ハンプティダンプティ、夜の宴①/捕まったプリムたち
捕まった。
カグヤは歯ぎしりをしながら、思いきり壁を蹴る。
だが、石壁は硬く、カグヤの蹴りでも傷がつかない。それどころか、蹴った足に痛みが出た。
「やめなよ。ここは天使の力を削ぐ特殊な空間……私だけじゃなく、半天使のあなたとその子も力を封じられているわ」
ほとんど裸のような恰好でしゃがむ少女、ラティエルは苦笑しながら言う。
同じく、プリムとアイシェラも、そしてカグヤも同じような格好で閉じ込められていた。
プリムは、俯きながら言う。
「いつまでこのままなのでしょう……それに、吸血鬼」
「たぶん、殺されることはないと思う。私たちは『真祖』の食事だから」
ラティエルは、プリムに微笑みかけながら言った。
天使なのに、この少女はとても優しい。自分が出会った天使は、見下したような目をする者ばかりだったが……このラティエルは、そんな目をしていない。
アイシェラは、壁に寄りかかりながらラティエルに聞く。
「吸血鬼か。ということは、やはりここはブラックオニキス領地で間違いないのだな……」
「うん。ミカちゃんと呪術師の戦いで、ダンジョンの脱出用魔方陣が誤作動を起こしたんだと思う。たぶん、ミカちゃんの天使力と呪術師の呪力が絡み合って、魔法陣の出力が数百倍に跳ね上がった結果、大陸を横断するほどの転移力を発揮した……と思うわ」
「くそ、あの男……厄介なことをして」
「アイシェラ、そんなことを言わないの」
「申し訳ありません、お嬢様」
すると、苛立ちを隠せないカグヤが叫んだ。
「なーにのんびりしてんのよ!! こんなとこさっさと脱出してあのクソ女にリベンジよ!!」
「あ、あのね、無理って言ったじゃない?」
「うっさい!! つーかあんた、天使ならなんとかしなさいよ!! 強いんでしょ!?」
「む、無理だよ。私は後方支援に特化した能力だし、今は力を封じられてるし……それに、真祖相手じゃ本来の力があっても無理だよ。真祖の力は十二使徒三人分くらいあるし、正面からまともに戦えるの、ミカちゃんくらいだから」
「ぐぬぬ……ちっくしょう!!」
カグヤは再び石壁を蹴る。だが、足の小指を強打し悶絶した。
◇◇◇◇◇◇
時間を、少しだけ巻き戻す。
何が起きたか、プリムたちは把握していなかった。
ダンジョンの最上階。ミカエルとフレアの戦いが佳境に突入し、ミカエルが巨大な太陽を生み出した瞬間、足下が光り出したのだ。
それが魔法陣だとプリムはすぐに気づき、すでに魔法陣の外へ脱出したクロネの『首輪』を解除した。プリムから離れすぎると、クロネの首輪はクロネにダメージを与えるからだ。
そして、全身が光に包まれ……気が付くと、見知らぬ土地にいた。
「え?……こ、ここ、どこ?」
「お嬢様、ご無事ですか!!」
「あ、アイシェラ!! よかった、無事だった……」
近くにいたアイシェラを抱きしめ、プリムは周囲を見渡す。
どうやら、どこかの町の広場だろうか。薄暗く、周囲には誰もいない。だが、かび臭そうな建物が周囲にはたくさん並び、廃墟のような雰囲気を醸し出している。
「あいたた……ったく、何よいったい」
「あ、カグヤ!!」
「ん、あれ? プリム……ここ、どこ?」
「わ、わかりません。気が付いたらここに……」
カグヤは頭をぽりぽり掻きながらプリムたちの傍へ。
すると、近くに一人の少女が倒れていることに気が付いた。
「あ、この人」
「こいつ、あの赤毛と一緒にいたやつね。たぶん天使だけど……」
「お嬢様、離れて「大丈夫ですか?」お嬢様!?」
プリムは、なんの迷いもなくラティエルを抱き起した。
「う……あいたたた」
「大丈夫ですか?」
「う、うん。ありがとう……ここは?」
「わかりません……ダンジョン、では……?」
「…………この感じ」
ラティエルは地面に触れ、ほんの少しだけ目を閉じ……表情を険しくした。
「まずい。ここは……ブラックオニキス。あの光は転移魔法、そっか、ミカちゃんと呪術師の力の余波で……やばい。このままじゃ」
ラティエルは立ち上がり、周囲を確認する。
誰もいない寂れた広場だが、ラティエルは気が付いた───誰か、大勢が迫ってくる。
そして、すぐに決断する。
「逃げるわよ!! ここはまずい!!」
「え? ど、どうし」
「いいから!! 詳しい説明はしてる暇がないの、お願い信じて!!」
「わ……わかりました。アイシェラ、カグヤ、行きましょう!!」
「は? 天使を信じるの?」
「お嬢様、それはさすがに……」
議論している時間はなかった。
まるで、ラティエルが起きるタイミングを見計らっていたように、ぞわぞわした気配が周囲を包囲する。
そして、それは現れた……黒いローブを纏う妙な集団が。
「遅かった……!!」
「ちょ、誰よこいつら!! めっちゃ雰囲気悪いんですけど!!」
「お嬢様、お下がりください」
「あ、アイシェラ……」
カグヤは構え、ラティエルは歯を食いしばり、アイシェラはプリムを守るため剣を抜く。
「あんた、ここが何か知ってるなら言いなさいよ」
「吸血鬼……ここは、ブラックオニキス領地よ」
「え……」
これには、カグヤも驚いた。
吸血鬼。それは、この世界最強種族の一つだ。
ブラックオニキス領地に住み他国との交流を一切拒む種族で、天使が支配することができない孤高の種族。恐るべきは、血の通った生物は全て餌という考えを持つ種族でもある。
ブラックオニキス領地に入ることなかれ。確か、冒険者ギルドでそんな話を聞いたことがあった。
「じゃ、あれは吸血鬼?」
「ええ。恐らく、ここは吸血鬼の国の一つ、そのどこか……とんでもないところに転移しちゃったかな」
「どうすんの?」
「逃げるしかないわ。吸血鬼の一般市民、しかも子供でさえ階梯天使クラスの戦闘力がある。これは恐らく吸血鬼の兵……勝ち目がない」
「勝手に決めんじゃないわよ。あっちがやる気なら、アタシは迎え撃つ!!」
「ちょっ」
カグヤは、真正面にいた吸血鬼に飛び掛かり、遠心力を利用した回転蹴りを繰り出した。
「神風流、『凪打ち』!!」
ズドン!!と、ハンマーで大木を殴りつけたような音が響く。
カグヤの延髄蹴りが、吸血鬼の首をへし折ったのだ。
だが、吸血鬼は倒れない。
「なっ───」
「無駄、だな」
黒いローブを着た吸血鬼のフードが落ち、その容貌があらわになる。
青白い肌、尖った耳、赤い瞳、黒い髪……そして、牙のような歯が見えた。
首は間違いなくへし折れている。だが、折れた首がブクブクと泡立ち、一瞬で修復してしまったのだ。
カグヤは吸血鬼から距離を取る。すると、周囲の吸血鬼たちがフードを外し、リーダーらしき吸血鬼の男が言った。
「天然か……捕獲し、女王に献上するぞ。傷は付けるんじゃないぞ」
その言葉は、カグヤたちを見ていなかった。
ただの作業。そんな意味が込められた言葉にカグヤはブチ切れた。
「裏神風流、『連杭剣山』!!」
首をへし折った吸血鬼目掛け、足を杭のように変化させた連蹴りを叩き込む。
「ごばっ!?」
「死ね、クソが」
全身穴だらけになった吸血鬼は、白くなってボロボロに崩れた。再生もしない。どうやら死んだようだ。
「ふーん。弱点は頭? 首? それとも心臓? よくわかんないけど、身体のどこかを潰せば死ぬみたいね。あーあー、ムカつく。アタシを舐めた報いを受けてもらおうかしらね?」
「き、貴様……!!」
「来い、クソ雑魚ども。よくわかんないけどぶっ殺す」
戦いが始まり、カグヤは大いに暴れた。
何度か試しているうちに、吸血鬼の弱点が心臓だと把握。心臓を潰し、吸血鬼を十五人ほど殺した。
さすがの吸血鬼たちも、弱点を狙われて怯む。
「あれ、どうしたの? 捕まえるんじゃないの?」
「か、カグヤ……すごいです!!」
「こいつもバケモノだな……」
「人間が十二使徒クラスの実力を持っているなんて……半天使、侮れないわ」
ラティエルは、逃げるための策を練る。
カグヤがいれば、ここから逃げられると思っていた。
「騒がしいの……それに、いい香りがする」
甘ったるい香りと共に、一人の吸血鬼が現れるまでは。




