聖天使教会にて
「み、ミカエルさんが戻らない?」
「はい。十二使徒ラティエル様を連れてイエロートパーズ王国まで向かったのを最後に消息不明……というか、後を付けていた第七階梯天使ペヌエル、第五階梯天使ヌカエルが全身に火傷を負った状態で海面に浮かんでいるのが発見されました」
「はぁぁ~……ミカエルさん」
ズリエルは、部下からの報告に頭を悩ませる。
当然のことだが、ミカエルが出て行った後、階梯天使に追跡をさせた。だがやはり無駄だったようだ。
考えなくてもわかる。ミカエルが『邪魔』と言って撃退したのだ。殺さなかっただけありがたい。
「というか……イエロートパーズ王国ですか。あそこには『特級』がいたはずですよね」
「特級冒険者序列四位ブリコラージュです」
「んむぅ~……半天使の中でも上位の人間ですか。ミカエルさんが後れを取ることはないと思いますが……はぁぁ~……ラティエルさんもいるし大丈夫かなぁ」
ズリエルは腕組みをしてむむむと唸る。
ラティエルがいるということは、呪術師フレアの位置を特定したということだ。防御と探知に優れた十二使徒であるラティエルが一緒に向かったなら間違いない。フレアはイエロートパーズ王国にいる。
そして、喧嘩っ早いミカエルはすぐにでも呪術師と戦うだろう。
ミカエルが出て行って数日。イエロートパーズ王国に向かい、呪術師と戦うとしても時間がかかりすぎているのでは? ミカエルの性格上、戦いが終わればすぐに聖天使教会に戻り自慢……いや、報告をするはずだ。ラティエルもいるし。
「ズリエル様!!」
「ほわぁぁっ!? なな、なにかな?」
「いえ、報告が終わりましたので失礼します」
「あ、はい」
部下が退室した。
どうも深く考え込んでいたようだ。ズリエルはお茶を淹れ、お茶請けに買っていた砂糖菓子をこりこり齧る。
「おいしい~♪ はぁ、糖分糖分。糖分は当分必要ない!! なーんちゃって。あはははは」
クソくだらないギャグをほざくズリエル。
さて、糖分を補給し終えたところで考える。
アルデバロンに報告、そしてミカエルの捜索をすべきか。十二使徒クラスでなければミカエルに『邪魔』だという理由でやられてしまうかもしれない。
手の空いている十二使徒に依頼するか……そう考え、十二使徒の予定表を確認した。
「…………げっ」
現在、手の空いている者は一名……だが。
「さ、サリエルさんかぁ~……絶対に断りそうだなぁ」
その天使は、ミカエルが大嫌いだったのだ。
◇◇◇◇◇◇
「はぁ~? なんであたいがミカエルを探しに行かなきゃならないのよ? 馬鹿? あんたバカ?」
「……やっぱり」
聖天使教会十二使徒サリエル。
青いツインテールを揺らし、十二使徒専用の制服も着崩し、アクセサリーや化粧で着飾っている、ミカエルと同年代の少女だった。
サリエルはネイルを弄りながら言う。
「なになに? ミカエルのやつ死んじゃった? あっはははざまーみろ、あの赤毛、前からムカついてたんだよねぇ~、なーにが『青い空を赤く染める』だっつーの。おめーの炎なんかで染まるかっつーの」
「あ、あの」
「おいズリエルぅ、葬式やるんだろ? あたいがスピーチしてやってもいいよ~ん?」
「え、えっと」
ズリエルは、このサリエルが苦手……というか、クセの強い十二使徒全員が苦手だった。
特に、このサリエルは苦手中の苦手。
「ラティエルも可哀想だよねぇ~、ミカエルなんかに付いちゃってさぁ? 大方、呪術師と喧嘩して負けちゃったんじゃね? あははははっ!」
「あ、あははは……あー、申し訳ございませんでした」
「は? なんで謝るし?」
「え、えっと……」
「おい豚。はっきり言えっての!!」
「ひぃぃぃっ!?」
サリエルはズリエルの机を蹴る。
足を上げた瞬間、短いスカートから下着が見えたのでちょっとラッキー、一瞬だけそう思ってしまうズリエルだった。
「おいおめー、豚みてぇにブーブー鳴いてんじゃねーよ」
「ぶひぃぃんっ!! 鳴いてないですぅ!!」
「鳴いてんじゃん。ウケる」
ズリエルは椅子から転がり、サリエルに踏まれたが……スカートから下着が見えたのでラッキー、そんなことを想ってしまった。
だが、そんなサリエルにも───。
「騒々しいな。ズリエル、サリエル」
「あ、アルデバロンさ「アルデバロンさまっ!!」おぶっふ!?」
ズリエルを蹴飛ばしたサリエルは、部屋に入ってきたアルデバロンに抱きついた。
アルデバロンは全く動じず、転がったズリエルに淡々と質問する。
「ズリエル。ミカエルはまだ戻らないのか?」
「は、はぃぃ。捜索に向かわせた天使たちもやられちゃって……」
「全く。仕方のない奴だ」
「…………」
そう。サリエルがミカエルを嫌う理由……それは、アルデバロンがミカエルの心配ばかりするからである。アルデバロンが大好きなサリエルは、それがとっても面白くない。
「ズリエル」
「は、はい?」
「さっきの話。あたいが行くよ」
「へ?」
「ミカエルの捜索。んで、連れ戻してくるって話」
「え」
「ふむ。どういうことだ? ズリエル、サリエル」
「あ、あの」
「実はぁ~、ズリエルにお願いされちゃったんですぅ♪ 行方不明のミカエルの捜索してーってぇ……それでぇ、あたいが行くことになりましてぇ~♪」
「そうか。サリエルなら心配ないだろう。量産型と階梯天使を数人預ける。好きに使え」
「はーい♪ あの、アルデバロン様……うまくお仕事できたら、褒めてくれますぅ?」
「もちろんだ」
アルデバロンは、サリエルの頭をそっと撫でた。
サリエルは猫のように目を細め、幸せそうにアルデバロンの手を堪能する。
「では、頼んだぞサリエル」
「はーいっ♪」
アルデバロンは退室し、部屋に残されたのは転がったままのズリエルとサリエル。
次の瞬間、サリエルはズリエルの股間を思いきり踏んづけた。
「余計なこと言ったら……潰す♪」
「はひぃぃぃぃっ!!」
「じゃ、そゆことで~♪」
サリエルは退室した。
これから、ミカエルの捜索するために準備するのだろう。
「…………」
ほんの少しだけ気持ちいい……一瞬だけそう思うズリエルだった。