ハンプティダンプティ、夜の宴⑤/純白
俺たちを襲ったのは、天使と犬の獣人と人間だ。
解放軍とかいう、吸血鬼の養殖場で作られた『餌』らしい。今さらだが吸血鬼って生物のことなんだと思ってんのかね。
天使が頭を下げ、非礼をわびた。
「いきなり襲い掛かってすまなかった。この下水道は長らく放置された場所でね……同胞たちが眠る場所であると同時に、我々解放軍の本拠地なのだよ」
「……眠る場所?」
「…………見ればわかるさ。さぁ、我々の拠点へ案内しよう」
天使が悲し気に微笑み、ゆっくり歩きだす。
下水道の奥、さらに奥へと進み、到着したのは……なんとも悲惨な光景だった。
「なんだこりゃ……死体、か?」
「ぅ……臭いの原因はこれね」
下水道の最奥にあった巨大な溜池には、山のような死体が積み重なっていた。
種族はバラバラだ。人間、天使、獣人……男も女も関係なく、肉が腐り落ちていたり、四肢が消失している死体もあった。
すると、人間の男性が顔をしかめ涙を流す。
「皆……廃棄された同胞だ。血を吸われ、死んだ者たちがここに廃棄された」
よく見ると、天井には大きな穴が開いており、そこから落ちてきたようだ。
墓もなにもない、まるでゴミのように捨てる。これは……なんとも許しがたい。
獣人男性も歯ぎしりしている。
「埋葬もできない。弔うこともできない……我々にできるのは、この光景を目に焼き付け、吸血鬼たちへの恨みの力へと変えることのみ!!」
「……でも、かわいそうだろ」
「なに!?」
「こんな状態じゃかわいそうだろ」
先生が言っていた。死者は、肉が残る限り魂が宿ったままだと。
弔い、埋葬し別れを告げることでようやく、この世界の肉体に別れを告げ、魂が天に還るのだと。生きている者は死者を弔うことをしなくてはならない、と。
俺の言い方が気に食わないのか、獣人男性が胸倉をつかむ。
「ではどうしろというのだ!! 埋めることもできない、こんな暗い下水道では何も」
「燃やす」
「……なに?」
「燃やせばいい。肉体を燃やして、魂を解放してやるんだ」
「そんなことできるわけがない!! こんな湿った下水道で火など」
「俺がやる。俺が弔うよ」
「…………」
俺は右手を燃やす。
全てを焼き尽くす地獄炎だけど……死者の魂を解放するくらいのことはやりたい。なぁ焼き鳥、そうだろう?
すると、天使が獣人の手をそっと緩め、俺の胸倉が解放される。
「あなたは、半天使だったのですね」
「いや、呪術師だよ。まぁなんでもいいけど」
「同胞の魂を、解放してくれますか?」
「うん」
「……ありがとう」
ミカエルは、何も言わなかった。
◇◇◇◇◇◇
下水道の最奥広場には、大勢の『はぐれ』が集まった。
全員、解放軍だ。養殖場を脱走し、餌となっている同胞たちを解放しようと集まった天使・獣人・人間たち……全員が、山のように積み重なった死体を前に、涙し、歯を食いしばっていた。
俺は、最初に襲撃してきた三人……この三人、各種族のリーダーらしい……に聞く。
「じゃ、やるよ」
「ああ、頼む……」
「頼む。そして、先ほどは済まなかった」
「別にいいよ。あんたもいい?」
「……ああ」
天使と獣人は頷き、最後に人間に確認すると、死体の中の一人を見つめたまま頷いた。
「必ず、人々を解放する……眠ってくれ」
「……知り合いだったのか?」
「ああ。一緒に養殖場を脱走した……友人だ」
「……そっか」
そこまで聞き、これ以上は聞くべきではないと判断した。
大勢が見守る中、俺はそっと死体の山に手をかざす……そして。
『慈悲深き心に、白き浄炎を───』
そんな、包み込むような女性の声が聞こえた。
俺は頷き、そっと心に炎を灯す。
「第四地獄炎『天照皇大神』……頼む」
真っ白な炎が俺の右手からあふれた。
熱さではなく、包み込むような温かさが、暗く湿った下水道を清らかな純白で照らす。
俺の背後に、黒髪に白装束の女性が現れたような気がしたが、一瞬で消えた。
「おぉ……」
「美、しい……」
「…………」
人間、獣人、天使たち。そして解放軍たちが魅入る。
白炎が死体の山を包み込むと、腐った皮膚や欠損部分が修復され、表情が安らかになった。
それだけじゃない。炎によって浄化された死体が、少しずつ光になっていく。サラサラと、静かに身体が崩れていき……燃え尽きた。
『ありがとう───』
そんな、感謝の言葉が……どこからか聞こえた気がした。
◇◇◇◇◇◇
死者を送り終えると、とんでもない疲労感が俺を襲う。
いまだかつてない猛烈な倦怠感に、思わずよろめいてしまった。
「っく……な、なんだ? ダルい……」
「しっかりしなさい」
「お、おお……」
意外にも、ミカエルが支えてくれた。
解放軍の連中は涙を流し、静かに祈りを捧げている最中だ。俺とミカエルはそっと壁際に移動し、ミカエルが俺の額に手を当てた。
「な、なんだよ……」
「……白い炎なんて初めて見た。なんか変な感じがしたから気になったけど……あんた、魔力をかなり消費してるわね」
「は? ま、魔力?」
「ええ。間違いなく魔力ね。触った感じ、あんたの魔力総量の九割が失われてる。いきなりこんなに減ったら倦怠感で動けなくなるわ……というか、普通はぶっ倒れるわよ?」
「おい、魔力ってなんだよ。俺は魔法なんて使えないし、地獄炎を使ったんだぞ」
「じゃあ、白い地獄炎は魔力を消費するんでしょ」
「えー……」
「さしずめ、癒しの炎ね。腐敗や欠損部の修復と浄化が主な能力……なるほど、こんな能力があったんじゃ、呪術師たちが負けないわけね。ジブリールが知ったら羨ましがるわ」
ミカエルがブツブツ何かを言っていた。
魔力ってなんだ───。
◇◇◇◇◇◇
「……あ、久しぶりの空間だ」
ほんの瞬きした瞬間、いつもの黒い空間にいた。
もしやと思い周囲を見ると……いた。
『お初にお目にかかります。若い呪術師さん』
「どうも……あんたが、第四地獄炎の」
『ええ。私は第四地獄炎の聖母『天照皇大神』と申します。他者を思いやる清らかな心、とても美しいと感じましたよ』
「うん……ありがとう」
長い黒髪、白装束を着て、傘を差した二十歳くらいのお姉さんだった。ぱっと見人間に見えるが、神秘的な雰囲気がそれを否定する。
天照皇大神は静かな足取りで俺に近づき、俺の頬をそっと撫でる。
不思議と悪意はない。なんとなく、ヴァジュリ姉ちゃんに似ていた。
『私の炎は『浄炎』……癒しの炎。ですが、対価が必要となります』
「魔力、だな?」
『ええ。あなたの魔力は非常に少ない。使用には十分な注意を。それと、この炎は自らを癒すことはできませんので……』
「けっこう制約多いな……ま、ありがとな。あとさ、この炎で思ったんだけど……地獄門から出る前に、俺の身体を再生させたのって」
『ええ。私でございます。むき出しの魂のままでは仕方なかったので』
「そっかー……いろいろありがとな」
『はい。では、長くお引止めして申し訳ございませんでした。現世にお戻りを』
「うん、じゃあ」
───っと。
気が付くと、ミカエルが俺を覗きこむ。
「聞いてんの?」
「え、ああ。魔力が少ないからってことだよな」
「そうね。って、別にあんたの心配してないし。それより、あっちも終わったわ。解放軍に手を貸すなら話を聞くわよ」
「ああ、わかった」
俺とミカエルは、解放軍に話を聞くことにした。




