森を進んで
新章スタート!
そして、本日よりマガポケにてコミカライズスタートてす!
ヴァルプルギウスの国を出て数時間。馬車は順調に進む。
霧はすっかり晴れ、パープルアメジストへ続く街道を馬車はゆっくり走っている。
流通なんてないのに、誰が整備した街道なのか……そんなことを考えながら、馬車の屋根で寝転ぶ俺。
「くぁ~ぁ……ねむっ」
森の中を走っているが、木々が低いので日の光が差し込む。
ちなみに、シラヌイは馬車の中に入り、プリムにブラッシングされて気持ちよさそうしていた。
俺は、退屈なので御者を務めるアイシェラに話しかける。
「なぁアイシェラー」
「なんだ」
「馬、どう?」
「いい馬だ。脚力も体力も申し分ない」
「名前は?」
「ない」
「あ、じゃあ付けてやろうぜ」
「ふむ……一理あるな」
「よっと」
俺は馬車の屋根からアイシェラの隣へ移動する。
少し嫌そうな顔をされたが、特に何もいわなかった……嫌われてはいるけど、少しは軟化したかな。
俺は馬を眺めながら聞く。
「アイシェラ、どんな名前がいい?」
「ふむ……漆黒の表皮に白い鬣、何より立派な面構えをしている……よし、今日からこいつは『ブラックチョコレート・ホワイトクリーム号』だわわわわっ!?」
『ブルルフィィィィンンっ!!』
「うおおおおっ!? ああ、アイシェラ何やってんだ!?」
突如、馬が暴れ始めた。左右にぶれ、なぜかジャンプ。まるでアイシェラがつけた名前が嫌でその抗議をしているように感じた。
「わ、わかったわかった訂正する!! えーと、えーと……ええい貴様!! 貴様も案を出せ!!」
「お、おう!!……そうだな、黒……白い鬣……よし、今日からお前は『白い鬣の黒い馬』……『白黒号』ってのはどうだ?」
馬の動きが収まり、首を俺に向けてウンウン頷く馬……どうやら気に入ったようだ。
俺とアイシェラは顔を合わせ息を吐く。
すると、馬車の窓からカグヤとプリムが顔を出した。
「ちょっと!! 今の揺れはなによ!! 頭ぶつけたじゃない!!」
「フレア、アイシェラ、何があったんですか!?」
「ああ。アイシェラが馬の機嫌を損ねて馬が暴れたんだ」
「貴様!! 余計なことは言うな!!」
というわけで、馬の名前は『白黒号』に決まった。
◇◇◇◇◇◇
さて、日が傾き始めたので、野営の時間だ。
ちょうどいい小川を見つけたので、馬を止める。
大きな樹の傍に荷車を寄せ、馬具を外してやると、白黒号は草をむしゃむしゃ食べ始め、小川の水をごくごく飲む。すると満足したのか、荷車の傍で大きな欠伸をし、そのまま眠ってしまった。
アイシェラは「ふむ」と唸る。
「ヴァルプルギウス殿の幻術により私たちの言うことを聞くし、人に危害も加えないと聞かされているが……こうして見ると立派なものだな」
「馬は寝かせといて、飯の支度しようぜ」
「ああ。ところで、食事当番だが……」
と、クロネが鍋をひょいと取り出す。
「うちがやるにゃん。一通りの家事はできるにゃん」
「へぇ、アンタ、そんなことできんの?」
「仕事で使うこともあったし、いろいろ覚えたにゃん。ほら、あんたはテーブルとかまどを準備、プリムとアイシェラは野菜を洗って、カグヤはうちの手伝い!」
「はーい! アイシェラ、やろう」
「はいお嬢様……ふひひ、お嬢様と川、川……」
アイシェラは相変わらず不審者だ。
カグヤは言われた通りクロネの手伝いをして、俺はテーブルとかまどを準備し、薪に火をつけた後はテントの準備をする。
シラヌイは俺の傍にくっついていたが……。
『…………』
「シラヌイ、どうした?」
『わん!!』
と、シラヌイは森に入っていった。
後を追おうかと思ったが、トイレかもしれないし放っておくことに。
シラヌイは強いし頭もいい。無茶はしないだろう。
「おお、やるじゃんアンタ」
「にゃん。こんなの簡単にゃん」
野菜の皮むきをするクロネを褒めるカグヤ。
けっこう仲良くやれそうでよかった。
「フレアー」
「ん、どうした?」
「あの、ちょっとお願いしてもいいですかー?」
「おーう」
俺はプリムの元へ向かい、野営の準備は進んでいった。
◇◇◇◇◇◇
クロネの作った夕食を終え、片付けも終えると……。
「いい、覗いたら蹴り殺す」
「斬り殺す」
「ひっかき殺すにゃん」
「え、えっと……あはは」
女性陣は水浴びをするらしく、俺に釘をさす。
俺は焚火の傍でのんびりしていたのだが、あんまりしつこいので言い返した。
「あのな、何度も言うけど、お前たちの水浴びに興味ないっての」
「ふん。アンタは前科があるしね」
「その通り。貴様、お嬢様と私の服を脱がせたこと、忘れていないぞ」
「うちもおっぱい揉まれたにゃん!」
「あーしつけえ!! さっさと行けっての」
水浴びのたびにこんなこと言われるのはめんどくさい。
プリムだけは苦笑していたが、興味ないのは仕方がない。
とりあえず、食後の運動をすることにした。
「よし、型の行でもするか」
型の行。
呪闘流の基本形である『流』・『甲』・『滅』・『蝕』の型をなぞる演武だ。毎日の日課で、修行の初めと終わりに必ずやる。
俺は流の型で構えを取る……身体を柔らかく、右手を手刀で構え左手もゆるりと前に。
『わん!!』
「っとぉぉ!? って、シラヌイ……ビビらせんなよ」
『わんわん!! わんわん!!』
「ん、どした……って」
藪からシラヌイが飛び出してきたのだが……シラヌイは、見知らぬ誰かを連れていた。
「あいたたたた……いやはや、すまんすまん。ちと、食べ物を恵んでくれんかのう?」
「え、ああ。はい」
藪から出てきたのは、七十歳くらいのお爺さんだった。
白い髭、つるつるの頭、にこやかな表情。
着ている服はどこかの民族衣装っぽく、編み笠を被っていた。なんとなく『僧侶』って感じだ。
「おっと。わしは怪しいモンじゃない。旅の僧侶での、巡礼の途中だったんじゃよ」
「はぁ……まぁどうぞ」
焚火の傍に座らせ、荷物からパンを取り出してお爺さんに渡す。
お爺さんはパンを一気に完食し、水をがぶ飲み……ようやく落ち着いた。
お爺さんは、右手を手刀のように立たせ、顔の前で祈る。
「ごちそうさん。いやはや、助かったわい。この犬がわしの匂いに気付いてくれなかったら、腹を空かせたまましばらく過ごさんといけんかったわ」
『わぅうん』
お爺さんはシラヌイを撫で、俺に頭を下げる。
なんとなく、お爺さんはいい人に見えた。
「あの、お爺さん……こんなところで巡礼?してんの?」
「うむ。巡礼とは聖地を巡り祈りを捧げる旅。自らの足で聖地を巡る旅のことじゃ」
「へえ~……なんか大変だね」
「そうじゃな。だが、広い世界を己の足で進む……楽しいぞ?」
「わかる!!」
この爺さん、気に入ったわ。
聖地巡礼か……なんか面白そう。
すると、お爺さんは俺を見てうんうん頷く。
「お前さん、格闘技を使うみたいじゃな」
「あ、わかる? まぁ武器も使うけど」
そういって、ブレードと回転式を見せると……爺さんの目が驚きに変わった。
「ふむ。なぁお前さん。少しわしと立ち合わんか?……わしは強いぞ?」
「え、立ち合いって……別にいいけど。俺も強いよ?」
「よし。では軽く」
次の瞬間、お爺さんの前蹴りが俺の顔面に飛んできた!!
「っ!?」
俺はのけぞるように躱し、そのまま背後に転がって立ち上がる。
お爺さんがいない───そして、前にとんだ。
「ほほ、躱したの」
「なっ……」
お爺さんは、俺の真後ろにいた。
バカな。前蹴りをして真後ろに飛んだ俺のさらに後ろだと?
俺の警戒レベルがマックスに。
「立ち上がりが遅いぞ? まだまだじゃな」
「───っ」
お爺さんは一瞬で距離を詰め、正拳突きを俺の顔面に。
「流の型、『漣』!!」
「おぉ!?」
お爺さんの拳の軌道を変え、そのままハイキックで首を狙う。
だがお爺さんは足を前に出して地面にしっかり立ち、筋力だけで踏みとどまる。そして裏拳を俺の脇腹に食らわせる。
「む」
「甲の型、『鉄丸』……っぐ、いってぇ」
一瞬だけ身体を鉄なみに硬くする『鉄丸』で防御……この爺さん、見た目と違ってとんでもない筋力だ。それに身体の柔らかさもかなりある。
俺はお爺さんに連続攻撃を仕掛ける。
「だらららららららっ!!」
「むっ……ほほ、若いの!! 滾ってきたわい!!」
右正拳、回し蹴り、膝蹴り、左肘、右裏拳。
連続攻撃を仕掛けるが、お爺さんはその全てを躱し、受け、いなす。
だけど、俺も馬鹿正直に攻撃しているわけじゃない。
「ふっ……だりゃっ!!」
「ぬ!?」
正拳……と見せかけて、俺の拳を躱そうとした爺さんの襟をつかむ。
そしてそのまま背負い投げをしようとしたら、逆に爺さんは俺の襟をつかみ、くるりと回転して俺の手を外し、俺をぶん投げた!!
「錦流拳法、『絡み投げ』」
「のわぁぁっ!?」
「ほほ。若い若い。精進しろよ、小僧」
ぶん投げられた俺は思った以上に飛び───小川にダイブした。
俺はすぐに立ち上がり───柔らかい感触が手に伝わった。
「……あれ」
「ふ、フレア……あの」
「え、プリム? ここ……ああ、水浴び」
どうやら、裸のプリムの傍に落下したようだ。
今触ってるのはプリムのお腹だ。勢いで押し倒してしまったようだ。
「くそ、あの爺さんめっちゃ強い。流の型と似たような技を」
「「おい」」
「え」
声の方に顔を向けると、タオルを巻いたカグヤとアイシェラがいた。
「アンタ、やっぱり覗いてたのね……」
「は? ち、違うって。迷子の爺さんが」
「貴様……お嬢様の柔肌に触れて……そ、それは、それは……貴様が触れていい物じゃない!!」
「あ、ごめんプリム」
「い、いえ……」
「あのさ、聞いてくれよ。すっげぇ強い爺さんが」
「「いいから出てけぇぇ!!」」
「ぶあっはぁぁっ!?」
カグヤとアイシェラに蹴り飛ばされた俺は意識を失うのだった……。
ちなみに、あの爺さんはすでにいなくなっており、どこか満足げのシラヌイは焚火の傍で丸くなり眠っていた。
これが、特級冒険者序列1位『覇王拳』メテオ・ブルトガング爺さんとの出会いだった。
マガポケてコミカライズ始まりました!
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