ツァラトゥストラ、夜想のしらべ⑥/【氷獣】退治
ツァラトゥストラが生み出した制御不能の【氷獣】は、ツァラトゥストの王国からすぐ近くにいた。
というか、アホでもわかる。なぜなら……【氷獣】がいる場所が凍り付いていた。
俺とカグヤは、国を出てすぐ近くの山へ向かう。
「まさか、山全体が凍っているとはな」
「わかりやすくていいわね」
ツァラトゥストラの城の屋上から国の外を見ると、この山だけが凍り付いていたのだ。氷獣の気配はわかるとか言ってたけど、こうもわかりやすい目印はない。
ちなみに、俺とカグヤの肩には小さな氷のカラスが止っている。
「敵は二体。一体ずつね」
「ああ。案内よろしくな」
氷のカラスが飛び立つと、全く別な方向に飛んでいく。
これは探知機で、氷獣の気配がある方に飛んでいくのだ。俺とカグヤはこのカラスを追って、氷獣をぶっ壊せばいい。
俺とカグヤは顔を見合わせ、互いに笑う。
「ヘマすんなよ」
「アンタもね」
それだけ言って、互いに別々の方向へ走り出した。
◇◇◇◇◇◇
「おーおー……こりゃすげぇな」
カラスを追って到着したのは、凍り付いた崖下だった。
崖と言うかもはや氷山だ。見上げると断崖絶壁の氷……すっげぇ。こんな光景、これからも見れるかな。
崖を見上げていると……気が付いた。
「……ああ、あれか」
崖際に、何かいた。
デカい氷の塊……ではなく、氷でできた《鷹》のような何かだ。
まるで彫刻のようだ。全長十メートル以上ある巨大な《氷の鷹》が、崖の上から俺を見下ろしていた。
あれが【氷獣】……ツァラトゥストラが制御できない、二体のうちの一体。
「さーて、やるか」
俺は首をコキコキ鳴らし、屈伸して手足を伸ばす。
そして、背中から緑の炎を噴射。氷の鷹の前まで一気に飛び上がり、眼前で停止する。
「よぉ、お前も飛べるんだろ?……遊ぼうぜ」
『コォルルルルルルル……コァァァァァァッ!!』
氷の鷹は翼を広げ、俺を威嚇した。
氷の鷹が飛んだ。氷の羽がバラバラと落ちる。
俺は背中の炎をさらに燃やし、鷹と同じくらいの高さまで飛び上がる。
「へへ、空中戦……いっちょやってみるか!!」
『コァァァァァァッ!!』
俺は氷の鷹に向かい、思いきり突っ込んでいった。
◇◇◇◇◇◇
「……面白い冗談ね」
カグヤは、山の中腹辺りにいた。
木々が薙ぎ払われ、地面が凍り付いている。山の中なのにここだけ平原のようにスッキリしており、この空間が自然災害などではない、明らかに作られた空間だと認識……というか、犯人は目の前にいた。
広い空間の中心に寝そべっているのは、《氷の狼》だった。
全長約十メートル。形状はまんま狼で、身体が氷でできた彫刻のような狼だった。
「こいつが【氷獣】……ふふん、アタシに『狼』をぶつけてくるなんて、本当に面白いわ」
『ゴォルルルルルル……』
氷狼は唸り、カグヤを睨む。
だがカグヤはその睨みを受け止めた。それどころか、殺気を込めた本気の睨みで返したのである。
おかげで、氷狼は喧嘩を売られたのだと、カグヤを睨み返す。
「なにボサッとしてんのよ? アタシはアンタに喧嘩売ってんのよ?……はぁ、ようやく喧嘩できる。悪いけど付き合ってもらうわ……アタシの八つ当たりにね!!」
カグヤは構え、足を高く上げる。
「神風流皆伝『銀狼』カグヤ……狼最強はこのアタシ。氷の紛い物なんて蹴り砕いてやる!!」
狼に名乗りを上げ、カグヤは走り出した。
◇◇◇◇◇◇
「行くぞ!!」
俺は背中の炎を噴射し、氷鷹に向かって突っ込んでいく。
今更考えることじゃないが、地獄炎は同時に発動することはできない。なので、空を飛んでいる緑の第五地獄炎だけで、第一地獄炎を使うことはできなかった。
『コァァァァァァッ!!』
氷鷹が翼を閉じて再び広げる。すると、小さな羽が俺に向かって飛んできた。
「うぉぉぉっ!?」
しかも、一枚一枚が鋭利な刃になっている。羽ばたきがそのまま攻撃になるとは。
俺は空中で旋回し羽を躱す。躱しきれないのは……。
「流の型、『流転掌』!!」
飛びながら『流転掌』で叩き落す。
空中で使うのはかなり難しい。でも、いい修行になる。
流転掌で氷の羽を叩き落しながら接近……氷鷹の顔面まで飛び、その顔を思いっきり殴ってみた。
「どらぁっ!!」
『ガッ!?』
バギンと顔がひび割れる。だが、すぐに何事もなかったかのように亀裂が消えた。
ツァラトゥストラが言ってたな。【氷獣】は不死身じゃないけど再生能力があるって。
氷鷹は体制を立て直し、俺と距離を取る。
『コァァァァァァッ!!』
「どうした、来いよ……!!」
『ガァァァァァァーーーーーーッ!!』
カラスみたいに鳴き、氷鷹が突進してきた……は、速い!!
「うおぉぉっ!?」
ズビュン!!と風を切った。
俺の真横を通過していった。真正面から受けていたら死んでたかも……というか、空に関してはあっちのが遥かに先輩だよな。
氷鷹はビュンビュン飛び、俺を攪乱する。
空中なので上下左右関係ない。俺も飛びまわり、的にされないように動いた。
動いていると、かろうじて氷鷹の動きがわかる。
「だったら……第五地獄炎、『斬切ヤンマ』!!」
背中の炎から、緑色のオニヤンマが何匹も飛んでいく。
オニヤンマは氷鷹に追いつき、そのまま衝突した。
『ゴォルルルルルルッ!?』
「へへ、どうだ!!」
オニヤンマが衝突した場所がスパッと切れていた。
そう、斬切ヤンマは真空の刃そのものだ。敵を追尾し、対象にぶつかると真空の刃が解放される仕組み。
オニヤンマが何匹も飛び、氷鷹にぶつかっては斬れる。
「まだまだ!! 第五地獄炎、『毒雲タランチューラ』!!」
背中の炎が空中に広がり、禍々しい深緑の霧になる。
霧が蜘蛛のような形になり、斬切ヤンマに追い詰められていた氷鷹を包囲して包み込む。
すると……氷鷹の身体がジュワジュワと溶け始めた。
『ギャァァァァァァーーーーーーッ!?』
氷鷹が叫ぶ……苦しいのかな。
なんか、えげつない技ばかりだ……第五地獄炎のキモい蝉、なんで俺に力をくれたんだろう。
氷鷹の身体が半分ほど溶解し、飛ぶことができなくなり落下していく。
ここで最後、トドメを刺す。
「第五地獄炎の魔蟲『空蝉丸』よ───」
俺は落下する氷鷹に向かい、飛ぶ。
背中の炎が燃えあがり、巨大になり、形作られる。
それは……巨大な蝉、いや蛾、いや蜘蛛……いや、それらすべてが交わった蟲だった。
蜘蛛のような八本脚が俺の背中を掴み、蝉のような胴体、蛾のような羽を持つ、緑色の蟲だった。
「魔神器───『蟲翅』」
一言で表すなら、『超絶キモイ気体の蟲』だ。
この蟲、炎でできたガスみたいなモノで、蟲の形をしているけど実際はただのガス……というか、ガスといってもとんでもないガスだ。
「行け」
『ぴぎぃえあぁぁぎゃヴぁぇがががががっ!?』
ムシバネが、ボロボロのまま落下する氷鷹に向かってうねりながら向かう
身体がムカデのように伸び、翅はハエのようにブンブン音を立てて動き、ブラシみたいな毛が生えた丸い口はワキャワキャ動いてる……ハッキリ言って、気持ち悪すぎる。
『きゃぁぁぁああばヴぁヴぁヴぁっ!!』
ムシバネは気味の悪い鳴き声を出し、ガスの身体を滅茶苦茶に捻って氷鷹を包み込む。
そして……氷鷹はあっという間に溶解した。
このガス、猛毒だ。吸い込めば即死、身体を包めばドロドロに溶け、大地は腐り木々は枯れ水は汚染され……出したら最後、防ぎようのない猛毒ガスとなって周囲を汚染しまくる。
俺は地面すれすれでムシバネを消す。
「お疲れさん!! じゃあ消えろ!!」
地面に触れたら汚染が始まる。なので、使いどころがかなり限定される魔神器だ。
俺は宙に浮いたまま、小さく息を吐いた。
「うし、終わり。カグヤはどうなってるかな……」
◇◇◇◇◇◇
氷狼とカグヤ。
氷狼は円を描くように走り、カグヤも負けじとそれについていく。
「こんのクソ狼っ!! ちょこまか逃げんなぁぁぁぁっ!!」
狼は頭がいい。
カグヤの脚力が人間を遥かに越えていると看破した。だが、体力はどうか?
氷の身体を持つ氷狼に疲労はない。カグヤが疲れ止まったところを狩る……それが狼の狩りだ。
「逃げんじゃ……ねぇっ!! 神風流、『飛苦無』!!」
カグヤは走りながら飛び、足の指先を硬め爪先で突くような飛び蹴りを放つ。
氷狼は真横を走っている。カグヤの飛び蹴りなら十分に当たる。
「あぁっ!!」
だが、氷狼は跳躍。カグヤを飛び越え反対側へ、そして逆方向に回り始める。
カグヤは急ブレーキをかけ、再び氷狼を追う。
「待てってこのクソ狼ぃぃぃぃぃーーーッ!!」
カグヤは、面白いくらい翻弄されていた。