ハンプティダンプティ、夜の宴⑥/真祖たちのレクイエム
ハンプティダンプティの国は、吸血鬼たちの酒宴場と呼ばれている。
人間、獣人、天使。そして……血の流れる生物が作り出される養殖場があり、ここで生み出された生物は、ほかの二人の真祖が管理する王国に運ばれる。
真祖。それは天使ですら迂闊に手の出せない吸血鬼。
その中の一人、『黒血』ハンプティダンプティと呼ばれる最古の吸血鬼の女王は、食後のデザートを堪能し……口元に付いた血を舌で舐めとった。
「んん、やはり処女の生血は格別……ふふ、甘く濃い」
「……こ、の、クソ、野郎」
ここは、ハンプティダンプティの城。ダイニングルーム。
ハンプティダンプティは、裸のまま鎖に繋がれて転がるカグヤを一瞥。
首元には、吸血の跡が残っている。たった今までハンプティダンプティに血を限界まで吸われたのだが、カグヤの強靭な体力と精神力が気を失うことに耐えていた。
睨み、歯ぎしりをし、力の入らない身体に喝を入れる。だが……理解もしている。
今の自分では、この吸血鬼ハンプティダンプティには勝てない。
弱点の心臓を貫かれても平然としているハンプティダンプティ。
そもそも、物理攻撃しか攻撃手段のないカグヤにとって、最悪の相性ともいえる。
今のカグヤにできることは、いつか必ず来るであろう機会を待つこと。恨みを足に込め頭を蹴り飛ばすことを考えること、そして……プリムたちの代わりに血を吸われることだけだ。
従者の女吸血鬼がカグヤに服を無理やり着せようとする。
「触るな……殺すぞ!!」
「ひっ」
怒りと恨みを込めた碧眼が従者を射抜く。
これを見たハンプティダンプティは薄く微笑む。
「可愛い可愛い、暴れ猫。ふふ、そういじめてくれるな」
「黙れってのよ。このクソ吸血鬼……!! テメェの心臓握りつぶして内臓ケツから引きずり出してやる!!」
「んん~……いい、実にいい処女じゃ。濃い濃い、ドロドロの甘味」
「……っ!!」
カグヤは押さえつけられ、そのまま引きずられて行った。
ハンプティダンプティは薄く微笑んだまま……つぶやいた。
「さて、出てきて構わん……話がしたいのだろう?」
「あ、ばれちゃった」
「……ふむ、いいおなごじゃな」
若い、二十歳くらいの男性。初老、腰の曲がった老人。
どこにいたのか、カグヤですら気付かなかった。
いつの間にかダイニングに、二人の吸血鬼が現れたのだ。
金髪の髪をかき上げ、若い男は言う。
「四人、だっけ? どの子をくれるの?」
「よりどりみどり。人間、天使、半天使が二人じゃ。わらわの国に入り込んだ者たちじゃ。わらわが二人選ばせてもらう」
「ほほ、そうじゃのぅ……わしらのルール、ちゃんと守ってるようで安心したぞい」
初老の男性が杖を付き、ホッホと笑う。
「天然物は、平等に……当然だ。さすがのわらわも、お前たちを敵に回すつもりはない」
「ん、そうだね。で、どうする? ヴァルプルギウス」
ヴァルプルギウスと呼ばれた初老男性は、子供っぽい笑みを浮かべる。
「わしは天使がいいのう。養殖モンじゃない純ナマの天使は数百年ぶりじゃて」
「あ、じゃあオレは半天使がいいな。人間と天使の血が混ざった人間ってレアもんなんだろ? 数百年ぶりの珍味がいいね」
「……好きにしろ。ヴァルプルギウス、ツァラトゥストラ」
若い吸血鬼ツァラトゥストラは、近くにいた吸血鬼に言う。
「そこのあんた、聞いてたろ? 天然物のいる場所に案内してくれよ。じゃ、ハンプティダンプティ、もらっていくよ」
「待て。半天使を連れていくなら金髪の方にしろ。今の銀髪はわらわの物じゃ」
「えー? 今の子じゃダメか? めっちゃいい殺気放ってたし……くひひっ、食いごたえありそう」
「ならぬ。決定権はわらわにある」
「……ちぇー」
ツァラトゥストラは諦め、去っていった。
ヴァルプルギウスは少し考えこんでいた。
「どうした? お前は行かないのか?」
「いや、少しだけ気になっての。なぜ人間と天使、半天使の天然物、しかも処女がこんなに集まっていたのだ?」
「知らぬ。というか、どうでもいい……さっさと連れて消えろ。食後の余韻が台無しだ」
「あいわかった。ではな」
ヴァルプルギウスは杖を付いて出ていった。
残されたハンプティダンプティは、少しだけ今の言葉を考える。
「…………」
確かに、天然物の処女がこれだけいっぺんに手に入ることは珍しい。
だが、すぐに思考を停止させる。そんなこと、考えてもしょうがない。
「まぁよい。しばらくは美味い血が飲めそうじゃ」
ハンプティダンプティは知らない。
ヴァルプルギウスも、ツァラトゥストラも知らない。
聖天使協会十二使徒最強の天使と、冒険に来た呪術師がこの国の地下にいることに。