断罪の天使ショフティエル
ダンジョンへの定期便が到着した。
プリムたちは荷車から降り、百階建ての『塔』こと『アメノミハシラ』を見上げる。
「ふわぁ……これがダンジョンですか」
「大きいですね……確か、空間歪曲という技術が用いられてるとか」
「そうにゃん。階層の広さは最大で町一つとかあるにゃん」
クロネはフードを被ったまま歩きだす。プリムとアイシェラも後に続いた。
ダンジョン前はかなりにぎわっている。小さな町のようなところで、露店や武器防具屋、情報屋や臨時冒険者ギルド、換金所や商隊などが集まっている。
「ダンジョンのお宝を換金したり、商人が珍しい道具を買ってくれるにゃん。宿屋もあるし、湯屋もある。昔はこんなににぎわってなかったみたいだけど……今じゃ立派な町にゃん」
クロネはどうでもよさげに歩いている。
プリムは珍しい物を見るかのようにキョロキョロし、アイシェラはそんなプリムにぴったりついていた。
町を歩くのは冒険者ばかり。そして……。
「え……あ、あれ」
「…………」
プリムは、三人組の冒険者パーティーを見た。
正確には、鎖に繋がれた二人の獣人。しかも……子供だ。黒い痣のような物がいくつも浮かび、目は死んでいた。
恐ろしいのは、子供たちを連れている冒険者パーティーが、とても楽しそうに嗤い合っていることだ。
「……道具にゃん」
「え……」
「あの子たちは『道具』にゃん。あの冒険者たちが腰に差してる剣やナイフと同じ……ただの道具」
「く、クロネ……」
「このイエロートパーズ王国は獣人の扱いが最低にゃん。本当に……」
クロネはフードを深くかぶり、歯を食いしばった。
アイシェラは何も言わず、プリムは……。
「私、ちょっと行ってきます!」
「にゃ」
「ちょ、お嬢様!?」
プリムは冒険者パーティーの元へ。
リーダー各らしき男に話しかけた。
「あ? なんだいお嬢ちゃん」
「あの、この子たちは」
「ああ、そこで買ったんだ。『罠避け』だよ」
「こんな小さな子を買うなんて、人としてどうかと思います! あなたたち、この子たちをなんだと思っているんですか!! 恥を知りなさい!!」
「……なんだこいつ? 可愛い顔してるくせにイキりやがって。相手してほしいのかい?」
「ふざけないで!! 人身売ば「お嬢様!!」もがっ」
アイシェラがプリムの口をふさいだが、もう遅かった。
冒険者三人組がイラついた表情でプリムを見ていた。
「済まない。その……わ、罠避けを買った場所を教えてくれ」
「……そんなもん、道具屋に決まってんだろ」
「ありがとう。迷惑料だ」
アイシェラは金貨一枚を男に渡し、プリムを引きずって離れた。
当然、プリムは怒る。
「アイシェラ!!」
「申し訳ございません。ですが、私はお嬢様の安全を考えた上で行動しました。お嬢様……このイエロートパーズ王国では、獣人は道具のような扱いを受けている事実、お受け止めください」
「っ……でも」
「あそこでお嬢様が怒っても意味がありません。それどころか、軽率な行動でお嬢様自身が危険な目に合うところだったのですよ?」
「…………」
うつむくプリム。
そこに、クロネが言う。
「どのみち、あの子たちはもう長くないにゃん。あの黒い痣、魔法研究所の実験で受けた痕……あの痣がある子供は、長くても一週間ほどの命にゃん」
「え……そ、そんな」
「見てわからにゃい? あの目……もう、命を諦めてるにゃん」
よく見ると、冒険者たちは獣人の子供を……『罠避け』を連れていた。
道具を携帯するのに罪悪感を持つ者はいない。獣人の子を鎖で引くのに、罪悪感などなかった。
「ぅ……」
「お嬢様。これが……現実です」
プリムは口を堅く結び、目に涙を浮かべる。
先ほどの冒険者たちは、ダンジョンの中に入ってしまったようだ。
「帰るかにゃん? ぬくぬくした温室で育ったお姫様には辛い現実にゃん」
「おい、やめろ」
「ふん……世界がどれほど臭いかを知らない奴」
「黙れ……っ」
アイシェラとクロネが険悪になるが、プリムはそこに割って入る。
「クロネ、アイシェラ。行こう」
「……」
「お嬢様……」
「私は平気。それに……これが現実でも、もう逃げないよ。私は、私にできることをするだけだから」
「……きっと辛いこと、いっぱいあるにゃん」
「それでも、私は進む。ようやく手に入れた自由だからね」
「……ふん」
クロネはそっぽ向き、アイシェラはそっとプリムに抱き着いた。
「お嬢様、お強くなられた……」
「そうかな? あと胸を触らないで」
「あん♪」
「台無しにゃ……」
クロネがげんなりした瞬間───。
「ふむ、ここが半天使の造りし塔、ですか」
全身の毛が逆立つかと思った。
ほんの十メートルほど後ろに、得体の知れない何かがいいた。
黒いローブ、黒い本、オールバックの髪型、縁なし眼鏡。そして、整った顔立ちが浮かべる微笑。
「クロネ?」
「おい、どうした?」
プリムとアイシェラは気付いていない。
獣人だからこその感覚。周囲を見ると、『罠避け』の子供たちも何かを感じ取ったのか震えていた。
クロネは真っ蒼になり、冷や汗をダラダラ流す。
「に……逃げるにゃん!!」
「え?」
「お、おい?」
「走れ!! 速く!!」
クロネは逃げ出した。
わけがわからないプリムとアイシェラはその場から動かない。プリムから一定距離離れたクロネの全身に激痛が走る。だがクロネは止まらない。
「く、クロ「走れっつってるにゃん!!」は、はいっ!!」
プリムとアイシェラは走り出した。
向かうはダンジョンしかない。プリムたちはクロネと並ぶと、ようやく質問できた。
「おい貴様、何を」
「ヤバい奴がいた。ヤバい、ヤバい……」
「や、やばい?」
「死ぬ。死ぬにゃん……あれは違う。人じゃない。あれは……やばい」
言葉になっていない。それに、クロネは真っ蒼になったまま前を向いていた。口元がカタカタ揺れ、平常心を失っているようだ。
そして、ダンジョンの入口に到着した。
入口には冒険者たちが並び、何やら騒ぎになっている……どうやら『罠避け』の獣人たちが震え始め、ピクリとも動かなくなったのだ。
「おい、なんだこれ……不良品か?」「こっちもだ。おい、動け!!」
「なんだぁ? 一斉に」「ったく、返品しなきゃ」
誰も、気付いていない。
原因が、『懲罰の七天使』の一人、ショフティエルということに。
クロネは、騒ぎになっている隙にダンジョンの入口に突っ込んだ。もちろん、プリムとアイシェラも一緒に付いていく。
「おい!! 待て!!」
「ごめんなさいっ!!」
「仕方ない……すまんが通るぞ!!」
冒険者の制止を無視し、クロネたちはダンジョンの中に逃げ込んだ。
◇◇◇◇◇◇
ショフティエルは、プリムたちなど見ていなかった。
「さて、始めますか……『断罪の書』」
手に持った黒い本のページが一気にめくれ、ばらばらになって宙に飛び出しては千切れていく。
他者の『罪』がページとなり、本そのものが『審判』を司る『黒神器』で、断罪と審判を司る天使であるショフティエルの力であった。
当然、黒い本からページが飛び出した瞬間は、大勢の冒険者たちが見ていた。
「なんだぁ?」「神父か?」「なにあの本?」
「特異種?」「おいおい、なんだよあれ?」
道化師を見るような感覚で集まる冒険者たち。そして、ショフティエルを警戒し武器に手を添える玄人冒険者たち。
だが、その判断は間違っている。正しい判断は……逃げ出すことだけだ。
「静粛に」
ピタリと、騒ぎが止まった。
正確には『審判の場』が形成され、ショフティエルがこの場を支配したのだ。
宙を舞う紙吹雪が『断罪天秤』へ姿を変え、この場に存在するすべての命の『罪』を計る。
「ではこれより、あなたたちの『罪』を計りましょう」
一方的な『断罪』が始まり……数百名いた冒険者たちは『紙』となってショフティエルの本に収まった。
「む……?」
だが、ショフティエルの『断罪』から逃れた冒険者たちもいる。
審判の場には射程距離があり、遠巻きからショフティエルの断罪を見ていた冒険者たちだ。ダンジョンに挑戦する玄人冒険者たちは不用意に近づかず、離れた場所からショフティエルを狙っていた。
「ふむ。裁きが足りないようですね……まぁ問題ありませんが」
だが、それも意味がなかった。
裁きは、平等に下される。
◇◇◇◇◇◇
「じゃ、行くわよ」
「うん」
ミカエルとラティエルは、ダンジョンに向かって空を飛んでいた。
目指すは最上階。すべては、必ず現れるであろうフレアの元へ。




