転移階層
罠避けという胸糞悪い『獣人』を使う連中はごまんといた。
そのたびに、フレアとカグヤは冒険者を叩きのめす。自身の評判など知ったことではない。
罠避けの獣人は、殆どが子供だった。ダニエル曰く『大人の獣人はある程度実験に耐えられるが、生命力の低い子供の獣人では長くもたない。多く売りに出されるのは子供だ』と。
現在、五十階層。まっすぐで何もない通路だった。
そして、たった一日でここまで来た。
「はぁ……イエロートパーズ王国ってクソだな。先生も『人の悪意は底知れない。呪術よりよっぽど恐ろしい』って言ってたっけ」
「なんの罪もない子供が痛めつけられて死ぬ。こういうの見るとほんとに頭に来るし……気分悪いわ」
「カグヤ、何人やった?」
「十人くらい。あんたは?」
「同じくらい」
フレアとカグヤは、互いに半殺しにした冒険者の数を教え合った。
この二人、実に平等である。男も女も容赦なく顔面を陥没させる勢いで殴り蹴った。
ダニエルは頭をポリポリ掻く。
「お前らなぁ……殴られた奴らが集団でギルドに報告したら間違いなく降格……いや、除名処分もあり得るぞ。こんな言い方はしたかないが、罠避けはダンジョンじゃ……いや、イエロートパーズ王国だけは合法なんだよ」
「知らねーよ。こんなこと容認する冒険者なら首でいい」
「アタシも。ちょっと世界を知らな過ぎたわ……」
「はぁ……」
ダニエルはため息を吐き、五十階層の細長い通路を歩いて行く。
今更ながらフレアは気づいた。
「そういやここ、何もないな」
「ああ、幸か不幸か……ここは『転移階層』だ」
「転移階層?」
「そうだ。けっこう低い確率で出くわす階層で、この先には『転移魔方陣』が設置されてる。それに乗るとあら不思議。別の階層に転移しちまうのさ」
「へぇ~、なんか面白そうね!」
カグヤが笑って言うが、ダニエルは首を振る。
「アホ言うな。面白いなんてことはねぇ……下の階層に飛ばされるかもしれないし、何の準備もなしに九十階層なんかに飛ばされちまう可能性だってある。過去に、ダンジョン初挑戦の奴らがいきなり九十五階層に飛ばされて凶悪な魔獣に殺されたなんて話もあるんだぞ。しかもこの転移階層、いつどこで現れるか全く予測不能だ。このダンジョンを作った野郎の趣味とオレはみてるね」
要するに、全てランダム。
下の階層に飛ばされるか、上の階に飛ばされるか。誰にも予測できないのである。
上層階に飛ばされれば危険なSSレート級の魔獣が出てくるかもしれない。
「ま、行けばいいだろ」
「お前、お気楽だなぁ……」
「アタシ、上に行きたい!」
「だからランダムって言ってるだろ……」
『わぅぅん』
「お前はいいやつだな……ワンコ」
ダニエルはシラヌイを撫でた。
そして、通路の奥に到着。小部屋になっていて、床には模様が刻まれていた。
「これが転移魔方陣だ。これの上に乗ればどこかの階層に転移される」
「じゃ、行くか」
「ええ」
「ちょ、少しは躊躇うとかしろよ……」
フレアとカグヤは転移魔方陣の上に乗り、ダニエルとシラヌイも後に続いた。
すると……床の魔方陣が淡く輝きだした。
「とりあえず上がいいなー」
「そうね。ねぇ、次の階層行ったらおやつ食べましょ。クッキーあったわよね?」
「お気楽だなお前ら……」
『わん!!』
魔方陣が輝き、フレアたちの身体は光に包まれ消えていった。
◇◇◇◇◇◇
「お、到ちゃ───」
転移した場所は平原のど真ん中だった。
周囲には何もない見晴らしのいい原っぱで、大きな町の広場のようだ。
ただ、町の大きな広場には魔獣は……ロックゴレムと呼ばれるAレートの魔獣が集まり、転移した場所の中心に出たフレアたちを完全包囲したりしないだろう。
「「「…………」」」
『くぅ?』
しばし、茫然。
そして……ダニエルは言った。
「終わった……」
「いやいや、終わってないから」
『グォルアァァァァァッ!!』
『『『『『グルォォォォォッ!!』』』』
岩がくっついて人型になったような魔獣ロックゴレムが叫ぶと、フレアたちに気付いた他のロックゴレムたちも雄叫びを上げ、叫びが連鎖となり空間内全てのロックゴレムがフレアたちに気が付いた。
どこか悟ったような表情のダニエル。
「死んだ……ハズレもハズレ。どこよここ? 上層階なのは違いないな」
「ふん、こういうのを待ってたのよこういうの!! アタシが全部砕いて「待った」
フレアの左手が黄色の炎で燃える。そして、左手に巨大な爪手甲『大地の爪』が装着された。
第三地獄炎の魔神器が燃える。まるで、フレアの怒りに共鳴するかのように。
「ちょうどイライラしてたんだ……思いっきり発散させてもらうぞ」
フレアは、左手の『大地の爪』を地面に突き刺し、空間内全ての大地から黄色の炎が、まるで火柱のように吹き上がる。
ロックゴレムも異常を察知したが、もう手遅れだった。
「第三地獄炎『大地の爪』奥義!! 【地母神の怒り】!!」
大・爆・発。
ダンジョンそのものが崩壊しかねない威力で地面が爆破、ロックゴレム五百体は粉々になって消滅した。
唖然とするカグヤとダニエル。フレアは左手を抜き呟いた。
「うっし、終わり!!」
ちなみに、ここは五十九階層。分岐ルートのある六十階層の真下だった。
◇◇◇◇◇◇
「よし、次いく「ふんっ」あっだぁ!? な、なにすんだ!?」
フレアはカグヤに殴られた。
「あんたねぇ……こんなにいっぱい魔獣がいたのに一人でやるってどういうことよ!! アタシもやりたかったのにぃ!!」
「べ、別にいいだろ……けっこうイライラしてたし、いい気分転換になったよ」
「アタシは余計ムカついた!!」
『わぅぅん』
「ほ、ほら、シラヌイもやめろって」
「あんたをやれって言ってんのかもね……」
カグヤはご立腹だ。
それもそのはず。たくさんいた獲物を全て横取りされたようなものだから。だが、フレアにそんなつもりはない。第三地獄炎の奥義を試してみたかったし、イライラしていたのでガス抜きをしたかったのだ。
その代わり、カグヤのガスがさらに溜まってしまったが。
「じゃ、じゃあ、次はお前に譲るよ……って、顔近づけんなよ」
「うっさい!!」
「おいおいお二人さん。痴話げんかはやめとけ」
「はぁ!? 誰がこんな奴と痴話げんかよ!! 蹴り殺すわよアンタ!!」
「そ、そんなに怒るなよ……それより見ろ、次の階層だ」
フレアたちのいるすぐの場所に、どこからともなく石の円柱があらわれた。よく見ると中に階段があり、次の階層に進めるようになっている。
「どうやらパンデミック階層……大勢の魔獣全てを討伐しないと次に進めない階層だったようだ。しかもここ、五十九階層だ。次はいよいよ分岐ルート……ああ、中継地点でもあるな。一度外に出られるぞ」
「出て大丈夫なのか?」
「ああ。理由は不明だが、一度入って出ると最高到達階層からスタートできる。もちろん、その下から始めることも可能だ。このダンジョンの制作者は親切だね」
「じゃあ、一旦外出るか。腹も減ったし、外は夜になってるだろ」
「そうね。体力ばっちり回復させて、明日中に踏破してやるわ!!」
「マジでとんでもないなぁ……もうオレの出番いらないんじゃね?」
「まぁ、せっかくだし付きあえよ」
「いいけどな。三日の契約だし」
フレアたちは石階段を上り六十階層へ。
「へ?」
「え?」
「は?」
「ん?」
「先客か?」
「にゃ?」
そこに、なぜかプリムたちがいた。