デスグラウンド平原を抜けた先の黒い森
「『烈火十文字斬り』!!」
ミカエルの放った燃える十文字斬りが、巨大なトカゲを一刀両断した。
俺に放った時より威力はだいぶ落ちているが、それでも巨大トカゲを軽々と両断。一気に焼き尽くした。
ミカエルは赤い剣をピッと振りつつ言う。
「……まだ三割か。このままじゃまずいわね」
「終わったぞー」
「ええ、今行く」
俺も魔獣を焼き尽くし、ミカエルと岩場に隠れていたクロネを呼ぶ。
デスグラウンド平原も後半戦。現れる魔獣も大型種ばかりになり、しかも群れで出てくるという厄介な状況だった……が、俺とミカエルにとって的が巨大化しただけなのでやりやすい。
ミカエルは、少しイラついていた。
「力が足りない……並みの十二使徒くらいの力しか出ないなんて」
「いや、十分強くね?」
「あたしの全力は十二使徒十人分よ。今じゃせいぜい一人分」
「ふ、普通は一人ぶんじゃないのかにゃん?」
「あたし、規格外だから」
クロネは、少しずつミカエルに話しかけては打ち解けていた。
相変わらず俺の背中に隠れることはあるが、ミカエルがネコミミに興味を持ち、軽く触らせるくらいの仲にはなったようだ。恐怖から毛は逆立っているが。
「なぁ、まだ到着しないのか? もう三日以上進んでるけど」
「たぶん、もう少しにゃん。デスグラウンド平原を抜けるなんて普通はしないし、情報が少なすぎるにゃん……言っとくけど、ブラックオニキス王国は完全な未知の国にゃん」
「そっちのが楽しいからいいよ。プリムたちを迎えに行ったら観光しようぜ!!」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。吸血鬼にとって人間は餌にすぎないわ。見つかったら掴まるか、食料にされるわよ」
「ま、カグヤがいるし大丈夫だろ」
俺たちはデスグラウンド平原を徒歩で進む。
クロネが安全そうなルートを見つけ、森や林を抜けて川沿いに進む。
「こっちにゃん。魔獣の通った形跡はなさそうにゃん……」
魔獣の通った足跡や、フンや匂いなどの痕跡から道を選び、進んでいく。
それからさらに二日後……ようやく見えてきた。
「あそこがデスグラウンド平原の終わり。そして……ブラックオニキス領地への入口ね」
「おぉ~……なんか黒いぞ」
「も、森……にゃん? それに、この境目……どうなってるにゃん?」
デスグラウンド平原とブラックオニキス領地の境目は、計ったように違う。
まず、土の色が違う。デスグラウンド平原は茶色だが、ブラックオニキス領地は黒っぽい。まるで泥が固まったような黒い地面だ。
木々の色も違う。デスグラウンド平原のような緑の葉ではなく、ブラックオニキス領地は紫色の葉の木々が多かった。
それに、どことなく不気味だ……小型の魔獣は決して黒い森に入ろうとしない。
「じゃ、行くか」
「そうね。ラティエルが待ってるわ」
「……少しは躊躇うにゃん。この二人、そっくりにゃん」
俺とミカエルは迷いなく森へ入り、クロネは嫌そうに顔をしかめつつ付いてきた。
◇◇◇◇◇◇
「なんかスースーするな」
「鼻にくるわね……」
「ぅぅ……お鼻がいたいにゃん」
黒い森は、なんだか妙にスースーした匂いであふれていた。
それに、どこからか霧も出てきた。デスグラウンド平原では晴れてたのに、この森に入ってから天気が急変した。
「……気を付けなさい。恐らく、ここはもう吸血鬼の狩場よ」
「狩場? 魔獣狩りか?」
「魔獣も、よ。吸血鬼は血の流れている生き物ならなんでも捕まえるわ」
「にゃぅぅ……こ、怖いにゃん」
「クロネ、離れるなよ」
地理がわからないのでひたすら前に進むしかない。
それに、俺は妙な違和感を感じていた。
「この霧、なーんか妙じゃね?」
「……確かにね。くそ、ラティエルがいればいろいろわかるんだけど」
「お前、頭悪そうだもんな」
「あぁん!? なにあんた喧嘩売ってんの!?」
「お、落ち着くにゃん二人とも……騒ぐと魔獣が出てくるにゃん」
すると、霧がますます濃くなってきた……まるで、俺たちを包み込むように。
間違いないな。
「敵だな」
「ええ。間違いない……吸血鬼よ」
「ひっ……ど、どうすんにゃ!?」
「ま、戦うしかないだろ。ミカエル、クロネを頼む」
「は? あたしに命令すんな……と言いたいけど、今回は譲ってあげる」
「にゃっ!?」
ミカエルはクロネの尻尾をむんずと掴む。
俺は拳をコキコキ鳴らし、全身から炎を噴出させた。
「おら出てきやがれこの雑魚クソがぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
全身から奔出する炎が火柱となり、周囲の霧を一気に吹き飛ばす。
だが、霧はすぐに俺を包む。同時に、ミカエルとクロネも包み込んだ。
「にゃ!? き、霧が」
「…………」
俺は再び霧を炎で吹き飛ばし、呼吸を整え───。
「───見つけたぜ!! 第一地獄炎、『呪炎弾』!!」
ミカエルめがけて『呪炎弾』を放った。
呪炎弾はミカエルを───正確には、ミカエルとクロネの隙間を縫うように飛び、二人の背後の樹に直撃……炎上した。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!?」
そして、樹から絶叫が。
炎を消してやると、樹が男性に変わった。全身火傷で苦しんでいる。
「ぐ、ぉぉ……な、なんで、わかった?」
「いや、お前さ。俺の炎にビビっただろ? 俺に霧を集中させて戦うフリして、ミカエルとクロネを狙うのがすぐわかったからさ」
「っぐ……」
「なぁミカエル。こいつ」
「ええ、吸血鬼よ。ま、雑魚も雑魚。第五階梯くらいの実力かしら」
青白い肌、赤い目、黒い髪。そして、尖った耳。
今は全身火傷をしているが、傷口がブクブクと泡立っている。
「気を付けないさい。心臓を潰さない限り吸血鬼は不死身よ」
「そうなのか? まぁせっかくだしいろいろ聞こうぜ。情報は大事だろ?」
「き、貴様ら!! 私を誰と「あ、そういうのいいんで。それとももっと火傷するか?」……やめときます」
右手を燃やしながら脅すと、吸血鬼はあっさり堕ちた。
とりあえず、こいつにいろいろ質問してみるか。
「お前、吸血鬼だな?」
「そ、そうです。その、この森に迷い込んだ魔獣を狩るのが仕事で……天然の人間は初めて見たので、獣人や天使も一緒なんて、たぶん今までになかったから、張り切っちゃいまして」
「その言い方だと、天然じゃない人間もいるのか……?」
「は、はい? ええ、まぁ。養殖物の人間の血はマズくて……だから、新鮮な天然ものを」
次の瞬間、ミカエルの剣が吸血鬼の肩に突き刺さる。
「いっぎゃぁぁぁぁ!?」
「お、おいミカエル」
「……あんたら、天使も捕まえて血を吸うってホント?」
「ひぃぃっ!?」
「答えなさい……!!」
「ほ、ホントですぅ!! 天使や獣人や人間の生き血は私たちにとって極上の食事で……よ、養殖場の血じゃ満足できなくて、狩りに出る者も」
「……ふーん。やっぱりね」
「おいやめろ。俺が聞きたいこともあるんだ。あのさ、つい最近、この辺りに人間が飛んでこなかったか? 女の子4人なんだけど」
「え……ああ、知ってます。転移魔術で飛んできた女の子ですよね? 捕まえようとしたら大暴れしたようで、『真祖』の方に押さえられて連れていかれました」
「真祖……ッチ、まずいわね」
ミカエルは苛立たしげに舌打ちした。
つまり、カグヤは真祖とかいうのに負けたってことか?
「真祖ってなんだ?」
「……吸血鬼最強の種族よ。真祖は十二使徒三人分くらいの強さを持つ」
「やばいじゃん……カグヤたち、大丈夫なのか?」
目の前の吸血鬼に聞くと、吸血鬼は首をブンブン振る。
「おおお、恐らく大丈夫かと!! 真祖の一人『黒血』ハンプティダンプティ様は美少女の生き血を長きにわたり堪能されるお方!! こ、殺されはしないかと!!」
「変な名前だなぁ……強いのか?」
「……かなりね。万全のあたしでも少してこずる」
「じゃ、俺ならいける。おい、そのハンペン野郎はどこにいるんだ?」
「は、ハンペン……えっと、真祖の国ハンプティダンプティにいるかと」
「わかった。なぁ、地図とか持ってないか? この国、わけわからん」
「は、はい……」
吸血鬼は地図をくれた。それから、この国のことを聞く。
ブラックオニキス領地は三人の『真祖』が大地を三分割して統治しているらしい。俺たちがいるのは『黒血』ハンプティダンプティが治める『夜の女王ハンプティダンプティの夜会』という国だそうだ。
話によると、カグヤたちを捕まえようとしたが並みの吸血鬼では相手にならず、ハンプティダンプティ自らカグヤたちを捕まえ、大いに気に入られたようだ。
「おい、霧を晴らせ。これ、お前の能力だろ?」
「え、ええ。幻影魔法です……」
霧がサァーっと引くが、周囲は暗いままだ。どうやら薄暗いのはブラックオニキス領地の特徴らしい。
「よし、目的地もはっきりしたし行くか」
「そうね」
次の瞬間、ミカエルの剣が吸血鬼の心臓を貫いた。
「───あ、あぁ」
吸血鬼は白くなり、ボロボロに崩れ……消滅した。
「……お前、なにしてんの?」
「このままこいつを逃がせば追手が来るわ。あのね、ここは吸血鬼の国よ? 人間、天使、獣人は食事程度の存在。しかも吸血鬼は人間を『養殖』してるような連中なのよ。こいつを逃がしたらあっという間に餌にされるわ」
「…………」
「にゃん。うちもその通りだと思うにゃん……」
「…………」
どうやら、俺の考えが甘いのかもしれない。
ブラックオニキス領地、ハンプティダンプティの国……思った以上に面倒くさそうだ。