フレア・ミカエル・クロネのデスグラウンド平原横断
デスグラウンド平原。
そういえば、カグヤと一緒にアナンターヴァイパーと戦った場所だ。今はミカエルとクロネの三人で横断してるけど……なんともまぁ会話が少ない。
俺が前を歩き、クロネが真ん中、少し離れてミカエルが後ろを歩いていた。
すると、俺たちの前を横切る巨大な亀が。
「邪魔ね……焼き尽く「待て待て。こいつは大人しいから」
ミカエルが剣を出し炎を纏わせる。だが俺はそれを止めた。
この亀、前にも見た。たぶん大人しいのんびり屋さんの亀だ。クロネは蒼くなって俺の背中に隠れてしまい、ガタガタ震えていた。
「で、デッドエンドタートル……え、SS+レートの魔獣にゃん……」
「ダブルプラス……前から思ってたけど、『+』とか『~』とかってなんだ?」
「……冒険者ギルドが定めた魔獣のレートにゃん。あんた、知らないのかにゃん?」
「さぁ? 喧嘩売られたら買って倒すだけだったし。ミカエルは知ってるか?」
「なれなれしいわね。人間の定めた等級なんて知らないわよ」
と、睨みながら言った。
クロネはミカエルが怖いのか、まだ俺の背中にくっついてる。なんか懐いた家猫みたいだ。
「説明するにゃん。『~』が付くのはまだ正確なレート判定ができていない魔獣。『+』が付くのはもうすぐ次の等級に上がるってサインみたいなものにゃん。例えば、A~レートだったら『Aレート認定だけどもしかしたらBくらいかも?』みたいな感じで、SS+レートだったら『SSレートは確定。もうちょっと人的被害あったらSSSに昇格するにゃん』みたいな感じにゃん」
「なるほど。つーか面倒くさいな。AとかBとかSSとか」
「魔獣の情報は大事にゃん。あんたみたいなバケモノはどんなレートでも関係にゃいけど、普通は高レートの魔獣に出会ったら逃げるにゃん」
クロネはようやく俺から離れた。
大きな亀に別れを告げ、ブラックオニキス王国領土の国境近くまで向かう。
「たぶん、何日かかかるにゃん」
「わかってる」
「…………」
「どうした、ミカエル?」
「……別に。吸血鬼と戦りあうのはいいんだけど、力が万全じゃないのは痛いわね」
「怪我なら治ってんじゃん」
「あのねー……見てわかんない?」
ミカエルは翼をバサッと広げる……おお、十枚の翼……あれ?
ミカエルの翼は三枚ほどしかなく、残りの羽は真っ黒になってボロボロだ。根元から千切れているのもある。なんか痛そう。
「翼は天使の力の源なのよ? あんたとの戦いでかなり負傷したし、回復に時間がかかる……ジブリールの力でも簡単に完治しないでしょうね」
「そうなのか?」
「ええ。本来の三割くらいしか力が出せないわ。神器は使えるけど『十二使徒の神技』は使えない……正直、吸血鬼相手じゃ不利ね」
「ふーん」
「……あんた、興味なさそうね」
「いや、そんなことないぞ。ミカちゃん」
「ミカちゃん言うなっ!!」
「あとさ、天使の力の源が翼ってのがわかった。もし次に天使が襲ってきたら翼を燃やせばいいんだな?」
「…………あ」
天使の弱点は翼。ふふふ、いいこと聞いたぜ。
「い、今のなし!! あんた忘れなさい!!」
「いや無理。あはは」
「こ、このっ……も、燃やしてやるっ!!」
「ほほーう。やれるもんならやってみな。弱ったミカちゃんなんて俺の敵じゃないぜー?」
「喧嘩売ってんのかあんたはーっ!!」
うーん、からかうと面白いな、ミカちゃん。
全身と髪が燃えるが、やはり弱々しい。外面は治っているけど、まだ完全ではないというのは本当みたいだ。それでも、赤い剣を俺に突き付ける辺り、負けず嫌いなところはカグヤに似てる。
「にゃん!! 魔獣にゃん!!」
「お、来たか」
「ふん、命知らずね」
現れたのは、一つ目の鬼だった。
赤い鱗に覆われ、全身ムッキムキのバケモノだ。正直、気持ち悪い。
数は十……いや、ゾロゾロと現れた。三十くらいかな?
「れ、レッドサイクロプス……Sレートの魔獣にゃん!! 気を付け───」
「第一地獄炎、『呪炎弾』」
「『飛炎刃』!!」
呪炎弾がサイクロプスを焼き尽くす。
ミカエルは剣を振り炎の刃を飛ばし、数体のサイクロプスが燃えながら両断された。
「じゃ、やるか。クロネは隠れてろ」
「やっぱ威力落ちてるわね……ま、いいハンデってことにしておくわ」
『グォォォォォォォーーーーーーッ!!』
仲間がやられたことに怒りだしたサイクロプスが、一斉に飛び掛かってきた。
もちろん、負ける気はしなかった。
「……魔獣が不憫にゃん。つーか熱っ」
クロネがポツリと呟いた。
◇◇◇◇◇◇
夕方になり、安全そうな岩場をクロネが見つけたのでそこで野営することにした。
夕飯は保存食。ドロドロにした野菜や果物を固めたパサパサのクッキーみたいなやつだ。クロネ曰く、完全栄養食品とかいう奴で、冒険者たちには愛用されてるのだとか。
夕飯を終え、なんとなく三人で焚火を囲む。
「それにしても、よくこんな岩場を見つけたな」
と、俺が言う。
クロネは熱々のスープに苦戦しながら言う。どうやら猫舌みたいだ。
「うち、斥候の訓練も受けたにゃん。偵察と潜入と下調べと安全そうな場所を探すのは得意にゃん……あつっ」
「へぇ……あんた、なかなかやるじゃん」
「ど、どうもにゃん……」
ミカエルに褒められ、意外そうに驚いた。
どうも天使が怖いのか、クロネは俺の傍から離れない。
ミカエルは水をゴクゴク飲みながら言った。
「あたしが恐いのね。ま、仕方ないか……天使は恐れられる存在だし」
「それ、それそれ。なんでそんなに恐れられてんだ? 俺からすれば翼生えただけに見えるけどよ」
「そりゃ、天使がこの世界をほぼ管理してるからでしょ。ほかの天使も人間相手にけっこう好き勝手やってるみたいだし、恐れられるわ」
「ふーん……」
プリムを殺すために人間の町を壊す天使とか、ラーファルエルみたいにいきなり喧嘩売ってきたりする天使もいるからな。
俺の知らないところで、けっこう悪いことしてる天使もいるみたいだ。
「でも、管理できない存在もいる」
「そうなのか?」
「ええ。吸血鬼と龍人、この二種族だけは天使も手を出さない……出せないのよ」
「なんで?」
「強いから。二種族とも数こそ少ないけど、戦闘力は階梯天使を超える。上位の吸血鬼は十二使徒に匹敵するわ」
「ほほー、やるじゃん」
「昔、天使が吸血鬼と龍人も管理下に置くために話合い……という名の戦いを挑んだことがあった。でも、決着が付かずに引き分けで終わったの。当時の十二使徒が二人死んだ。そのくらい吸血鬼と龍人は危険で強い種族なの……ま、戦いも無駄じゃなかった。吸血鬼と龍人はそれぞれの国に引きこもって他種族に干渉しなくなったしね」
「へぇ~」
「ブラックオニキス王国は吸血鬼の国よ。どんな発展をしてどんな暮らしをしてるのか全くわからない」
「未知の国か……プリムたち、そんなところに飛んで行ったのか。大丈夫なのか?」
「さぁね……ラティエルは甘ちゃんだから、きっと一緒にいると思うわ」
「ラティエル……ああ、お前と一緒にいた天使か」
「うん。あの子、人間が好きみたいだからね。きっと見捨てないと思う……」
「それに、カグヤもいるから大丈夫だろ。あいつかなり強いし」
「……カグヤ?」
「ああ。メタトロンを倒した奴」
「へぇ~、人間がねぇ」
「…………」
「ん、どしたクロネ? 眠いのか?」
「にゃん……ちょっと眠いにゃん」
クロネはウトウトしていた。
「気疲れしたんでしょ。明日も歩くし、今日はゆっくり休みなさい」
「にゃん……」
「…………」
「なによ」
「いや、優しいなーって」
「ふん。別に嫌う理由ないでしょ」
クロネはテントに入り、俺とミカエルだけが残った。
「俺、見張りしてるからお前も寝ていいぞ」
「あたしに命令すんな」
気遣いは無駄に終わった。
会話もなく、俺は武器の手入れをするため道具を出し、両手のブレードと回転式を分解清掃した。
ミカエルは空を見上げ、星空を見ていた。
赤い髪が焚火の炎で揺らめき、まるでルビーのように輝いている。
「なぁ」
「なに?」
「みんなを見つけるまでの間、よろしく頼むぜ」
「……ええ」
「へへ、なんか嬉しいな」
「は?」
「いや、俺さ、お前のことけっこう好きだぜ。まっすぐなところとか、見下さないところとか」
「はぁ? あたしとあんたは敵同士でしょうが」
「関係ねーよ。俺がそう思ったから言っただけだ。それに、天使と呪術師に因縁があったみたいだけど、俺には関係ないしな」
「……バッカみたい」
ミカエルは、くだらなそうにそっぽ向いた。