渓谷越えと熊鍋
熊肉で鍋をするため、早めに野営をする。
いい感じの小川を見つけ、馬車を止めてさっそく準備しようとしたのだが。
『ギャーッ!!』『ガガガッ!!』『ゲゲゲッ!!』
「カグヤ、そっち任せる!!」
「はいよっ!! クロネは馬車の上から援護、アイシェラは馬を守りなさい!! プリム、馬車から出ちゃダメよ!!」
なんと、ゴブリンの群れと遭遇してしまった。
数は三十以上。小川に馬車を止めて俺が下りると同時に、ボロボロの矢が飛んできた。
どうやら、この小川はゴブリンの狩場らしい。俺は矢を掴み、飛んできた藪に投げ返すと、黄色い身体をした少々ゴツめのゴブリンが飛び出してきたのだ。
「ランドゴブリン! 単体ではCレート、群れではA+~レートの魔獣だ! 通常のゴブリンより体格に優れ知能もある! 気を付けろ!」
と、アイシェラが叫ぶ。
アイシェラは馬の傍で剣を構え、クロネの援護を受けながらランドゴブリンと戦っていた。
俺とカグヤは、ぞろぞろ集まるランドゴブリンをひたすら始末する。
「熊鍋蹴り!! 熊肉蹴り!!」
「熊肉ステーキ連打!! 山菜熊鍋突きぃ!!」
「欲望丸出しにゃん!? 真面目にやるにゃん!!」
クロネに怒られてしまった。
俺とカグヤはいたって真面目。というか、これから熊肉のために山菜採り行こうとしてたのに、出てきたのがゴブリンだ。はっきり言って怒ってる。
俺はカグヤとアイコンタクト。互いに頷く。
そして、俺を狙っていたゴブリンをカグヤの元へ誘導し、俺は離脱。川の傍で右足に蒼い炎を纏わせた。
「カグヤ離れろ!! 第二地獄炎、『アイスニードル』!!」
小川を蹴ると、飛沫が氷の槍となり飛ぶ。
ゴブリンを引きつけていたカグヤは思い切り跳躍。氷の槍がカグヤを襲っていたランドゴブリンに突き刺さる。
飛び上がったカグヤは、木と木を蹴りながらランドゴブリンに向かう。
「神風流、『飛苦無』!!」
木と木を蹴っては飛び、飛び蹴りをランドゴブリンに食らわせる。
俺は第二地獄炎を解除し、左手を黄色い炎で燃やす。
「第三地獄炎『泥々深淵』……【泥沼】!!」
ランドゴブリンの立つ地面を泥化させ、瀕死のゴブリンたちを一気に泥の中に引きずり込んだ。
あらかた片付け終え、地面に降りてきたカグヤとハイタッチ。
「お疲れ」
「アンタもね」
そして、互いにニヤッと笑う。
「じゃあ行くか」
「ええ。山菜採りね!」
「ちょ、待つにゃん!!」
「じゃ、すぐ戻る」
「野営準備よろ~♪」
俺とカグヤは、さっそく山菜採りに森の中へ。
◇◇◇◇◇◇
フレアたちを見送ったクロネとアイシェラは、仕方なく野営の準備を始めた。
アイシェラが仕留めたランドゴブリンは三体。その死体を燃やして埋めている間に、クロネが周囲を確認する。魔獣の脅威が消えたと判断したクロネは、プリムを馬車から出した。
「二人とも、怪我はしてない?」
「問題ないにゃん」
「大丈夫です。お嬢様こそご無事ですか?」
「わたしは平気。フレアとカグヤは……」
アイシェラはため息を吐きつつ言う。
「あの二人は山菜採りに行きました。よほど熊肉が楽しみなのでしょう」
「んー、前から思ってたけどあの二人、似た者同士にゃん」
「…………いいなぁ」
「お嬢様?」
「あ、いえ……よし、野営の準備をしましょう! フレアの言う通り、今日は熊肉です!」
張り切るプリムは荷物から折り畳み式テーブルや煉瓦を準備する。
クロネが熊肉や野菜の下ごしらえをし、アイシェラはテントを立てた。
何日もこうしていると、さすがに野営慣れしてきた。
「ん~……お洗濯したいです」
「お嬢様。溜まった下着類は私にお任せを」
「やだ。ねぇクロネ、お洗濯ってどうすればいいかな?」
「町まで我慢するか今やるにゃん。うちが知ってるのは、あえて夜に洗濯して魔法で熱風を出して乾かす方法にゃん。夜のうちに渇けば魔力を消費しても寝れば回復するし」
「なるほど……アイシェラ、熱風出せる?」
「ふむ。その程度なら問題ないでしょう」
魔法には七つの属性があり、誰でも使える一般的な魔法は『無』属性。生活魔法と呼ばれる。熱風を出したり、風を起こして掃除をしたりと生活に便利な魔法のことを差す。だが、魔力を消費してまで家事に魔法を使う者はほとんどいなかった。
ちなみに、アイシェラの魔法適正は『水』属性だ。だが魔力が少ないのであまり使っていない。
「ではお嬢様。洗濯物を」
「けっこうですー。クロネ、あなたの洗濯物は?」
「…………そこ」
「あ、これですね。じゃあ一緒にやっちゃいますね……アイシェラ、あなたのも。カグヤのもあれば」
「お、お嬢様が私のしし、下着を……おふぉぉぉっ!!」
「アイシェラ、カグヤの服と下着だけ取って」
「はぅぅっ……その冷たい視線、さすがお嬢様……」
さすがに、フレアの服や下着を洗濯するのは恥ずかしいプリムだった。
◇◇◇◇◇◇
俺とカグヤはたっぷりの山菜を摘んだ。
俺はともかく、カグヤも俺に負けないくらい山の幸を知っている。
帰り道、カグヤに聞いてみた。
「お前、山菜とか詳しいんだな」
「まーね。神風流の道場は山奥にあったし、基本的に自給自足だから、山の幸に関しては自信あるわ。あと川魚も捌けるし、魔獣も解体できる」
「……一緒に旅してたときはあんまりやらなかったけど」
「アンタがやるのにアタシがやる必要ある?」
「…………」
なにこいつ。できるくせにやらなかったのかよ。
でもま、山菜いっぱい獲ってご機嫌だしいいや。
「アンタもけっこうやるじゃん。山菜、詳しいの?」
「ま、お前と似た感じだな。修行の一環で素手で何も持たずに森の中に放置されてさ、食べられる山菜とかキノコとか調べるために食いまくったからな。毒で死にかけたりもしたけど、食べられる山菜とそうじゃない山菜はそこで覚えた」
「全然似てないわよ……山ごもりはするけど、そこまで厳しくないっつの」
カグヤは苦笑する。
そして、しばし無言で歩き……ポツリと言った。
「ありがとね」
「は?」
「お礼。アタシ、アンタに助けられたのにお礼言ってなかった。それに……頭に血が上ってた。自分の弱さを認められなくて、迷惑かけた」
「…………え、なにどうしたお前」
「うっさい。借りはいつか返す。はいおしまい!!」
「あ、ああ」
カグヤは赤くなりそっぽ向く……ま、いいか。
自分なりに考えて俺に言ったんだろう。
「さーて、熊鍋が待ってる。さっさと帰ろうぜ」
「うん。はぁ、お腹減ったぁ~」
うん。こいつは素直な方がいいな、絶対に。
◇◇◇◇◇◇
山菜や香草で匂いを消した熊肉はとてもうまかった。
熊鍋。いい、実にいい。こってりとした鍋タレに熊肉が絡みつき、濃厚な肉のうまみが口の中いっぱいに広がり……と、熊鍋はともかく絶品でした。
片付けをするため、俺とアイシェラは鍋と食器を持って小川に来た。
「いやー美味かった……クロネの料理最高だよな」
「ああ。これほどの味、私も初めてだ」
アイシェラも機嫌がいい。いつもは俺を見ると眉が吊り上がるんだけどな。
しばし、無言で食器を洗っていると……アイシェラが咳払いした。
「ごほん。あー……貴様に言っておくことがある」
「ん?」
「…………感謝する」
「は?」
「感謝だ。貴様は、ハンプティダンプティに囚われていた私を救ってくれた。お嬢様のことで頭がいっぱいだったが……貴様には礼を言わねばなるまい」
「…………カグヤもだけど、いきなりなんだよ?」
「ふん。この借りはいつか返すぞ」
「お、おお……借りって、流行ってんのかそれ?」
アイシェラは俺を睨むように見ていたが、どことなく顔が赤かった。
よくわからんが……まぁ、借りって言うなら受け取っておくか。
「そういや、ホワイトパール王国のことはいいのか?」
「む。ああ……追手ももう来ないし、王位継承の件はもう関係ないだろう。それに、今のお嬢様の立場はブルーサファイア王国に住むガブリエル様の養子という立場だ。ホワイトパール王国はもう関係ない」
「そっか。あのさ、関係ないならホワイトパール王国行ってもいいかな? 俺、ホワイトパール王国に行ってみたいんだよねー」
「む……」
アイシェラは少し悩んでいた。
俺も半分は冗談で言った。プリムに危険なところに行ってほしくはない。でも、ホワイトパール王国にも行ってみたい……って感じ。
「……あまりお勧めできないが」
「あー冗談。冗談だって、今はいいよ」
「……そうか」
食器を洗い終え、俺とアイシェラは野営地に戻る。
野営地では、カグヤたちが片付けを終えていた。
「あ、戻ってきましたね」
「よう。こっちは終わりだ。水浴びでもしてこいよ」
「はい! じゃあフレア」
「はいはい。シラヌイと火の番しておくよ」
俺は焚火の近くに座り、シラヌイを呼んで撫でまわす。
着替えを持ったプリムとクロネが小川へ、そして……アイシェラとカグヤが俺の傍を通り過ぎる。
「じゃ、行ってくるわ」
「……火の番、任せるぞ」
「ああ」
『わぅん』
あれ、いつもなら『覗いたら蹴り殺す』とか『覗いたら斬る』とか言うのに、今日は何も言わなかった。
「…………急に優しくなったな。なんか裏でもあるのか?」
『きゅぅん……』
ま、別にいいか。
それより、明日は渓谷を抜けて森を超える。気合入れていくか。




