炎の別れと神の呼び声
翌日。
ヴァル爺さんの家で朝飯を食べ終えると、ミカエルたちは出発の支度を始めた。
ミカエルの『烈火鎖』という炎の鎖で、サリエルと部下の天使をこれでもかとグルグル巻きにし、それを容易く持つミカエル。
ヴァル爺さんの家の前で、改めて別れをした。
「ヴァルプルギウス殿。改めて……申し訳ございませんでした」
ミカエルとラティエルは同時に頭を下げる。
ちなみに、町は昨日の戦いなどなかったかのようにいつも通りだ。建物もヒトも完ぺきに直したからな。休む理由がない。
ヴァル爺さんは、面倒くさそうに手を振る。
「よいよい。もう忘れろ。それと、改めて謝罪などしに来るんじゃないぞ。わしの『夢幻老獄』は解除すると貼りなおすのが面倒なんじゃ」
「……はい。わかりました」
きっと、冗談なのかもな。
ミカエルとラティエルはほんの少しだけ微笑んでいた。
そして、俺たちに向き直る。
ミカエルは、クロネに言う。
「クロネ、いろいろありがとね。あんたがいなかったらきっと、どうにもならなかった」
「……気にすんにゃ。お互い様にゃん」
「ふふ。暇になったら遊びに行くから、予定空けときなさいよ?」
「にゃ……て、天使と遊ぶなんて……まぁ、あんたみたいな天使もいるってわかったし、むしろ楽しそうにゃん」
「うん。またね」
ラティエルは、プリムとアイシェラに笑いかける。
「怪我、治してくれてありがとね」
「いえ。気にしないでください」
「だそうだ。ふん、お嬢様のやさしさに感謝するのだな」
「ふふ、そうだね……ねぇ、今度は一緒に遊んだり、お洋服買ったり、お茶飲んだりしたいな……ダメかな?」
「大歓迎です!! ふふ、うれしいです」
「うん……うれしい」
プリムとラティエルは握手した。
天使とか人間とか獣人とか関係ないんだな。翼があったりネコミミと尻尾が生えてたりするくらいで、中身は同じで心がある。
「種族なぞ関係ない。聖天使協会も他の真祖の連中も、それがなぜわからんのか……」
「だなぁ。ヴァル爺さんの言う通りだわ」
なんとなく女の会話に入りづらいので、ヴァル爺さんの隣に立つ俺。
シラヌイは欠伸し、前足で顔をぼりぼり掻いていた。
そして、ミカエルが俺の元へ。
「その……あ、あんたにはすっごく世話になったわね」
「そうか? 俺もいろいろ助けられたわ。それに、一緒に冒険できたらいいなーって今でも思ってるしな。あっはっは」
「……一緒に」
「おう。俺、お前のこと好きだしな」
「っ!?」
そういうと、なぜかミカエルの身体から炎が噴き出し、顔が赤くなる。
「お、おい!? 燃えてんぞ!?」
「すすす、好きって……そそ、そう? まぁ、あたしもあんたのこと……すすす、す……すっごくいい奴だとは思ってるし!!」
「お、おお?」
ミカエルは顔を赤くし、大きく深呼吸する。
いつの間にか、プリムたちも近くに来て俺とミカエルの会話を聞いていた。
「フレア。その……あんたには救われた。命を、誇りを、そして翼を……あたしという存在を救ってくれた……だから、ちゃんと言う」
「ああ」
ミカエルは、輝くような笑顔で俺に手を差し出す。
「ありがとね、フレア」
「……へへ、気にすんな。それと、やっぱお前のこと好きだぜ」
「……ぅん」
がっしり握手する。
ミカエルは手を放し、シラヌイを優しく撫でる。
ヴァル爺さんが指を鳴らすと、天井の一部が開いた。
そして、ミカエルとラティエルは翼を広げ、ゆっくりと上昇する。
「じゃあ、また会いましょう!! ばいばーい!!」
「みんな、ありがとね!!」
そういって、炎の天使ミカエルと樹の天使ラティエルは飛んでいった。
◇◇◇◇◇◇
「ねぇミカちゃん……もしかして、恋しちゃった?」
「…………わかんない」
「ふふ。すっごい女の子の顔してる。フレアくんのこと考えると胸が熱いんでしょ?」
「…………ぅん」
「わ、顔真っ赤だよ?……かーわいぃねぇ♪」
「ら、ラティエル!! っく……あいつ、あたしを抱っこして助けてくれてさ……ああもう!!」
「うんうん。ねぇ、帰ったらその時のこと、教えてね」
「い・や!!」
「あん、そんなこと言わないでさぁ~」
◇◇◇◇◇◇
ミカちゃんたちを見送った俺たちも、出発の支度をした。
ヴァル爺さんの家の前には、けっこうな大きさの馬車がある。
「あ、あの……これ」
「くれてやる。好きに使えぃ」
プリムが恐る恐る聞いたが、ヴァル爺さんは適当に答える。
高級さはないが、がっしり頑丈な造りの馬車で、馬も筋肉質だ。ところどころが鉄で補強され、車輪にはゴムが巻いてあり衝撃を吸収する仕組みになっている。
アイシェラは馬車を確認、オードレンというヴァル爺さんの秘書にいろいろ質問している。
「素晴らしい。ホワイトパール王国でも見ない高級馬車だ。外見ではなく性能重視、荷台も広く室内は折り畳み式ベッドもある。さらにこの馬……いい馬だな」
「お目が高いですね。この馬は魔獣と牝馬の混合種です。体力と持久力、脚力は通常の馬の数十倍。ヴァルプルギウス様の幻術で支配下に置いてますので非常に大人しいです」
「ほぉ……いい脚の筋肉だ」
「通常の馬二十頭分とお考え下さい。この荷車と馬の組み合わせなら、どんな地形でも問題なく進めるでしょう」
なにやらすごい馬らしい。
ちなみに、御者はアイシェラが務める。俺とカグヤが護衛でクロネは斥候、プリムは回復役というパーティーメンバー……女ばっかだな。
旅の道具も馬車の荷台に入れたし、もう出発できるな。
「『夢幻老獄』の幻影に従って進めば森を抜けられる。そのあとは地図を見て進め。山越えと渓谷越え、森林越えをすればパープルアメジスト領地じゃ」
「けっこう面倒なのな」
「仕方あるまい。わしも若いころに一度しか抜けたことがない。危険な魔獣……は問題ないの」
「当然。アタシがいれば問題ないわよ」
「うちは嫌にゃん……はぁ」
さて、準備は整った。
俺たちは、ヴァル爺さんに挨拶する。
「じゃ、いろいろありがとな。吸血鬼ってムカつく奴はいるし見下す奴もいるし気持ち悪い奴も多いけど、ヴァル爺さんはすっげぇいい奴ってことがわかった。今度は観光しに来るよ」
「相変わらず本音を隠さん奴じゃな……まぁよいわ。遊びに来たら顔を出せ。茶くらいは出してやろう」
プリム、クロネ、カグヤが馬車に乗り込み、アイシェラは御者席に。
俺とシラヌイは馬車の屋根に飛び乗った。
「じゃ、出発!!」
「ふん、命令するな」
『わぉぉーんっ!!』
馬車はゆっくり走り出し、この町の外へ向かう。
俺はヴァル爺さんが見えなくなるまで手を振っていた。
◇◇◇◇◇◇
場所は変わり、ブルーサファイア王国。
ガブリエルは自宅でキセルをふかしていた。
「…………なんだい、珍しい」
煙を吐き出しながらポツリと呟く。
視線は、リビングからベランダに繋がる窓。そこに、一人の少女がいた。
少女は空を見上げている。だが、その眼は固く閉じられている。雲一つない青空が見えるはずもない。
ガブリエルは立ち上がり、いつの間にかいた少女に話しかけた。
「久しぶりだね、イアカディエル……あんたが来たってことは」
「神。啓示。我ら堕天使。呼ばれた」
カタコトでつぶやく。
イアカディエルと呼ばれた少女は目を閉じたままガブリエルを見る。
長い白髪、真っ白な肌、胸元が開いたローブを着ている。年代は十五歳くらいだろうか……だが、彼女もまた堕天使だった。
ガブリエルは煙草をふかし、煙を吐く。
「あたしらの『神』が呼んでいるのかい……」
◇◇◇◇◇◇
聖天使協会本部に戻ったミカエルとラティエルは、さっそくアルデバロンに呼び出された。
本部に戻るなり注目された。
階梯天使とサリエルを炎の鎖でがんじがらめにし、注目されるのを完全無視して引きずっての帰還だ。注目されないわけがないし、しかも十二使徒最強のミカエルだから誰も止められない。
必然的に、アルデバロンに呼ばれた。
アルデバロンの執務室に、サリエルを引きずったまま入るミカエルとラティエル。
アルデバロンは大きな革張りの椅子に座ったまま、ミカエルを睨むように見る。
「…………何が言いたいか、わかるな?」
「ええ。今回はあたしが悪い……でも、このクソバカがしたことの報告もあるから、そっちを先にしてもいい?」
「ああ、言ってみろ」
ミカエルは、サリエルがヴァルプルギウスの国を襲撃したこと、ミカエルとラティエルを殺そうとしたことについて報告する。
サリエルは真っ蒼になり聞いていたが、口が鎖で封じられているので話すこともできない。愛するアルデバロンに自分の失態が話されるのを、聞いていることしかできなかった。
「……ってわけで、サリエルは十二使徒除外。神器没収。翼を剥いで永久幽閉する。吸血鬼が納得する罰を与えるって真祖と取引したからね。異論は許さないわよ」
「んー!! んー!!」
ムームー唸るサリエルを完全無視した。
ラティエルは顔を伏せ、完全にミカエルに任せている。
「それと……いろいろ迷惑かけた。ごめん」
「負けたのだな?」
「うん。あたしでも勝てない。あんたも、残りの十二使徒が束になってもフレアには勝てないでしょうね……あんたの言う通り、今後呪術師に手を出すことは絶対禁止。戦ってわかったけど、フレアは売られた喧嘩は買うけど、手を出さなければ何もしない」
「…………」
アルデバロンは黙り込み、小さく息を吐いて言った。
「そうはいかん」
「……え?」
「サリエルの処分はなし。それと、降格処分・謹慎中のラーファルエルを十二使徒に復帰。サンダルフォンとメタトロンの精神ケアも終わったので同時に十二使徒復帰……」
「ちょ、な、なに言ってんの!? ラーファルエルって……それに、サンダルフォンとメタトロンって、フレアに負けた天使じゃない!!」
「そうだ。十二使徒を揃える」
「はぁぁ!?」
これには、ミカエルもラティエルも驚いた。
そして、ミカエルの足元に転がるサリエルも目をキラキラさせる。
「───啓示です」
いつの間にか、壁際に人が立っていた。
口元だけ露出した白い仮面をかぶり、全身真っ黒なローブを着た、男か女かわからない誰かだ。
ミカエルは、目だけを動かす。
「ムトニエル……なに、どういうこと」
ムトニエルと呼ばれた天使は、何の感情も籠っていない声で言う。
「───我ら天使の『神』の啓示です」
◇◇◇◇◇◇
そこは、闇よりも夜よりも暗い空間だった。
「……あり?」
『よぉ、相棒』
「あ、焼き鳥……それにみんなも」
いつもの、地獄炎の空間だ。
俺を中心に、親切な焼き鳥、青いおばさん、もふもふのモグラ、白いお姉さん、得体の知れない緑の蝉が俺を囲んでいる。
「おお、勢ぞろいじゃん。こんなの初めてだなー」
『そうじゃの。それより、ハーレムの旅が始まるようじゃな……誰から食う?』
「は?」
青いおばさんことアヴローレイアは、氷の椅子の肘掛けをペシペシ叩く。
『およしなさいな。噂好きの耳年魔おばさんじゃあるまいし』
『あぁん? 白いババぁも聞きたいんじゃないかの? ほれほれ、素直になればいい』
『そんなことありませんわ。フレアのプライベートに踏み込むなと言ってるのです』
『けっ、お上品なお嬢ちゃんじゃのぉ』
『……私とあなたは同世代でしょう』
青いおばさんと白いお姉さんが険悪だった。
まぁどうでもいい。女同士、何かあるってことだよね。
『もーぐもぐもぐ、もぐぐ? もぐもぐ』
『ギーヨギーヨギーヨギーヨギーヨギーヨ』
「…………」
こっちでは、丸っこいふわふわなモグラと蝉と蜘蛛と蛾を足して割ったような気味悪い蟲が何やら会話?していた……相変わらずわけわからん蟲だ。
『うーむ。やっぱりわからないんだな!』
『ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ』
ギチギチ鳴いてるよ……つーか、なんで俺ここにいるんだ?
とりあえず、一番話しやすい焼き鳥に聞いた。
「なぁ、何か用事か?」
『わりーな。ちょっとした助言だ。ま、あんまり気にすんなと言いたいが……オレらも無関係じゃないんでね。こうして集まって直接言おうと決めたんだ』
焼き鳥が言うと、青いおばさんたちの会話がピタッと止まる。
視線が俺に集まり、焼き鳥は言った。
『気を付けろ───『神』が動き始めたぞ』
「は? 神?」
『そうじゃ。わらわたちと同格の三柱……ま、クソカスボケを煮詰めたゴミ共じゃ』
「はい?」
『あの神たち、ルールを破るかもしれないんだな!! 気を付けるんだな!!』
「え、ルールって……?」
『フレアくん。どんな困難だろうと、きっとあなたなら立ち向かえる……人の心の赴くままに』
「え、あの」
『ジーコジーコジーコジーコジーコジーコジーコ』
「いや、わかんねぇよ……蟲の言葉」
それぞれが俺に言う……『神』って、神様か?
首を傾げると、焼き鳥が言った。
『とりあえず、冒険を楽しみつつ残りの二炎……『黒』と『紫』に認められな。そうすりゃ、七つの地獄炎を全て扱えるようになる。大抵の野郎はお前の敵じゃねぇ』
「七つ……んー?」
『どうした? うれしくねぇのかよ?』
「あー、いや」
そういえば、こいつら……誰も気にしてないな。
俺は、なんとなく質問してみた。
「なぁ、地獄炎って残り三つだろ? 黒と紫と───黄金」
『あ?』
「いや、黄金だよ。地獄門の中心で燃えてた黄金の炎……お前ら、誰も話題にしないのな」
『…………』
この質問に対し……地獄門の魔王たちは、ただ首を傾げるだけだった。