ハンプティダンプティ、夜の宴④/作戦会議
「で、どうする?」
仮眠から起きた俺たちは、これからのことを話し合う。
ミカエルもクロネも洗って乾かした服を着ていた。どうもミカエルが炎で乾かしたらしい。
おっと。そんなことより、これからどうするかが問題だ。
「とりあえず、ラティエルたちはこの国の真祖のところにいるはず。ついでにあんたの仲間もね」
「その真祖とかいうの、ヤバいのか?」
「そりゃもうね。できれば戦いたくない。今のあたしじゃ苦戦しそう」
「んー……それもだけどよ、とりあえず情報が欲しいな。あてもなくプリムたちのいそうな場所をうろつくのもなぁ」
「なら、うちに任せるにゃん」
クロネが立ち上がり、軽く伸びをする。
ネコミミと尻尾がピコピコ動くのがやる気の表れなのか、張り切っているような気がした。
「情報収集はうちの得意分野にゃん。あいつらの居場所、しっかりつかんで見せるにゃん」
「大丈夫なのか?」
「任せるにゃん。隠密と逃げ足には自信ありにゃん」
「……そうね。見つからないに越したことはない。最短ルートでラティエルたちを救出して、こんなところからはおさらばしましょう。とりあえず、噂程度だけど、あたしの知ってる吸血鬼のことを話しておく」
「頼むにゃん。どんな些細な情報でも、吸血鬼のことは知っておくべきにゃん」
ミカエルは、知っている限りの吸血鬼の情報をクロネに話した。
弱点は心臓、鼻が利き、夜になると第一階梯天使クラスの力を得ること。貴族と呼ばれる吸血鬼は十二使徒クラス、真祖と呼ばれる天使は十二使徒三人分の強さを持つことなど。
「胸糞悪い話だけど、吸血鬼の国には『人間・天使・獣人養殖場』があるわ……そこで食事となる生き物を作っている」
「なんだそれ……普通のメシは食えないのかよ?」
「食べられないこともないけど、生物の、特に知能の高い生物の血が何よりのご馳走なのよ。天然……養殖物じゃない人間や天使の血は、吸血鬼にとって宝石並みの価値を持つ。だから今のラティエルたちは非常に危険よ。ちっ……捕まったのがあたしだったら、この国ごと焼き尽くしてやるのに」
ミカエルは歯ぎしりした。
クロネはそこまで聞くと、音もなくドアへ向かう。
「四時間後、戻ってくるにゃん」
「え、それだけか?」
「ふん。これだけの規模の町、情報なんて腐るほど転がってるにゃん。うちの腕なら問題なしにゃん」
「おお、ネコミミすげぇな」
「関係ないにゃん!! まったく……」
そう言って、クロネは出て行った。
すげぇな……外に出た瞬間気配が消えた。以前とは違う、本気の気配隠蔽だ。
残された俺とミカエルは、特に会話もなく過ごす。
◇◇◇◇◇◇
さて、残された俺とミカちゃんだが……。
「なぁ、ミカエル」
「なに?」
「なんか退屈じゃね?」
「……クロネが出て一時間も経ってないわよ」
「いやー、なんか暇だ。面白い遊びとかねぇの?」
「あるわけない。つーか、馴れ馴れしい。あたしとあんたは敵なのよ」
「んー……それなんだけどよ。俺、お前のこと嫌いじゃないって言ったよな?」
「……で?」
「お前さ、俺と一緒に冒険しねぇか? この世界をいろいろ回るんだよ」
「はぁ? バカ言ってんじゃないわよ。一時の共闘が終わればまた敵同士。あたしはもっと強くなって、あんたを焼き尽くすわ」
「はー……そうですかい。まぁいいけどよ、気が変わったら言えよ?」
「安心なさい。それはないから」
と、楽しい会話を繰り広げていた。
なんというか、カグヤみたいなやつだ。赤い髪をかき上げたり、たまに大きな欠伸をしたり、暇そうだから話しかけても不機嫌だし。
ま、クロネが帰ってくるまでけっこう時間がありそうだ。
「よし。暇だからこの下水道を探検してくる!」
「は?」
「けっこう古い下水道だし、町に通じてるのは間違いない。何か面白……いや、使える道があるかもしれないし。それに巨大ワニとか巨大ネズミとかいれば面白そうじゃん」
「あんた、バカなの?」
「やかましい。じゃ、そういうことで」
部屋を出て、出口とは逆の、暗い方向へ向かう。
「…………」
「…………」
「……どうした? ミカちゃん」
「ミカちゃん言うな」
「……待ってていいぞ?」
「…………」
ひ、暇なら暇って言えよ……俺の後ろにピッタリ付いている。
まさか、いや……そんなことないよな。
「なぁ、もしかして……暗いところとか、独りぼっちが嫌だとか?」
「っ!!」
「あ、赤くなった。図星か」
「殺すわよ」
「お、怒るなよ……置いていかないから、な?」
「黙れ」
怒らせてしまった。
でも、なんか可愛いなこいつ。暗いところが苦手とか女の子かよ。
俺は苦笑しつつ、下水道の奥へ歩きだす。
「光球」
呪術で光球を作り、俺の周りに浮かべておく。
「呪術……」
「知ってんだろ?」
「ええ。呪術師、何人も焼いたわ」
「ふーん」
「怒らないの?」
「ま、天使は天使で戦う理由あったんだろ。別にケチつける気はない」
下水道は暗く、じめじめしていた。
だが、けっこう広い。横幅だけじゃなく天井も高く、歩きやすくあった。
でも、やっぱり臭い。カビみたいな、肉が腐ったような匂い。
「……呪術師は、強かったわ。特にあの四人……『呪神』、『魔火覇恕間』、『疫病魔』、『魔九仙』……あたしの仲間もいっぱいやられたっけ」
「……俺の先生と、その知り合いだ」
「先生? ああ、格闘技……呪神の弟子ね」
「ああ。先生は強かったか?」
「あたしは直接戦ってない。アルデバロンが呪神と戦ったみたいだけど」
「アルデバロン?」
「あたしの次に強い天使。あたしが戦ったのは『魔九仙』……黄色い地獄炎を操る、武器の達人だったわ。正直、勝てる気がしなかった……」
「どんな人だった?」
「んー、筋肉質の男だったわ。髭を生やして、大地から武器を作り出して戦ってた。呪神と親しそうに喋ってたわね」
「先生と親しく……ラルゴおじさんかな」
俺に武器術を教えてくれるはずだった人だ。呪術師の村では、俺以外の子供に武器術を教えていたっけ……俺、呪闘流の基本である格闘を極められなかったから、結局武器術は習えなかったんだよな。
それに、甲種第三級認定を受けてすぐに地獄門に入っちゃったし……ついてないな。
「はぁ~あ……ラルゴおじさん、俺に武器術教えてくれるはずだったのに」
「武器? あんたが?」
「ああ。先生が言ってた。武器術を習得するには、呪闘流の基本である格闘を全て納めないとダメだって」
「ふ~ん。あんたの格闘、かなりのレベルだと思うけど……」
「そうか?」
下水道の中を歩きながら、ミカエルとお喋りする。
腐った肉みたいな匂いだけじゃなく、酸っぱい匂いまでしてきた……下水道ってマジで地獄だわ。
「ま、武器術を習得する機会は永遠に失われたとさ……」
「あんた、素手で十分強いから必要ないわよ」
「いやでも、剣とか使ってみたいな。これは仕込みブレードだし、こっちは銃だし」
手を反らしてブレードを出し、銃を抜いて見せる。
武器はあるんだけど、どうも剣のようなかっこいい武器じゃない。
「まぁ、今は炎もあるし別に」
ふと、俺の直感が働いた。
何かいる。いや……何かくる。
「どうし「流の型、『回転掌』!!」
突如として飛んできた『何か』を、俺は回し受けで防ぐ。
ミカエルも気づいていなかった。瞬間、戦闘モードになる俺とミカエル。
「シャァァァァーーーッ!!」
「このっ!!」
「ぶがっ!?」
天井に張り付いていた何かを叩き落すと、下水に落下した。
「ガァルルルルルッ!!」
「ふんっ!!」
「ガルアァッ!?」
ミカエルの背後から来た何かを、ミカエルは蹴り飛ばした。
光球を操作し、天井近くへ浮かべると、周囲の光景がよく見える。
俺たちを襲っていたのは……なんと、獣人と天使、そして人間だ。
「な……なんだお前ら?」
「天使、ね。あたしが誰だかわからないのかしら?」
すると、天使の一人が言う。
「黙れ!! この下水道になんのようだお前ら!!」
「え、いや、隠れてただけ」
さらに、獣人も怒る。
「騙されないぞ。お前たち、吸血鬼の回しもんだな!!」
「いや、違うけど……なぁミカエル、なんとかしろよ」
ミカエルが前に出て、光の槍を持つ天使に言った。
「ねぇ、あたしが誰か知らないの?」
「……知らん!!」
「んー、なんだか本当みたいね」
というか、こんな下水道になんで人がいるんだ?
「なぁ、あんたらは何だ?」
「我々は『解放軍』!! 吸血鬼たちの餌から解放された人間、獣人、そして天使だ!!」
「あ、そういうことね。養殖場から逃げられた人間たちか」
「そうなのか?」
「ええ。レジスタンスみたいなもんよ。とりあえず、悪いようにはしないから、話を聞いてくんない?」
「信用できるか!!」
天使が吠える。すると、ミカエルがちょっと苛ついた。
「あのね、これは善意で言ってるの。消し炭になりたくなければ武器を下ろしなさい……!!」
「お、おい」
ミカエルが燃えた。すると、天使や獣人、人間がアイコンタクトをして武器を下ろす。
すげぇ、威嚇が効いたぞ。
「きみたちは、何者なんだ……?」
天使が言う。
いや、何者って聞かれても……人間と天使としか。
「あたしは聖天使協会十二使徒『炎』のミカエル。こいつは呪術師フレアよ。あんたたちこそ何者?」
「あ、紹介どうも。フレアです」
「……オレたちは施設を脱走した『はぐれ』だ。仲間たちを集めて吸血鬼の餌になっている同志を集めている。きみたちは吸血鬼じゃない……なら、話を聞いて力を貸してくれないか?」
と、天使が言う。
うーむ。退屈だったから始めた下水道探索が、思わぬことになってしまった。




