ヴァルプルギウス、夜霧の館②/サリエル
青いツインテール、着崩した聖天使協会の制服、薄手の化粧にアクセサリー、口には棒付きキャンディを咥え、どことなく苛ついたような表情をしている少女がいた。
彼女がいるのは、イエロートパーズ王国にあるダンジョン『アメノミハシラ』の正面入り口。
棒付きキャンディを舐めながら、彼女は言う。
「つーか……あの赤毛、どこ行きやがった」
聖天使協会十二使徒の一人、サリエルは、苛立ちで口の中のキャンディをかみ砕く。
サリエルの任務は、行方不明のミカエルとラティエルの捜索だ。部下として第三階梯天使を十名ほど借りたが、全員が周辺の捜索を行っている。
サリエルはポケットから別のキャンディを取り出し、再び口の中へ。
「くっそ……アルデバロン様に気に入ってもらいたいから手は抜けないけどぉ~……あのクソ赤毛と役立たずラティエル、どこ行ったんだよ」
ダンジョン周囲は相変わらずにぎわっている。
つい最近、大規模な失踪事件があったのだが、そんなことは関係なしにと冒険者であふれている。
人込みがウザくなってきたサリエルは、大きな欠伸をして広場のベンチに座る。
アルデバロンには気に入られたいが、ミカエル捜索という任務内容が彼女のやる気を奪っていた。
何が悲しくて殺してやりたいほど嫌いな赤毛女を探さねばならないのか……。
「はぁ~あ……あの赤毛、呪術師に殺されちゃってればいいのにぃ~。死体とか生首とか転がってないかなぁ~……きししっ」
そんなことはあり得ないが、想像すると少しだけ気が晴れた。
広場を見渡すと、様々な出店が並んでいる。
ポケットから金貨を取り出し、果実水を買って再びベンチに座る。
「はぁぁ~~~~~~…………ダルい」
「ふむ。どうやらお困りのようですな」
いきなり、声をかけられた。
サリエルの隣に、一人の男が座っていた。
全く気付かなかった。サリエルの目が細くなり、警戒レベルが上がり───。
「おっと。小生は敵ではございません。小生を見れば戦闘の意思はないと『答』は出ているでしょう?」
妙な男だった。
しわの一つもないピチッとしたスーツ。磨かれた高級革靴。手には黒いステッキ。頭にはしゃれたシルクハット。妙な曲線を描いた口髭と整った顎鬚。チェーンの付いた片眼鏡をした、紳士風の男だ。
年代も五十代ほどだろうか。だが、サリエルはすぐにわかった。
「カラスかよ……なに、あたいとヤりにきたん? アルデバロン様に盾突くクソカラス共は、あたいがぶっ殺して」
「お待ちを。先ほど言った通り、『答』は出ています。小生に交戦の意思はありません」
「……はぁ?」
「呪術師、いえ……十二使徒ミカエル、ラティエルをお探しでしょう? その居場所、小生は『答』を知っていますよ」
「…………で、だからなに?」
「ふふ。『答』を教えましょう」
紳士風の男はにこやかにほほ笑んだ。
サリエルはこの男を信用していない。それどころか、胡散臭い態度が鼻に付いた。
「うっぜ……おい、気色悪いから喋んな。あたいの前から消えな」
「その『答』に関しては了解と答えましょう。とりあえず、あなたの機嫌を損ねているという『答』は出ましたな」
「答え答えやっかましいなぁ……あたいに喧嘩売ってんなら場所変える?」
紳士風の男は立ち上がり、シルクハットを抑え一礼した。
「十二使徒を捜索するなら、ブラックオニキスの『老血』ヴァルプルギウスの国を探すのがよろしいかと。それと、あなたの役に立つ情報か不明ですが……どうやらミカエル女史は呪術師と協力関係にあるようで」
「…………は?」
「ふふ。ああ……ミカエル女史は負傷されているようです。呪術師に敗北したということですな」
「…………」
ブラックオニキス領地。
ミカエルがそこのどこかにいることは知っている。部下の天使に調査させ、自分はイエロートパーズ王国で高みの見物をしていたのだから。
紳士風の男は一礼し、去っていった。
「…………ヴァルプルギウスねぇ」
真祖の一人。『老血』ヴァルプルギウス。
不死の吸血鬼で、過去に戦いを挑んだ十二使徒が何人か屠られた。
おそらく、そこにいる。どういう経緯でそこへ向かったのか不明だが……なんの情報もない今、試しに向かうのも悪くない。
「それに、負傷? 呪術師と協力?……くひひ、もし本当ならチャンスかも……ミカエルを十二使徒から蹴り落とせる絶好のネタじゃね?」
サリエルは、邪悪な笑みを浮かべ……舐めていたキャンディを噛み砕いた。
◇◇◇◇◇◇
「まさか、あなたが動くとはね」
「おや、マキエル氏ではありませんか」
イエロートパーズ王国の大通りで、紳士風の男は声をかけられ振り向く。そこにいたのは漆黒のスーツを身にまとう、『懲罰の七天使』の一人マキエルだった。
紳士風の男は一礼し、近くのカフェに視線を送る。
「ちょうどティータイムですな。マキエル氏」
「……そうですね」
二人は喫茶店に入り、紅茶を注文する。
運ばれてきた紅茶を啜りながら、マキエルは質問した。
「BOSSの命令、ですか?」
「ええ。十二使徒を減らす絶好の機会ですからな。サリエル女史はミカエル女史を憎んでいる。そして、呪術師との闘いでミカエル女史は負傷、互いにぶつかれば共に消えるでしょう。それに、ラティエル女史もいる……一気に三人も十二使徒が消える。ふふ、いいことばかりですな」
「……そう上手くいきますかね」
「心配性ですな。なら、あなたも一緒に様子見と行きませんかな?」
「あなたも、ということは……行くのですね? キトリエルさん」
紳士風の男こと、『懲罰の七天使』の一人キトリエルは、にこやかで柔らかな笑みでうなずく。
マキエルは、そんな同僚に忠告した。
「キトリエルさん。一つだけ……呪術師と天使を舐めないほうがいいですよ。ショフティエルさんのようになりたくなければ、ね」
「心配無用です。それに……すでに『答』は出ていますからな」
自らを『神の答え』と称するキトリエルは、やはり変わらぬ笑みを浮かべていた。




