ツァラトゥストラ、夜想のしらべ⑤/あれ、話せばわかる?
氷の城の中庭は、氷の彫刻がいっぱいあり咲いている花も全て氷だった。
それと、氷に囲まれてるのになぜか寒くない。俺は炎を得てから温度に鈍感になったけどな。
アイシェラは、中庭の氷花を見て顔をしかめる。
「氷。それが第二真祖『氷血』ツァラトゥストラの能力だったな……間違いない。これらは全て真祖の能力だろう」
「うん。そうだよ」
「氷ねぇ……冷たくない氷って氷って言えんのかね?」
「あはは。確かにそうかもね」
「真祖……ねぇフレア、戦いになったらアタシがやるからね」
「え? いやいや、女の子と戦うつもりはないなぁ。あとワンちゃんも可愛いから無理」
「「「…………」」」
『くぅん?』
「ん?」
いつの間にか、背後に男がいた。
俺とカグヤとアイシェラはその男をジッと見る。シラヌイは尻尾を振っておとなしくしていた。
金髪、線の細い男だ。青いローブみたいなのを着てる。俺たちを見てにっこり笑い手をフリフリしていた……え、なにこいつ。俺もカグヤも気付かなかったぞ。
すると、カグヤの回し蹴りが男の首をへし折った。
「お、おいカグヤ!?」
「アイシェラ、気配殺して背後に回る奴にろくなのいないわ。フレア、気付いた?」
「いやさーっぱり。すげぇな」
俺は本気で感心していた。
すると、男の首からブクブクと泡のようなものが立ち、折れた首と皮膚を突き破って飛び出た骨が一瞬で修復される。
男は首をコキコキ鳴らして苦笑した。
「ひどいな。ちょっとした遊び心なのに殺すなんて」
「アンタ誰?……真祖?」
「うん。ボクはツァラトゥストラ。この国の王様さ」
第二真祖『氷血』ツァラトゥストラは、子供みたいな笑みを浮かべていた。
◇◇◇◇◇◇
「あー待って待って、戦うつもりはないよ。お嬢さん方、それと……そこの少年」
戦闘態勢を取る俺たちを前に、ツァラトゥストラは両手を上げて苦笑する。
そして、俺を見て言う。
「ボクの国に男が入って城下を騒がせたことは頭に来てるけど、殺そうとまでは思ってないよ。ボク、争いは苦手なんだよねぇ」
「「「…………」」」
「あれ? どうしたの」
「いや……いきなり来て何? お前」
俺たちは胡散臭さ丸出しの金髪男、ツァラトゥストラと対峙する。
すると、折り畳み式の扇を取り出して広げ、自らを扇いだ。
「あはは。あのさぁ、ボクの国に土足で踏み込んできてるのはキミたち……まぁ女の子はいっか。キミだよ? どんな理由か知らないけど、訳くらい話したら? こうしてボク自ら来てるのだって、この国の女の子たちがキミに汚されちゃうかもしれないからだし」
「確かに……って、俺は女を汚したりしねーよ」
「いーや、信じられないね。だってボク、ボク以外の男が大っ嫌いだから」
「個人的な理由じゃねーか」
「なんとでも言いなよ。それより」
「いや待て。俺は女を」
と、ここでカグヤが口をはさんだ。
「あーもう!! アンタらやっかましい!!」
「……どうやら話が通じるようだな。初めまして、私の名はアイシェラ……この国の王ツァラトゥストラ様、私の話を聞いていただけませんか」
「ん、いいよ。女の子のお話は大歓迎さ!……ん、あそこに座るところあるからそこに行こう」
中庭の一角に、氷でできた椅子やテーブルがあった。
そこに移動して座る。
シラヌイは、俺の足元で丸くなり寝息を立てる。
「すっげぇ……氷の椅子とテーブルかぁ」
「これがボクの能力、【氷血】さ。自分の血を固めて好きな形にできるんだ。ハンプティダンプティの【黒血】みたいな硬度はないけど、そのぶん柔軟性には自信がある。ある程度の意思を持たせたり、ボクと同じ力を持たせることもできるんだ」
「へぇ……便利だなぁ」
「フレア、そこまでにしろ」
アイシェラに止められた。
もしかしたら、このツァラトゥストラ、話せばわかるやつかも。
カグヤは椅子にもたれかかって大きな欠伸をしている。どうやら話をする気はないようなので、アイシェラが代表して話し始めた。
「ハンプティダンプティの国から運ばれた少女を、返していただきたい」
「え? ああ、あの天然物かぁ。そういやきみたちもハンプティダンプティのところにいた天然物だよね……あはは、怖い吸血鬼の国に迷い込んじゃったんだねぇ」
「…………彼女は、我々の大事な仲間です。返していただけなければ……戦いの覚悟もあります」
なんと、アイシェラが喧嘩を売った。
俺とカグヤは顔を見合わせ、にやりと笑う。
すると、ツァラトゥストラは微笑を浮かべ……小さくうなずいた。
「なるほどね。ハンプティダンプティが負けた、つまり……不死の弱点を知ってるのか」
「え、なんで知ってんだ?」
「そりゃそうさ。お嬢さん二人がここにいるってことは、ハンプティダンプティのところから逃げだせたんだろ? あの女が貴重な天然物を逃がすわけないし……そこの少年、ハンプティダンプティを殺したんだね?」
「殺してねーよ。ま、殺せたけど命乞いしたから見逃しただけだ」
「あっはっは!! あのハンプティダンプティが命乞いねぇ……見たかったな」
「で、プリム返してくれんの? どうせお前も心臓をどっかに隠してんだろ。俺の白炎ならすぐに見つけられるから抵抗は無駄だと思うけど」
「怖い怖い。わかったわかった。せっかくの天然物だけど諦めるよ……あーあ、今夜のメインディッシュだったのになぁ」
メインディッシュと聞いた瞬間、アイシェラが立ち上がった。
「お嬢様はここにいるのか!?」
「いるよ。けっこう疲れてたみたいだし、お湯と食事を与えてゆっくりしてもらってる」
「あぁ……よかったぁ」
「アタシはつまんなーい……ちぇ、暴れられると思ったのに」
カグヤは不満そうだった。
ま、戦わないに越したことはない。俺だって暴れたいときもあるけど、女ばっかの国じゃ暴れにくいからな。
「んー……このまま返してもいいんだけど、ボクのお願いを聞いてくれないかな?」
と、ツァラトゥストラはいきなり言った。
◇◇◇◇◇◇
ツァラトゥストラは扇で自らをゆっくり扇ぎながら言う。
「タダで返すのもいいけど、ボクのお願いを聞いてくれないかな?」
俺とカグヤが睨むと、ツァラトゥストラは扇を折りたたむ。
「あー、そんな怖い顔しないで。べつに彼女をどうこうしようってんじゃない。結果的にだけど、その少女を手厚く保護したことに変わりないんだからさ、ちょっとくらいボクにお礼してもいいんじゃないかって話」
「なんだそりゃ……めんどくさいな」
「考えてもみなよ。ハンプティダンプティのところにいたら、死ぬまで血を吸われてそのままポイ。ヴァルプルギウスはよくわかんないけど碌な目に合わないことは明白だよ? でもボクは違う。男は死ぬほど……まぁ死なないけど、大っ嫌いだけど、女の子はだーい好きだからね。殺すなんてことは絶対ないし……まぁたまに血を吸いすぎて殺しかけちゃうこともあるけど。とにかく、彼女が無事なのはボクのおかげってところもあるんだよ」
こいつ、けっこうなお喋りだな。けらけら子供みたいに笑いやがって。
「だから、保護のお礼にお願いを聞いてくれないかな?」
「まぁいっか。先生も言ってた、郷に入っては郷に従えって。男は入っちゃいけないってルールを破ったのは俺だし、もしこいつが裏切っても心臓探して潰せばいいだけだしな。そのお願い聞いてもいいぜ」
「こわっ……だから男は嫌いなんだ」
「あ? んだとお前」
「そっちのお嬢さんたちもいい?」
「アタシはどーでもいい」
「私もかまわん。だが、お嬢様に会わせろ、それが条件だ」
「ん、いいよー。じゃ、ボクのお願いを話すね」
ツァラトゥストラは再び扇を広げて言う。
「お願いは簡単だよ。ボクが【氷血】で作った二体の【氷獣】を破壊して欲しい」
「……は? んだよそれ? 自分で作ったやつなら自分で壊せよ」
「ちょっと黙ってフレア。アンタ、どういうことか説明説明!」
カグヤが急にイキイキし始めた……こいつ、楽しそうな雰囲気を感じ取ったな。
「実はさ~……護衛のつもりで作った【氷獣】なんだけど、ボクと同格ぐらいの力を与えちゃったおかげで、言うこと聞かなくなっちゃったんだよ。それでこの国から脱走して、近くの山に籠って自分の軍団を作っているんだ。たぶん、ボクの襲撃計画でも立ててるんじゃないかなぁ?」
「マジか?」
「マジ。やれやれ、生みの親を殺そうとするなんてねぇ」
「アンタ、なにヘラヘラしてんのよ……」
「ま、今はまだボクのがちょっぴり強いけど、ボクはこの国を離れられないし、戦いになったらこの国はめちゃくちゃになっちゃう。だから、強いきみたちが二体の【氷獣】を破壊してくれたら、ボクはと~っても嬉しいんだよね」
「なにそれ、めっちゃ面白そうじゃん!! やるやる!!」
カグヤが興奮してる……こいつ、マジで戦いのことしか頭にないのな。
「一応、ボクが作った物だから位置は把握してる。吸血鬼じゃないから再生する心配もないし、本当に破壊するだけでいい。お願いできるかな?」
「いいぞ。じゃあ、俺とカグヤで一体ずつ倒せばいいか」
「うし!! なんか楽しくなってきた!!」
「私は残る。お嬢様の元へ案内しろ。それと、妙な真似をしたらそこの二人がこの国を滅ぼすと思えよ」
「はいはい。じゃ、きまりね」
こうして、穏便?に話はまとまった。
第二真祖と戦うことなくプリムを救出できそうだ。その見返りに、ツァラトゥストラが制御不能な氷の魔獣をぶっ壊さないといけないけど。
まぁ、氷の魔獣をぶっ壊すのが楽でいいし、さっさと終わらせるか。
はぁ……平穏で楽しい冒険がしたい。




