イエロートパーズ王国にさよなら
ダンジョンから出ると(目立たないようにこっそり最上階から飛び降りた)、外は大いににぎわっていた。何事かと聞くと、なんでも神隠しがあったらしい。
このダンジョン周辺に来た人が、忽然と姿を消してしまったのだとか。
「何があったんだろう?」
「さぁね」
「にゃん……怖い気配、消えたにゃん」
「……うし。じゃあオレはここで失礼するぜ」
ダニエルが俺たちから離れ、振り返る。
「楽しかったぜ。またダンジョンに挑戦するときは雇ってくれ」
「ああ。ま、もうこんなのは懲り懲りだけどな」
「違いない。ミカエル、オレのことは黙っててくれよ?」
「……ま、いいわ。それどころじゃないし、聖天使協会に戻ってる暇もないしね」
「ネコミミちゃんも、元気でな」
「クロネ!! ちゃんと名前で呼ぶにゃん!!」
『わんわんっ!!』
「ワンコも元気でな」
報酬は金貨1枚だったが、大金貨を1枚渡した。
ダニエルは『お、いいね。今日はとことん飲めるぜ!!』と喜び、軽く手を振って雑踏に消えていく。
どこまでも堕天使っぽくない天使だった。
「ダニエル。あいつ、ああ見えて頭が回るのよ。ズリエルの前任で事務仕事してた時なんてそりゃもう真面目で」
「真面目ねぇ……なんか軽そうなやつだったけどな」
「そんなことどうでもいいにゃん。これからどうするにゃん?」
「まずは依頼を果たす。その前に……着替えとメシだな。ミカエル、お前荷物とかあるのか?」
「あるけど、全部魔法の袋に入ってるわよ。シャワー浴びたいから宿に行くわよ」
「お、おお。天使も宿とか使うんだな」
「当たり前でしょ。というか、生活に関しての水準なら人間のが高いわよ」
俺、クロネ、ミカエル、シラヌイという異色のパーティーは、イエロートパーズ王国の定期便に乗って戻ってきた。ミカエル、普通に荷車に乗ってたから驚いたよ。さっきまで俺と殺し合いをしてたのに。
やっぱり、憎めないんだよなぁ。
◇◇◇◇◇◇
俺の泊まっていた宿へ戻ると、ミカエルはさっさとシャワーを浴びに、クロネも装備を整えるとかで出ていってしまった。
俺もやることがあるのでさっそくとりかかる。
テーブルの上には、ダンジョンの秘宝……古ぼけた本が置いてあった。
それから数10分後。ミカエルがシャワー室から出てきた。
着替えたのか服が新しくなっているし、あれだけ殴ったのに怪我もさっぱり消えていた。
「はぁ~さっぱり。ん、なによ?」
「いや、怪我……治ってるのか?」
「外面はね。中身はボロボロだし翼も焼けちゃってるから飛べないわ。顔とか身体が傷だらけだと弱く見られるしね」
「ふーん」
「で、なにやってんの?」
「ああ、いろいろ仕込みだよ」
「……よくわからないけど、ブラックオニキス王国に行くなら早めに出るわよ」
「わかってる。明日の早朝には出発するよ。それくらいはいいだろ」
「わかった。それと、今回は戦力的な意味で同行してあげるけど、あたしとあんたは敵同士。たまたま利害が一致したってことだけは忘れないでね」
「はいはい」
俺もシャワーを浴びて着替えを済ませ、『事故治癒』の呪術で怪我の治療、そして装備を点検した。
ミカエルの奴、一人でさっさと食事してすぐに寝てしまった。まぁ夕方だし仕方ない。
そして、クロネが帰ってきた。
「ただいまにゃん。旅の準備ができたにゃん」
「よし。俺も用事を済ませてくる」
「……特級冒険者のところに行くにゃん?」
「ああ。依頼品を渡さないとな」
「…………」
「なんだよ?」
クロネは、ポツリとしゃべり始めた。
「…………特級冒険者序列四位、ブリコラージュ。奴は獣人の命を道具として使ってるにゃん」
「…………」
「うちは、この国の出身で……故郷も近くにあったにゃん。でも、魔法実験で使う道具の調達で獣人狩りが行われて、故郷も家族も失ったにゃん」
「…………」
「たまたま逃げ出せたうちを拾ったのが暗殺者で、そのまま暗殺者として育てられたにゃん。仕事をこなしているうちに故郷や家族のことも忘れて……この国に戻ってきたのに、なにも感じない。うちの心はもう、死んでるにゃん」
「…………」
「でも、お願いにゃん。ブリコラージュ、奴を……」
「殺さないよ」
「…………わかってる。今のは忘れてほしいにゃん」
「ああ。俺は依頼を果たす。ブリコラージュは殺さない。あいつは天寿を全うして死ぬべきだ」
「…………」
クロネは俺から目をそらし、小さくうなずいた。
◇◇◇◇◇◇
魔法学園の守衛に俺が来たことを伝えると、すぐに理事長室へ案内された。
以前はカグヤと一緒だったが今はいない。シラヌイはなぜかミカエルに懐いていたので、本当に一人だ。まぁそれはいい。
「よく来てくれた。依頼を果たしてくれたようだね」
「……まぁな」
「おや、あの活発そうな少女がいないね? 死んだのかい?」
「…………」
「まぁいい。ふふ、どうやら嫌われているようだ。さっさと依頼を果たしてくれ。私も実験で忙しいのでね」
「……実験?」
「ああ。きみが持ってきてくれたアナンターヴァイパーの素材があるだろう? それを使った投薬実験をしているのさ。呪術とは呪い。毒物のようなもの。ちょうど新鮮な素材が入ってきたのでね」
「新鮮な素材……獣人か」
「ああ。近くの集落に隠れ住んでいたようだ。まだ若いし体力もある。子供の方はすぐに死んだが、大人の獣人の体力ならいいデータが手に入る。また呪術の深淵に一歩近づいたよ」
不思議と、頭が冴えていた。
『こんな力、別に欲しくなかったんだけどね───』
『どうせなら、外を元気に走れる力が欲しかったな───』
『ねぇフレア? あなたのお話を教えて───』
頭の中に、優しい表情の女性……ヴァジュリ姉ちゃんの顔が浮かぶ。
「あんた、なんで呪術を欲しがるんだ?」
「決まっている。最強最悪の力だからさ。天使ですら恐れた力。この世界を破滅させかねない力。ふふ、この力を誰でも使えるようになれば、天使たちの支配から解放される日が来るだろう。研究にはまだまだ時間が必要だが、私の特異種としての能力があれば話は別だ」
「…………」
とても楽しそうだった。
外見は同世代くらいの少女だが、中身はドロドロに濁った糞だ。
俺は本を取り出し、机の上に置く。
「これが秘宝だ」
「おお……おお!! 間違いない。これは呪術言語……呪術師にしか読めない言語。ふふ、解読は全く進んでないが、いずれ解読してみせよう!! ああ、報酬を支払おう。少し色を付けてやる。死んだ仲間の分も支払って
「蝕の型『極』───【無限地獄天寿全】」
俺は手を伸ばし、ブリコラージュの手にそっと触れた。
◇◇◇◇◇◇
「ただいまー」
「帰ってきたにゃん」
「……何してたの?」
「依頼を果たしただけだよ。さぁて、メシでも食いに行くか」
「うちも行くにゃん。お腹へったにゃん」
「あたしも」
「クロネはともかくお前は食べただろ……」
「うっさいわね。いちいち」
「カグヤみたいなやつだな……しばらく騒がしくなりそうだ」
宿の外に出て飲食店街へ向かうと、フリオニールたちと出会った。
「お、フレアじゃないか!!」
「やぁ! これから食事かい? ボクたちはもう終わったよぉ」
「あれ? カグヤさんは? そちらの方たちは?」
フリオニール、ラモン、レイラ。
魔法学園の新入生。この国でできた友人たちだ。
クロネはフードをかぶり、ミカエルはどうでもよさそうに欠伸してる。
「カグヤはその……ちょっと依頼でさ、ダンジョンにいるんだ」
「そうなのか。なら伝えてくれ、また食事を共にしようと」
「ボクたち、これから寮に戻るんだぁ。またね」
「では、失礼します!!」
「ああ……みんな、またな」
フリオニールたちを見送った。
今度は、カグヤだけじゃなくプリムたちも連れていこう。
「さ、ご飯食べるわよ」
「ああ。肉食べたい。お前との闘いでだいぶエネルギー使ったからな」
「うち、魚がいいにゃん」
出発は明日。イエロートパーズ王国最後の夜だ。
◇◇◇◇◇◇
「ば、バカな!!……わ、私が、この、ショフティエルが……神の代弁者だ!!」
ショフティエルは火傷だらけの身体を引きずり、ダンジョン郊外の森を歩いていた。
フレアとミカエルの炎が直撃し、何もしてないのに敗北した。
というか、相手が悪すぎた。
「おのれ……傷を癒したあと、この借りは「ああ、無理だね」……あ?」
ショフティエルの正面に、一人の男が立っていた。
どこにでもいそうな男だった。
その辺の武器防具屋で売ってそうな安っぽい装備。無精ひげを生やした三十代半ばの男だ。
だが、ショフティエルにはすぐにわかった。
「あ、あなたは天使!! いえ、堕天使ですか!! ははは、ちょうどいい!! 我が復讐の手助けを!!」
「…………」
「我が組織と堕天使は敵対関係にあらず!! あなた方堕天使にとって聖天使協会は邪魔な存在のはず!! ぜひともお力を「やっかましいなぁ」……え?」
ダニエルは苦笑し───本気の殺意を見せた。
「あんたさ、人間を何人殺した? オレや天使にちょっかい出すならいいけどよ……お前が殺した人間の中に、オレのダチがいっぱいいたんだわ……久しぶりに頭に来てるぜ」
「え、あの? なぜ? 人間とは裁かれる存在」
「じゃあオレはお前を裁くわ」
ダニエルは地面に向けて手をかざす。すると、大地が隆起し、巨大な石斧が現れた。
推定数トンはありそうな石斧を片手でつかむダニエル。
「ひ、あ、あ……」
「死ねよ、ゴミ野郎」
「あぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
ぶちゅり。
石斧で叩き潰されたショフティエルは、あっけなく即死した。
ダニエルは石斧を投げ捨て、ショフティエルの死体を地面の奥深くに埋める。
「さーて……弔い酒でも飲むか」
元・聖天使協会十二使徒『地』のダニエルは、その場を後にした。
◇◇◇◇◇◇
「いいの? マキエル?」
「ええ。ショフティエルさんは必要ありません。BOSSからの命令です」
「はーい」
「ラハティエルさん。ワタクシたちも帰りましょうか」
「ん。おなかへった」
◇◇◇◇◇◇
「う、おっげぇぇぇぇぇーーーっ!! はぁはぁはぁ……うげぇぇっ!!」
ブリコラージュは嘔吐した。
発熱、嘔吐、悪寒が止まらない。
四肢には発疹もできて震えが止まらず、喉が腫れあがり会話も食事もままならなかった。
「あ゛ぁぁ……ぐるじ……にゃ、だごれ……ヴぁ」
腹痛も併発。突き刺すような頭痛、立つことができず身体を引きずりながら理事長室を這いまわる。
視界もぼやけ、ちかちかした。
体調が悪いどころではない。命の危機すら感じる異常が起きていた。
『これが呪術だ』
ブリコラージュは、先ほどの少年の言葉をぼんやり思い出す。
『あった。これがお前の持ってるダンジョンのお宝か……うん、やっぱりそうだ。これは呪術言語で書かれた日記だよ。俺の師匠、ヴァジュリ姉ちゃんが書いた日記だ』
ブリコラージュが保管していたダンジョンの秘宝が奪われた。
『ああ、お前にやったこれは俺が書いた本な。ムカつくから適当にお前への罵詈雑言を書いたから、解読してびっくりだぜ?』
わけがわからない。
全身が紫色になり、ブツブツが全身に広がっている。嘔吐も繰り返し喉が痛い。
『もうどうしようもないけど教えてやる。お前に掛けたのは蝕の型『禁忌』の呪術。本当に呪ってやりたい相手にだけ使えって言われたんだ。先生曰く、『本気で呪いたい奴に死は温い、天寿を全うするまで苦しませるのがいい』って。あ、先生は呪闘流の先生な。この話を聞いたヴァジュリ姉ちゃんは苦笑してた』
何を言っているのかわからない。
『お前が死ぬまでその苦しみは続く。ちなみに、『死の拒絶』の呪も込めてあるから、自殺もできないし、首を切断しようとしても呪力で防御される。解放されるには天寿を全うするしかないってことだ』
死にたい。苦しい。呪術の恐ろしさ。
『ヴァジュリ姉ちゃんが言ってた。呪術は軽い気持ちで使うもんじゃないって。人を呪うということは、呪われた人にしかできないって。ま、俺も、呪術師の村のみんなも、呪術を習う前に呪われることから……あー、思い出したくないからいいや』
死にたい、死にたい、死にたい。
『これに懲りたら、もう獣人を使った実験は止めるんだな。じゃあ、天寿を全うしろよ~♪』
死にたい。死にたい。死ねない……。
◇◇◇◇◇◇
後日談。
特級冒険者序列四位ブリコラージュが、原因不明の奇病に侵されたと通達があった。
症状は様々で、喋ることも筆談することもできない。医師や薬師は匙を投げ、魔法学園の理事長の私室で隔離状態となった。
ブリコラージュなくして魔法研究所は呪術の研究が続行不可能となった。
獣人たちは解放され、魔法研究所は『呪術』というテーマを廃止し、魔道機関と魔法の組み合わせの研究を始めることになる。
噂では、ブリコラージュは呪術師の怒りに触れたとかなんとか……食事も水も与えていないのに弱る気配がなく、苦しみだけが延々と続いている。手首や首を短剣で斬っても切れず、突き刺したり毒薬を服用しても一切効果がなかった。
フレアたちは、陸路でブラックオニキス王国を目指すことに。
馬車などの定期便などあるはずもない。危険なデスグラウンド平原を越えていく以外にないのである。もちろん、フレアとミカエルに異論はなかった。
クロネは、フレアに聞いた。
「……あんた、何かしたにゃん?」
「ん、まぁな」
「…………」
何か。それが何を示すのか、聞かなくてもわかった。
クロネはフレアの腕にそっと寄り添い、顔を腕に擦り付けた。
「ありがと、にゃん」
「おう。なんだお前、猫みたいだな」
「ふん……」
だが、すぐに離れてしまった。
イエロートパーズ王国の北門から、デスグラウンド平原へ出る一行。
「あっちにまっすぐ行けばブラックオニキスの領土ね」
「ん、わかった」
「……はぁ。危険地帯だらけにゃん。うち、こんな危険な冒険したくにゃい……にゃん」
こうして、フレアとミカエルとクロネという異色のパーティーは、吸血鬼の王国ブラックオニキス目指して旅立つのであった。