妙な気配も視線もこいつが原因……確かに、クロネを見つけてから気配はなくなった。
あと、最後に質問。
「なぁ、なんで俺を狙ったんだ?」
「獲物は強い奴から始末するのがうちの流儀にゃん」
「返り討ちだけどな」
「あんたの感覚が異常にゃん!! 秘伝の消臭剤で匂いを消してるのに勘づくし、気配を極限まで消したのに指で二センチの毒針を掴むなんておかしいにゃん!!」
「そうか? 先生は暗闇で偽の気配を複数作り出して俺を欺いてたからな。においを消しても気配があったからすぐに気付いたぞ」
「……うち、暗殺者の中じゃけっこう強いほうにゃんだけど……」
クロネは報酬を持ってその場から消えた。
飛び上がって木の上に登り、枝を伝って跳んでいっただけだが、プリムとアイシェラには消えたように見えたらしい。
「さーて。あいつの仕事っぷりに期待しますか。これでお前は死んだことになるんだろ?」
「ええ。恐らく……でも、依頼主が誰かにもよりますね。ウィンダー兄さんやモンテリアお姉さまなら怪しむかも。フィニエお姉さまやグレンドールお兄さまは気付かないかな……マッケンジー兄さまは暗殺者なんて……マーナ姉さまは……あぁもうわからない」
「姫様……悩むのなら私の胸で」
「触らないで胸を揉まないで」
なーんか話ばっかりで疲れた。
シラヌイなんていつの間にか寝てるし……。
「とりあえず、今日はもう寝ろよ。海沿いの町までまだ遠いしな」
「そうですね……ふぁぁ、なんだか眠くなっちゃいました」
「姫様。一緒に寝ましょう」
「いいけど、変なとこ触ったら殺す」
「こ、ここ、殺す、姫様に殺され……うっ……ふぅ。おい貴様、しっかり見張ってろよ」
「はいはい。一番の危険人物はどう考えてもお前だけどな」
プリムとアイシェラはテントに入り、俺はシラヌイの傍に座る。
「めんどくさいことにならないといいけど……」
『……くぅん?』
「ま、どんな奴が来ても燃やしてやればいいや」
『─────火火火っ』
「へ?」
右手に妙な痣が浮かび上がり……消えた。
なんか変な声も聞こえたような……まぁいいや。




