BOSS・黄金級鉄機『蟹座』キャンサー・ノウヴァ①
待つこと半日……ちくしょう。まさか半日も待つことになるとは思わなかった。
キャンサーの電磁壁とかいうのが展開されてるせいで近づけない。俺とカグヤは無視して行こうとしたのに、熟練クラスのゴーレムマスターたちが許さなかった。
時間だけが過ぎ、夜になってしまった。
キャンサーの起動は明日ってのがゴーレム整備士たちの見解だとか。
俺たちは、キャンプ地の一角にシートを敷き、プリムの作った弁当を食べていた。
「はぁ~……ささっと倒したいのにぃ」
「一応、合同依頼だからなぁ……勝手なことしたら怒られる」
俺とカグヤはサンドイッチをもぐもぐ食べて愚痴をこぼす。
アイシェラは無言で果実水を飲み、プリムは上品にサンドイッチをかじっていた。
「キャンサー……古い言葉で『蟹』ですね。カニのゴーレムをなのでしょうか?」
何気なくプリムが言う。
そういえば、キャンサーの情報が少ない。
クロネはいないし、応えられる者は誰もいな───。
「その通り。よく知ってるね、お嬢ちゃん」
「あ、ママさん」
ママさんが俺たちの後ろにいた。
しかも、けっこう大きいゴーレムを連れている。二メーター以上ありそうな、身長は高いけど細身のゴーレムだ。背負ってるのは突撃槍かな。
ゴーレムを連れてるってことは……。
「ママさん。ママさんも戦うの?」
「当たり前さ。こう見えて『熟練クラス』のゴーレムマスターさね」
「ふーん? ねぇ、アタシそろそろ限界なんだけど、まだキャンサーは動かないの?」
カグヤがムスッとしながら言う。
ママさんは苦笑しながら答えた。
「安心しな。おそらく、早朝には起動する……ここはあたしが見張るから、あんたらは仮眠しな」
「仮眠って……あれ? よく見るとみんな寝てんのか?」
ゴーレムマスターたちは、テントやらシートやらを敷いて寝ているようだ。ゴーレムの整備をしているのは少数しかいない。
「あたしが見張ってるからみんな寝れるのさ。いいかい、体力を温存しておきな」
「はい! あの、私にできることは何でも言ってください。冒険者じゃないですけど、怪我を治すことはできます!」
「ほぉ……そりゃありがたいね。じゃあ医療班として頼むよ」
「はい!」
プリムはやる気満々だ。
アイシェラも自分の剣を確かめる。
シラヌイはプリムに寄り添い、俺の命令通り守ることを優先するようだ。
クロネはいないけど……たぶん、キャンサーの様子でも見に行ったんだろ。
「ふぁぁ……仕方ないわね。ちょっと寝るわ」
「俺も。おやすみー」
俺とカグヤはシートに寝転がり、そのまま意識を手放した。
◇◇◇◇◇◇
夜明け。
日の光が俺の顔に刺さり目が覚めた。
「…………くぁぁ~」
『くぅん』
「ん……」
シラヌイが寄り添っていたので頭を撫でる。
周りを見ると、大勢の冒険者やゴーレムマスターが起き、自身のゴーレムや武器の点検をしていた。
俺も起き、身体をほぐしているとカグヤが起きた。そしてアイシェラ、プリムと目が覚める。
「来た?」
「まだ。でも、近いな」
カグヤの視線は森へ向いている。
足を垂直に上げたり屈伸して準備運動をしていると、ママさんが周囲に向けて言う。
「寝ぼけてる奴はいないね!? さぁ配置に付きな!!」
それぞれの部隊がゴーレムを率いて森へ向かう。
作戦は簡単だ。森を包囲し、現れたキャンサーを攻撃して破壊する。
俺とカグヤは自由に動いていい。互いに顔を見合わせ、プリムたちに言う。
「フレア、カグヤ……気を付けて」
「死ぬなよ、お前たち」
「ああ。任せとけ」
「少しは楽しめそう。ま、お土産期待してて」
『わん!』
プリムたちに手を振り、俺とカグヤは歩きだした。
◇◇◇◇◇◇
森の近くまで行くと、クロネがいた。
「あ、どこ行ってたんだよ」
「情報収集にゃん。キャンサー……ギリギリまで接近して観察したけど、かなりの大きさにゃん」
「ねぇねぇ、どのあたりから来ると思う?」
クロネは枝を拾い、歪な円を地面に書く。
「これが森の全容にゃん。うちらはここ、キャンサーはこの位置にゃん。起動後にどういう動きをするかは不明だけど……この辺りにいれば起動後の位置がわかるにゃん」
クロネは歪な円に点を書き、そこから離れた場所に点を三つ書く。俺たちの位置からキャンサーの位置はけっこう遠い。キャンサーは円の中心ではなく外側のギリギリの場所にいるようだ。
クロネは枝を投げ捨て歩きだす。
「じゃ、あとは任せるにゃん。うちはプリムたちの傍でのんびり休ませてもらうにゃん」
「ああ。ありがとな。あとでいっぱい撫でてやる」
「いらないにゃん!! まったく……」
クロネは軽く手を振ってキャンプに戻った。
俺とカグヤは森に沿って移動し、キャンサーがいると思われる近くまで来た。
俺たちの近くにゴーレムマスターの部隊と……あれ、ママさんがいた。
「……なんだい、お前たち」
「ママさんこそ。キャンプいなくていいのかよ?」
「ふん。ユポポ最強のゴーレムマスターであるあたしがキャンサーの近くにいた方がいいだろ? 起動したキャンサーがどう動くかわからない。ここにいればすぐ対応できるからね」
ここにいるゴーレム部隊は全て【援護型】で、ゴーレムには回転式を更に発展させた【ガトリング砲】という銃で武装したタイプらしい。よく見るとゴーレムの両腕は細い筒を何本も束ねたような腕になっている。指に当たる部分から弾丸が発射されるらしい。
カグヤは首をコキっと鳴らす。
「ママさん、そろそろかしら?」
「…………ああ、気を付けな」
俺にもわかった。
森から、バキバキと音がし始めた。
木々が倒れる音だ。巨大な何かが動きだしたような、木と木の間を無理やり進んでいるような音。
「カグヤ、気を付けろよ」
「あんたこそ」
「よし、全機並べ!! 機銃用意!!」
俺とカグヤは構え、ママさんの号令で援護型ゴーレムが筒のような腕を森に向ける。
ゴーレムの数は十体。合計二十本の腕……いや、機銃だ。
「構え……!!」
ゴーレムマスターたちが息を飲む。
ママさんが腕をゆっくり上げ───森からバキバキと樹の倒れる音が近づいてきた。
ゴーレムたちの腕がキュルキュルと回転しはじめた。
そして───ついに、見えた。
「撃て───っ!!」
ママさんが叫ぶと同時に、とんでもない轟音が響いた。
ガルルルルル!! と、ゴーレムたちの両腕が回転しながら火を噴く。
「うぉぉぉぉぉっ!? び、ビビったぁぁぁぁっ!!」
「う、うるっさっぁぁぁぁっ!?」
俺とカグヤは耳を塞いでしゃがんでしまった。
ゴーレムの機銃、滅茶苦茶やかましい!! しゃがんでわかったが、ゴーレムたちの足元に大量の薬莢が転がっている……なるほど、回転式を発展させた機銃、かなりの連射速度だ。
森から現れたキャンサーに命中しているようだけど、土煙が酷くてどんな状況かわからない。
「止め!!……どうだ、キャンサーめ」
ガトリングが止まり、土煙が晴れ……ようやく、キャンサーの全貌が明らかに。
「……か、カニ」
「お、オレンジの……デカいカニよね?」
そう、黄金級ゴーレムの【蟹座】キャンサー・ノウヴァは、『デカいオレンジ色のカニ』だった。
本当にデカい。高さは5メートルくらい、横幅は10メートルほどある。見た目はまんまカニだが、両腕のハサミが通常のカニよりもデカい。
片方のハサミは見ただけでわかるくらい鋭利で、もう片方のハサミは太い。斬るというより磨り潰すという表現のが正しそうだ。
移動の足も左右合わせて六本。やや前傾姿勢で左右ではなく真っすぐ歩いている。もちろん左右にも移動できるだろう。
見た目はカニだが、全身オレンジの装甲は生物というかゴーレムだ。まるでカニ型の全身鎧……正直、かなりかっこいい。これをデザインした奴は腕利きだな。
キャンサーはカニバサミをガチガチさせ大きく振り上げる。
「まるで威嚇だな」
「あれ、勝手に動いてんのよね? ふふ、小さいカニ乗ってたりして」
「アホ。行くぞ」
「あ、待ちなさいよ!!」
俺とカグヤはキャンサーに向かって歩きだす。
すると、ママさんも隣に並んだ。
「お前らは再装填して銃身を冷やしてな。射撃可能になったら援護を。それと全部隊をここに集めな」
「「「「「はい!!」」」」」
「あんたら、あたしに付き合ってもらうよ。キャンサーを足止めする」
ゴーレムマスターたちに指示を出し、俺とカグヤに言うママさん。
ママさんは自分のゴーレムの前に立ち言った。
「コマンド、【実装】」
『ライドオン』
「「え……」」
ママさんのゴーレムが、ぱっくりと開いた。
開いたゴーレムがママさんに覆いかぶさる。まるで、ママさんを腹の中に取り込むような。
ゴーレムの蓋が閉じると、ママさんの声がした。
『さぁ、行くよ』
「うぉぉぉぉぉっ!! かか、かっけぇぇぇぇ!!」
「ご、ゴーレムを……着た!?」
『希少な【実装型】さ。最も扱いの難しいゴーレム……まぁ、それは後だ』
ママさんはゴーレムの突撃槍を掴み構える。
俺も並んで構え、カグヤも足を突き出した。
「呪闘流甲種第三級呪術師ヴァルフレア。まぁ呪術は効かんと思うから素手でやる」
「神風流七代目皆伝『銀狼』カグヤ。今夜はカニ鍋に決定!!」
『温泉郷ユポポ冒険者ギルド長マーマレード。圧して参るよ!!』
名乗りを上げ、キャンサーに向かって走り出した。