暗殺者
「で、なんだお前?」
「…………」
呪術拘束を緩めることなくテント前に襲撃者を連れていく。
プリムたちはまだ帰ってきていない。でも、シラヌイが向かったからすぐに戻ってくるだろう。
俺は無言で目を閉じる襲撃者の頭に生えている耳を引っ張る。
「にゃっ!?」
「おおー……こんなところに耳生えてる人間初めて見た。なぁなぁ、これって聞こえてんのか? おーい」
「…………っ」
あれ、ぷるぷる震えてる……なるほど、これが弱点か。
「おらおら、もみもみもーみもみ、ももももみみみみっ!!」
「ふあぁっ!? にゃう、ふにゃぁぁんっ!?」
「だっはっは。弱点みーっけ……ふふふ、どうしてやろうか」
「にゃひっ……や、やめ」
手をワキワキさせて襲撃者の頭を触ろうとすると、背後から太めの枝で殴られた……い、痛い。新手の襲撃か!?
「……なにすんだ」
「ふ、フレアの変態!! じゅ、獣人の女の子を拘束して襲い掛かるなんて……ひどいです!! さいてーです!!」
「そうだそうだ。姫様からそんな罵詈雑言を受けるとは……なんて羨ましい奴なんだお前は!! 許しがたい!!」
「おいプリム、アイシェラをなんとかしろ」
「アイシェラ、クソして寝ろ」
「はぁぁうぅぅんっ……ふぅ。ところで貴様、そいつはなんだ? シラヌイが急かすので急ぎ戻れば……どういう状況だ」
急に真面目な声で言うアイシェラはマジでおかしいと思う。
俺もプリムもアイシェラがキモかったが、今はこの獣人……獣人?
「プリム、獣人ってなんだ?」
「は、はい。獣人は動物の血が混ざった種族です。犬や猫、馬や豚や鳥などの特徴を持った種族ですね。えーと、こちらの方は……猫獣人でしょうか?」
「…………」
猫獣人はプイっとそっぽ向く。
手足を縛られたままなので、そっぽ向くのがせめてもの抵抗だと言わんばかり。
さて、こいつが獣人っていうのはわかった。今度は俺の番だ。
「夕食の支度をしてたら、こいつがいきなり毒針で俺を狙ったんだ。プリムじゃなくて俺を狙ったからな、怪しいからとっ捕まえてやった」
「毒針だと!? おい貴様、拘束しているとはいえ、このような危険人物を姫様の前に」
「ああ、武器は全部没収したから大丈夫。胸もパンツの中も調べたから」
「「え」」
「……っ」
プリムとアイシェラが硬直、襲撃者は顔を赤くしてそっぽ向く。
とにかく、こいつをどうしよっかな。
「おっと、夕食が焦げちまう。とりあえずメシにしようぜ」
「は、はい……あの、調べたというのは」
「姫様、それ以上は聞いてはなりません……それでも気になるのでしたら、姫様の身体を使ってどのような行為が行われたのか……ハァハァ、はぁぁうぅぅんっ……けけけ、検証、検証してみましょうか?」
「クソカス、消えろ」
「ひゃぁぁぁぁんっ!!」
「あの、アイシェラうるさいんだけど……プリム、あんまり調子付かせるなよ」
「はっ……私としたことが」
今日の夕食は、蛇スープと蛇の丸焼き。香草や山菜をふんだんに使った自信作だ。
今更だが、俺が料理番になってる。まぁいいけど。
「…………」
『くぅぅん』
襲撃者は、シラヌイが見張ってくれた。
◇◇◇◇◇◇
夕食を終え、再度尋問。
ヘビの丸焼きを襲撃者の口元へ近づける。
「ほ~れほ~れ、いい匂いだろ~?」
「…………」
「食べたいなら、なんで俺を狙ったか話してくれよ~……駄目か」
襲撃者は、頑なに口を開かなかった。
「どーする? 素っ裸にして木に張り付けてやるか?」
「さ、さすがにそれは……お、女の子ですし」
「先生によくやられたけどなぁ」
「どういう師匠だ……それより、問題はお前が狙われたことだ。姫様ではなくお前……そうか、つまりお前がその襲撃者を連れて私たちと別行動をすれば、姫様は狙われなくて済む!!」
「おい、俺を切り捨てんのかよ……」
「アイシェラ、それはダメです。フレア、お願いがあります」
「ん?」
「この方の拘束を解いてください」
「「はい?」」
思わず、アイシェラと声が被った。
すると、アイシェラが思いきり反論した。
「駄目です!! こいつが狙われるのは大歓迎ですが、姫様が狙われる危険性もあるのですよ? 拘束を解いたら間違いなく姫様は犯されます!!」
「おい、大歓迎ってなんだよ」
「いえ。話を聞くのにこのような体勢では窮屈でしょう。それに、私も無関係とは思えないので……どうか、お願いします」
「ん~……わかった。その代わり」
俺は右手から炎をボワッと出す。
「逃げようとしたら焼く。また狙われても厄介だしな」
「……っ」
べつに殺気を込めたわけじゃないのに、なぜか怯えられた。
というわけで、呪術拘束解除しまーす。
「大丈夫ですか?」
「……なぜ」
「あなたとお話をしたかったからです。さ、お腹空いてません? ヘビの丸焼きでよかったら……美味しいですよ?」
「…………」
襲撃者はプリムの差し出したヘビの丸焼きを奪うと、ガツガツと食べ始めた。
おお、冷めて硬くなったのに牙っぽい歯で難なく噛み千切ってる。
俺とアイシェラは顔を見合わせる。
「すげーなプリム。俺がなにしても喋らなかったのに……魔性の女ってやつか?」
「そうだ。姫様は誰に対しても優しく、平等に接する。ホワイトパール王国ではそうやって民衆の支持を一定数稼いでいた。そんな姫様をご兄弟方は『天性の悪女』と呼んだものだ」
「へー……無自覚な悪女か。怖いなー」
「だが、それがいい。悪女モードの姫様に踏まれ……ハァハァ、ハァハァ」
「そこの二人だまりなさーい♪」
プリムに睨まれたので話をやめる。
襲撃者は一瞬だけ目を左右に向けた。だが、シラヌイが立ち上がり背後へ。
俺も手から仕込みナイフを出し、いつでも飛び出せるように警戒する。
「…………はぁ、わかった。うちの負けだ。降参する」
「降参もなにも、お前に勝ち目なんてなかったぞ」
「や、やかましいにゃん!!」
「「「……にゃん?」」」
「はっ……く、ぅぅ……あぁ~もうわかったにゃん。うちの負けだにゃん。全部話すから見逃してほしいにゃん」
にゃんにゃん言い出した襲撃者……なんだこいつ。
襲撃者はどっかり座ると、お尻の布をクイッと弄り、長い尻尾をぴょこっと出した。
「うちは猫獣人の『暗殺者』、クロネにゃん。第七王女プリマヴェーラの死体回収を命じられて来たにゃん」
「クロネニャン……へんな名前」
「ク・ロ・ネ!! クロネ、クロネが名前にゃん!!」
猫獣人のクロネは、尻尾を逆立てて話し始めた。