温泉郷ユポポとゴーレム①/のんびり
ゴーレムは、何を考えてるのかさっぱりわからなかった。
敵意どころか生気も感じない。でも、俺たちの馬車に向かってくるなら容赦しない。
俺は構え、馬車に近づけないためにゴーレムに向かって走る。
「このっ!!」
隙だらけのボディに回し蹴りを食らわせる。
するとゴーレムはそのまま真後ろに倒れた……並の人間なら吹っ飛ぶけど、かなり重量がある。
だが、ゴーレムはすぐに立ち上がり、欠けた頭が一回転し、ひび割れた単眼がチカチカ光る。
「なんだこいつ……どういう生物なんだよ」
「それは生物じゃないにゃん!! パープルアメジスト王国の独占技術『鉄騎兵』!! 鉄で作られた人形にゃん!!」
「人形? いや、動いてるけど」
「だから!! 動く人形にゃん!!」
ゴーレムは腕をぐるぐる回し、俺に向かって来た。
よくわからんが、生きてるようで生きてないらしい。
当然のことだが、俺が負けるわけがなかった。
「第一地獄炎、『紅蓮五指』」
右手の指に炎を纏わせ、ゴーレムの欠けた頭に突っ込んだ。
『ピピ、ピギギ』
「燃えろ!!」
そのまま炎を噴射。
体内に炎を送り込まれたゴーレムの単眼がパンと弾け、そのまま倒れた。
木々が多いし、あまり派手な炎は使えないので地味な勝利だった。
「うし、終わり……なぁ、死んだのか?」
倒れたゴーレムを軽く蹴るがピクリともしない。
プリムとクロネが馬車から降り、ゴーレムを眺める。
「ゴーレム……わたしも聞いたことがあります。パープルアメジスト王国が誇る技術の結晶だとか。詳しいことは機密事項でしたので、末っ子のわたしはよく知りませんが……」
「うちも詳しいことは知らないにゃん。でも、こいつはゴーレムで間違いないにゃん……」
アイシェラとカグヤもゴーレムを見に来た。
「……技術の結晶と言う割には、腐食や劣化が目立つな」
「それに、めっちゃ雑魚じゃん。アタシならこいつが百匹出てきても楽勝かも」
カグヤはゴーレムを蹴る。
すると、首が取れて頭が転がった。
「なぁアイシェラ。パープルアメジスト領土は近いのか?」
「ああ。もう間もなくだ」
「じゃあさ、さっき空から見た村に行って、いろいろ聞いてみようぜ」
「……そうだな。貴様とカグヤは周囲を警戒しておけ。またゴーレムが現れないとも限らん」
「わかった。クロネ、プリムのことは頼むぞ」
「わかったにゃん」
「フレア、カグヤ、気を付けて」
「まっかせて! あ、次出たらアタシが戦うからね」
「へいへい」
ゴーレムは放置し、馬車に乗ってパープルアメジストの村へ向かった。
◇◇◇◇◇◇
渓谷を抜け、森に入った。ここからパープルアメジスト領土である。
森に入るなり、道が整備されてて驚いた。横幅が広く、鉄の柵が等間隔に立っている。
それに、魔獣が全く出てこなかった。カグヤは残念そうに馬車の屋根でうつ伏せに寝転がり頬を膨らませている。
「魔獣もゴーレムの気配もない……つまんなーい」
「確かに。急に気配消えたよな……変な感じ」
カグヤに周辺の警戒を任せ、俺は馬車の中へ。
中では、プリムがシラヌイを撫で、クロネは身体を丸めて寝ていた。
「あ、フレア」
「よう。邪魔するぞ」
「にゃん……」
クロネの隣に座り、頭を撫でてやると喉がゴロゴロ鳴る……こいつ、マジで猫みたいだな。
とりあえず抵抗しないので撫でながらプリムと話す。
「村に付いたら宿を取って休もうぜ。野営料理もいいけど、宿で美味いメシ食いたいよな」
「そうですね。でも、野営するのって楽しいから好きです!」
「俺も。それにしても、ゴーレムとかすげぇよなぁ」
「はい。わたしも初めて見ました……あの、フレア。ゴーレムって強かったですか?」
「いや、全然。硬いけど動きも滅茶苦茶だし、中身狙えば簡単に壊せるぞ」
「でも、あのゴーレムは壊れかけてました……もし、もっと大きくて硬くて強いのが出てきたら」
「ま、問題ないよ。楽勝楽勝!」
「ごろごろ……んにゃ……うにゃ!? な、撫でるにゃ!!」
「あ、起きた」
クロネが起き、会話が終わった。
でも、俺は後になって知ることになる。
プリムが言った『もっと強いゴーレム』という存在が、どれほどの脅威なのかを。
◇◇◇◇◇◇
半日ほど森を進み、村に到着した。
俺はクロネと一緒に昼寝していたのだが、馬車が急停車したので起きてしまった。
「んがっ……な、なんだぁ?」
「うにゃ……着いたにゃん?」
「んん……ふぁぁ。おはようございます~」
『わぅん』
どうやらプリムとシラヌイも寝てたようだ。
すると、馬車の窓がガンガン叩かれる……カグヤの奴だ。
「フレア!! ゴーレムよ!!」
「え……あ、マジで!?」
「待て。様子がおかしい……」
と、アイシェラが割り込む。
窓を開けて外を見ると、確かにゴーレムがいた。
寸胴鍋みたいな身体。関節とパイプをくっつけたような手足。丸い単眼が赤く光り、村の入口に立っている……のだが、どうも門番にしか見えない。
俺はアイシェラに聞く。
「アイシェラ、あれ……敵か?」
「わからん。私の目には門番にしか見えん」
「俺もそう思う……よし、俺とカグヤで近づくから、ゆっくり後ろから付いてこいよ」
「わかった。油断するな」
「ああ。行くぞシラヌイ」
『わん!』
馬車から降りるとカグヤが馬車の屋根から飛び降り、俺の隣に。
シラヌイは大人しく付いてくるが、問題なのはカグヤが大人しくしてるかどうかだ。
「カグヤ、まだ暴れるなよ」
「わかってるって」
ゆっくりと村の入口に向かう俺とカグヤとシラヌイ。
ゴーレムはピクリとも動かない……気配はおろか生気すら感じない目だな。いきなり背後に現れても不思議じゃない異質さだ。
いつでも戦えるように気を引き締め───。
「おんや。客人とは珍しい」
入口の脇に建ててある小屋から、皮の鎧を着た爺さんが出てきた。
爺さんはゴーレムを背後に普通に立っている。
「そっちから来たってことはブラックオニキスから来たんかの? こりゃ珍しい……『野良』が出るはずじゃが、大丈夫かの?」
「「え?」」
「野良じゃよ。電磁攪乱柵のないところに奴らは出るからのぉ……」
何を言ってるのかさっぱりだった。
カグヤと顔を見合わせ首を傾げると、爺さんはポンと手を叩く。
「ああそうか。他領土の人間はゴーレムのことを知らなんだ。とりあえず、村に入るかの?」
「あ、はい。ええと……お願いします」
なんとなくゴーレムを見上げる俺。
すると爺さんが言う。
「こいつは門番ゴーレムじゃ。魔獣にゃ容赦ないがよほど悪いことしないかぎり人は襲わんよ。型落ちのポンコツじゃが、こんな外れの村にはこんなポンコツしか来なくてのぉ」
「「…………」」
「おっと。とりあえず、入れ入れ。この村には宿もあるし、なんと温泉もあるぞ! 旅の疲れをゆーっくり癒すといい」
「「温泉!?」」
なんと、温泉まであるそうだ。
さっそく村の中に入ると……匂うわ匂う。硫黄の香り!
村の中心まで行くと、宿の看板をぶら下げた大きな宿屋があった。しかも厩舎付きだ。
プリムとクロネも馬車から降り、村を眺めている。
「温泉があるなんて……」
「うち、情報収集してくる。あとは任せるにゃん」
クロネは一瞬でいなくなった。
宿屋の前にいた従業員っぽい青年に馬と荷車を預け、宿の中へ……なんか、まともな宿久しぶり。
カウンターには恰幅のいい、肌がつやつやのおばさんがいた。
当然のようにアイシェラが受付をする。
「いらっしゃい。お泊りかい?」
「ああ。三部屋頼む。うち一つは一人部屋で」
「はいよ。うちは温泉がある宿屋でね、ぜひ入っておくれ。お肌つやつやになるよ!」
部屋の鍵を受け取り、一人部屋の鍵を俺に投げるアイシェラ。
「お嬢様と私、カグヤとクロネに分かれ「カグヤ、一緒に部屋でいい?」あっふぅん!!」
プリムとカグヤ、アイシェラとクロネ、そして俺という部屋割りになった。
荷物を持って部屋の中へ……なんかこういうの久しぶり。
一人部屋だが、シラヌイが一緒だ。
「あ、温泉だっけ。その前にプリムたちのところ行くか」
シラヌイは床で丸くなり大きな欠伸……寝るみたいだな。
プリムの部屋は隣だ。ドアをノックして入るとアイシェラとカグヤがいた。
「よう。なんかこういう宿すっげぇ久しぶりだよな」
「ですね。あ、お土産屋さんとか、けっこう大きな雑貨屋さんもあるみたいです。ここ、温泉が湧いてる隠れた秘湯村って呼ばれてるみたいですよ」
「それに、冒険者ギルドもあるみたいね。フレア、アタシは行くけどアンタは?」
「どっちもいいね。じゃあさ、数日ここに滞在して、村を観光したり冒険者ギルドで久しぶりに依頼を受けるってのはどうよ?」
「「賛成!!」」
うーん。なんか楽しい。
プリムとカグヤは楽しそうに笑っているが、アイシェラは何か考え込んでいる。
俺は聞いてみた。
「アイシェラ、どうした?」
「いや。ゴーレムのことが気になってな」
「ま、クロネが情報集めて来るだろ」
「そうだな……よし!! お嬢様、温泉に行きましょう!! お背中と胸を流させていただきます!!」
「絶対に嫌。カグヤ、一緒に温泉行こう。アイシェラが近づいてきたら蹴り飛ばして」
「アンタもけっこう言うわね……いいけど」
「お、お嬢様ぁぁぁぁっ!!」
「俺は散歩でもしてこようかな」
急ぎじゃないし、のんびり温泉の村を満喫するのもよさそうだ。