西の街にさようなら。
俺たちは、騒ぎになった区画から離れた場所に宿を取り直した。
天使が暴れたという情報は伝わっておらず、何気ない顔で宿に入る。
部屋は狭い3人部屋だが、部屋に入るなりどっと疲れた。
「はぁ~~~~~~……ったく、疲れたわ」
「ですね……まさか、天使が来るなんて……わ、私を、殺しに」
「心配すんなって。あの小デブ天使なら素っ裸の黒焦げだから。髪の毛もアソコの毛も燃えちまって、いいカッコだったぜ?」
「あ、あそこの毛?」
「おう。天使にも毛ぇ生えてんだな。あははははっ」
「きさまいっだだだだだっ!? く、くちを治せ、なおへぇぇっ!!」
「あ、アイシェラ。いたのか」
俺の口内炎アタックを喰らったアイシェラが、口を押さえて涙目になっていた。
「うーん、まだ反省してないみたいだな。数日はそのままで……」
「悪かった、わたしがわるかったからぁぁっ!! いたいいたいいたいっ!?」
「はっはっは。仕方ないなぁ……ほい」
アイシェラの頬に触れて呪力を流し、口内炎を治してやる。
頬を押さえてホッとしたアイシェラは俺を睨む。
「おーっと、次は虫歯にしちゃうぞ?」
「っぐ、ぬぬぬぬぬっ……」
「はいはい。2人ともそこまで。とりあえずこれからのことを考えましょう」
「これから? 馬買ってブルーなんちゃら王国に行くんだろ?」
俺は部屋にあった水差しの水を飲む。
炎を使ったあとだから気持ちいい。
「…………ですが、天使に狙われたことで、危険度が上がりました。ブルーサファイア王国でも、私を受け入れてくれるかどうか」
「天使だったら俺がやっつけるよ。あの小デブ天使、大したことなかったしな」
「大馬鹿者。あの天使は第十二階梯だ……天使の位で最も低い。それでも、我ら人間とは一線を画する強さだがな」
「ふーん。ま、なんとかなるだろ」
俺の炎は、天使を燃やせた。
呪術と組み合わせれば強力な技になる。それに、一番弱い天使と言ってもあの程度だ……そもそも、俺は全く本気じゃなかったし。
「それよりさ、馬とか買いに行こうぜ。デカくてカッコいいのがいいな」
「……能天気な奴め。ほんの少し前まで天使がいたんだぞ」
「今、町を出歩くのはちょっと……」
「んだよ。じゃあ俺が買ってくるぞ? 馬だよな馬!!」
「「…………」」
さーて。馬を買いに行こうかな!!
◇◇◇◇◇◇
「う~ま~うまうまうまっうま~♪」
俺は散歩がてら馬を買いに出かけた。
そう言えば、1人になるの久しぶりだ。前に1人になったときもお使いだし……今回は馬か。
「えっと、馬は馬屋で買えばいいんだよな」
馬屋。
どんな町にも一軒はあるらしいけど……場所はわからん。
町中は普通だった。小デブ天使の騒動もここまでは来てないらしい。
俺は適当に町を歩きながら馬屋を探すと……。
「お、あれか? なんか馬っぽい看板がある!」
馬屋を見つけた。
デカい看板に馬の顔が描かれている。しかも、建物もかなりでかい。
さっそく中へ入ると……おお、馬が……。
「あれ? 馬がいないじゃん」
「ん……なんだお前は?」
「えっと、馬ください」
馬屋の中はカラッポだった。
馬の代わりとばかりに、犬だの猫だの動物が入り込んでいる。店主らしきおっちゃんは欠伸をしていた。
俺を見てため息を吐いてるし……なんだよいったい。
「見ての通り、馬なんていねーよ。さっきデカい商会が買い占めやがった」
「え!? な、なんで!?」
「お前、天使が現れたの見てなかったのか? 大手の商会は町中の馬を買い占めて出ていったぞ……やれやれ。オレも逃げようと思ったんだが、見ての通り足がな」
「え……」
店主のおっちゃんは、片足がなかった。
「クソが……商会の連中、オレの足がないことをいいことに、二束三文で馬を買っていきやがった。追いかけようとしたら商会の護衛に叩きのめされてな。義足も折れちまった……いつつ」
「おっちゃん……大丈夫なのか?」
「ああ……やれやれ。オレも頃合いかねぇ……実家の道具屋を継ぐしかねぇのか」
「え? なーんだ。仕事あるじゃん」
「まぁな。馬屋なんてやってるんだ。オレは馬が好きなんだよ」
「…………」
馬屋のおっちゃん、カラッポの厩舎を見て淋しそうだ。
「おっちゃん。馬屋は辞めちまうのか?」
「ああ。ま、馬たちも殺されはしねぇだろ。オレも田舎のばあさんがやってる道具屋に帰るとするかね……天使様の現れた町なんぞ、先はねぇからな」
「……田舎のばあさんの道具屋?」
なんか既視感が……まぁいいや。
「馬屋のおっちゃん、帰る方法はあるの?」
「ん、まぁ……なんとかなるだろ。新しい義足を買って、乗り合い馬車のチケットを買って……いや、義足代金だけで金が尽きちまうか……まぁ、金がないなら歩いてでも帰るさ」
「じゃあさ……えーと…………あ、あいつにしよう!!」
「あん?」
俺は馬屋の厩舎に寝転がっていた白犬を1匹抱っこし、おっちゃんの前に差し出す。
「この犬売ってくれ!! 金は……はい!!」
「ちょ、おい!? お前、この大金……」
「いいっていいって。この白犬、高そうだし高貴そうだし、けっこうな値段するんでしょ? 大金貨五十枚の価値あるって」
「ば、バカ野郎。そりゃ野良犬……」
「じゃ、もらってくよ!! おつりはおっちゃんの道具屋でサービスしてくれたらいいからさ!!」
「あ、おい!!」
そう言って、犬を抱えた俺は馬屋を後にした。
◇◇◇◇◇◇
『わんわんっ!!』
「はいはい。買った以上は責任持つって……とは言っても、一文無しになっちまった」
白犬、何が嬉しいのか尻尾をブンブン振って俺に付いてくる。
勢いで買ったけど、どうしたもんか。
まさか置き去りにするわけにも……まぁいいや。
「とりあえず、宿に戻るか。馬は全部売れてたのは事実だし、お金もいっぱいあるみたいだし、別にいいか」
『くぅーん』
「はいはい。帰ったらメシにしてやるよ」
『わんわんわんっ!!』
と、白犬を連れて宿に戻る。
宿の受付に誰もいなくてよかった。白犬と一緒に部屋に戻ると……。
「ふ、フレア!! お帰りなさい!!」
「……チッ、戻ったか」
「ただいまプリム。つーかアイシェラ、今度は虫歯を喰らいたいようだな」
「ふん。やれるものなら……おい、なんだそれは?」
『わぅ?』
「犬」
「見ればわかる。馬はどうした?」
「ああ、馬は完売だってさ。商人が町から出るため買い占めたんだとよ」
肩を竦めると、プリムが目をキラキラさせていた。
「きゃぁ~♪ か、かわいい~っ……さ、触っていいですか?」
「いいんじゃね?」
「姫様!! そんな汚らわしい毛玉に素手で触れるなど」
「わんわん、かわいいですねぇ~♪」
『きゅぅぅん……』
白犬を撫でまくるプリムと、気持ちよさそうに目を細める白犬。
アイシェラがプルプル震えていたがプリムは完全無視。白犬が気に入ったようで何よりだ。
「はぁ……おい、ところで金はどうした?」
「…………」
「おい」
「…………あー、その、金はこの白犬に化けたというか」
「は?」
「…………ごめん」
俺はアイシェラに殴られた……今回は甘んじて受けます。はい。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
海の町には徒歩で向かうことになった。
乗り合い馬車とかいうのもあったらしいが、小デブ天使騒動のおかげで全てキャンセルとなったらしい。徒歩で向かう分には構わないらしいので、仕方なく歩くことに。
荷物は全て俺が持つことになった……使い込みの罰だとさ。
「キリキリ歩けよ」
「へいへい」
「アイシェラ、意地悪しないの」
「意地悪ではありません。我らの路銀をこのような白犬に使った罰であります」
「むぅ……可愛いからいいのにぃ。ね?」
『わんわんわんっ!!』
西の町から海の町へ向かう出口で、俺は何気なく言う。
「そういや、こいつの名前どうする?」
「そうですね……純白の雌犬ですので、『ホワイティ・リリィエンタール号』と名付けましょう」
「いえ、ここは闘犬のように『ブライトニングハリケーン』というのはどうでしょうか?」
「悪かった。お前らは黙ってくれ」
クソ長く、尚且つダサすぎる。こいつらセンスゼロだな。
そうだな……白犬か。
「……よし。今日からお前は『不知火』だ。いいか?」
『わんわんわんっ!! わんわんわんっ!!』
こうして、新しい仲間犬であるシラヌイを加え、俺たちは西にある海の町へ向かう。
面倒ごとにならないといいけどな……なんてね。
プロローグ、第一章は終わりです!