ツァラトゥストラ、夜想のしらべ⑦/決着と再会
「本当にお嬢様はいるのだな……?」
「信じてってば。ボクは不死だけど命は惜しいって」
アイシェラは、ツァラトゥストラと一緒に氷の城の中を歩いていた。
フレアとカグヤがいない今、無茶はできない。騎士として戦闘力が高いのは確かだが、吸血鬼……しかも、不死の真祖相手では勝てる気がしない。
だが、そんなアイシェラの心情を察しているのか、ツァラトゥストラは言う。
「何度も言うけど、女の子と戦うつもりも傷付けるつもりもないよ。男は嫌いだけど女の子は愛してるからね」
「…………言っておくが、お嬢様は渡さんぞ」
「うんうん。女の子同士もいいよね」
「話がわかるじゃないか!!!!!!!」
アイシェラは一瞬でツァラトゥストラを認めた。
急な変わり身にさすがのツァラトゥストラも苦笑する。
「きみ、あの女の子……プリムちゃんだっけ? 好きなの?」
「愛してる。抱きたい。結婚して子供が欲しい」
「す、すっごい素直だね……欲望を隠そうとしないところがすごい」
「ああお嬢様……やわっこい身体に触れたい。抱きしめたい。舐めまわしたい……会えなかったぶん、おもいっきり抱いてやるぜぇ!!」
「う、うわぁ……キャラ変わっちゃった」
燃えるアイシェラ。
あまり深く聞かない方がいいと判断し、ツァラトゥストラはひたすら歩く。
そして、なかなかに立派な部屋の前に到着した。
「ここだよ。彼女はここにいる」
「ほう、立派なところだな」
「まぁね。一応、今夜には血をもらおうと考えてた。ちょっとだけお話したけど、素直でいい子だよね」
「知ってる!!」
「う、うん……あ、開けるよ」
ツァラトゥストラがドアを開けると、そこには……。
「こうして、カルガモさんはお母さんに会うことができましたとさ。おしまい」
「よかったぁ」「かるがもさん、おかあさんといっしょ!」
「おねえちゃん、つぎはこのお話!」「あー! つぎはこっちがいいの!」
「はいはい。喧嘩しちゃダメですよ?……あ」
プリムがいた。
大きな部屋の中央にフカフカなカーペットが敷いてあり、そこで小さな子供たちに絵本を読み聞かせていた。そして、ツァラトゥストラを見るなり子供たちが立ち上がり、駆け寄ってくる。
「「「「「ぱぱー!!」」」」」
「おっと。ははは、ボクの子供たち、元気にしてたかい?」
「うん!」「あのね、おねえちゃんが本をよんでくれたの!」
「ぱぱー」「ぱぱ、あそんで!」
パパ。
そう、この子供たちはツァラトゥストラの娘たちだ。
そんなことより───。
「お嬢様ァァァァァァっひゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ひっ!?」
「あっぶがふぁ!?」
飛び掛かってきたアイシェラを躱すプリム。
アイシェラは床に顔面ダイブし、鼻血を出して痙攣した。
「ツァラトゥストラさん、お帰りなさい」
「やぁ。子供たちの相手、ありがとうね」
「いえ。みんな素直でいい子たちです」
「そうかい?」
アイシェラを無視し、話は続く。
「キミの迎えも来たよ。それと、ボクのお願いだけど……」
「……ごめんなさい。わたし、ここにはいれません。外の世界を見たいんです」
「そっか。残念だな」
「ツァラトゥストラさん。ほんの少しでしたけど、良くしてくれたことは忘れません。吸血鬼さんって怖い人かと思ってたんですけど、それは間違いでした」
「勘違いしちゃいけないよ。ボクは女の子に優しいだけ。男は嫌いだし、滅びればいいと思ってる。自分の種をいじって女の子しか作れない男なんて、気持ち悪いだろ?」
「……それでも、わたしは嬉しかったです」
「……そっか」
プリムの笑顔に、ツァラトゥストラは苦笑した。
城のメイドを呼び、子供たちを別室へ連れて行かせると、ようやくアイシェラが復活した。
「お嬢様!! お嬢様お嬢様お嬢様!! ああ、ようやく会えたぁ……」
「アイシェラ、鼻血拭いて。あと抱き付いて胸を触らないで」
「はぅぅ……っ お嬢様お嬢様、お身体は平気ですか? 純潔は」
「大丈夫。ツァラトゥストラさんはすっごくいい人だから。おいしいご飯や服ももらったし、ここに来てから子供たちの相手しかしてないわ」
「そうですか……よかったぁ」
「……ありがとうアイシェラ。無事でよかった」
「はいぃ」
どっちが心配しているのかわからない状況だった。
プリムは、ツァラトゥストラに聞く。
「あの、フレアたちはやっぱり……」
「うん。魔獣退治をお願いした……ああ、『フレズヴァルグ』の気配が消えたね。残りは……『アイスヴェルグ』だけだ」
「おい、なんだそれは」
「ああ。氷の鷹と氷の狼だよ。件の【氷獣】」
「……片方は破壊したのか」
「うん。残りは狼だけ。ま、大丈夫だろうね。プリムちゃん、きみの仲間が来るまでお茶でもしない? そこの黒髪騎士ちゃんも一緒に」
「はい。お付き合いしますね」
「私はアイシェラだ!! 全く……」
プリムとアイシェラは、ツァラトゥストラとお茶を楽しんだ。
◇◇◇◇◇◇
「神風流、『風速』!!」
カグヤは、未だに疲れすら見せぬ氷狼を追っていた。
この狼、とにかく動く。
カグヤもそれを追ってひたすら動き回るが、攻撃しても躱されてしまう。
恐らく、自分の体力が尽きるのを待っている。現に、カグヤの体力は半分を切っていた。
「ぶはー……ぶはー……あ~疲れてきた!! この臆病狼め!! 狼のくせに真正面から戦うつもりないってこと!? アタシはガチで戦いたかったのにぃ!!」
カグヤが叫ぶが、氷狼は変わらない。
獲物を弱らせて狩る。カグヤは真正面から戦いたかったようだが、そんなのは関係ない。
このまま体力が切れるのを待ち、狩る───。
「じゃあいいや。はぁ……テンション下がる」
次の瞬間、カグヤは真上に跳躍。
片足を伸ばし、そのまま上空へ。
「まともにやる気ないなら、アタシもまともじゃない技でいく」
そして、カグヤの右足が巨大化した。
「裏神風流、『巨神大槌』!!」
巨大化した足の裏が、今まで走り回っていた広場そのものを押しつぶす。
これには氷狼も驚き、広場から離れる。
だが、そうはいかない。
「裏神風流、『蛇行捕縛』!!」
木々を縫うように、上空から伸びたカグヤの左足が氷狼に向かって伸びていく。しかも速い!!
上空から、氷狼の位置は丸見えだった。ひたすら逃げる氷狼に向かって伸びたカグヤの左足は、ついに氷狼の後ろ脚に絡みつく。
「獲った!! でりゃぁぁぁぁっ!!」
『ゴルォォッ!?』
氷狼は、初めて鳴いた。
カグヤの足で一本釣りされ、上空で滅茶苦茶に回転する氷狼。
そして、カグヤは右足を巨大化させたまましっかり固定。左足を戻し、再び構える。
「狼相手にはこの技しかないっしょ!! 光栄に思いなさい!!」
滅茶苦茶に回転する氷狼は見た。
カグヤの左足が巨大化するのを、そしてオリハルコン製のレガースも変化する。
銀色のレガースが生物的なフォルムに変わる。巨大な咢、牙、目、前足、爪、鬣……それはまるで、銀色の狼だった。
「裏神風流『我狼』奥義!! 『銀牙鋼咬脚』!!」
巨大な『銀狼』となったカグヤの左足が、氷狼を容易く嚙み砕いた。
粉々に砕かれた氷狼は地面に落下し、そのまま溶けてなくなった。
「アタシの勝ち!!」
こうして、氷鷹と氷狼は討伐された。