堕天使の行方
「ダニエル? ああ、あの案内人ね。うだつの上がらない一等冒険者か」
「あいつ、面白い奴だぜ。宴会では得意の腹芸でみんなを笑わせやがる」
「万年一等冒険者のダニエルか。今日も冒険者に頼み込んでダンジョン潜ってんじゃねーの? もう十年以上ダンジョンに潜っているらしいぜ」
「ま、嫌いじゃないね。あいつ、戦闘はからっきしだけど、ダンジョンと魔獣の知識は豊富だぜ。新人とかはあいつのおちゃらかけた態度をあざ笑うけど、玄人になればあいつのすごさがよくわかると思う」
「あたし、ダニエルに銀貨三枚貸してんのよ。今度ダンジョンでお宝見つけたら返すって……ま、信じてるわ。ダニエル、約束は守るしね」
「ダニエルならダンジョンにいるぜ。あそこの安宿を使ったり野宿したり、金が入ったら町で飲み歩くんだよ。けっこう話しやすいぜ」
これらは全て、プリムとアイシェラとクロネが冒険者ギルドで集めた情報だ。
「「「…………」」」
出るわ出るわ。これでもかと出る。
イエロートパーズ王国に住んでいる堕天使ダニエル。
冒険者ギルドの人たちに話を聞くと、知らない人はいなかった。
一等冒険者ダニエルとして、ダンジョンを拠点に稼いでいるらしい。
プリムたちは冒険者ギルドの外へ。近場にあるカフェで休憩し、これまでの情報をまとめる。
「……なんか、馬鹿馬鹿しいにゃん。情報屋とか必要なかったにゃん」
「待て。そのダニエルとかいう冒険者が堕天使である証拠はない。同姓同名の別人かもしれん」
「で、でも。とりあえず会ってみるのはどうでしょう? ガブリエル様は手紙を渡せばわかるって言ってましたし……」
「ま、なんの手がかりもないにゃん。ダンジョンに行けばわかるにゃん」
というわけで、プリムたちはダンジョンに向かうことに。
情報によると、ダニエルはダンジョンで案内人をして稼いでいるようだ。有能そうな冒険者に身売りし、ダンジョンに同行して階層の案内人として働いているらしい。
「五十階層までならダニエルに任せて安心……と言われているようだ。大したものだな」
「ダンジョン……お宝の匂いがするにゃん」
「でも、三等冒険者じゃないと入れないって……ちょっと入ってみたいです」
「駄目ですお嬢様。お嬢様になにかあったら」
「わかってますー」
プリムは注文した紅茶を飲みながらため息を吐く。
「ダンジョンかぁ……フレアがいたら喜んだだろうなぁ」
「あの馬鹿なら興奮して突撃したでしょうね」
「今頃、何してるかなぁ? レッドルビー王国にいるのかな?」
「そうですね……おそらく、砂漠で生き埋めになってるとか、ドラゴンに喰われたとか、そんなところでしょう」
「そんなことありませぇん!!」
「うっさいにゃあ……」
クロネはジュースを飲み干し、大きく欠伸をした。
そんなクロネを見て、プリムは質問する。
「クロネ、ダンジョンってどんなところですか?」
「……お宝があるにゃん。あと、死体も山ほどあるにゃん」
「し、死体?」
「そうにゃ。ふふ、罠避けとして買われた獣人奴隷の死体にゃ……アメノミハシラは百階層まであるダンジョンで、六十階層より上は三つのルートに分かれるにゃ。その中の一つ、迷宮階層にはおびただしいほどの罠が張り巡らされている。罠避けの獣人を買って先行させ使い潰す、そんな手段が多く使われてるにゃん」
「そ、そんな非道、許されるわけが……!!」
「ここ、イエロートパーズ王国は許されるにゃん。奴隷の命は軽い……獣人は特にね」
クロネは飲み干したグラスの淵を指でなぞる。
アイシェラは無言で目を伏せた。いつもなら会話に割って入るが、いい機会だと考えた。
この世界は決して綺麗なだけではない。
冒険に出ると言うことは、そういう闇の部分に触れる機会がいくらでもある。プリムがこの現実に耐えられないようなら、やはりブルーサファイア王国に連れ帰るべきだと。
「で、どうすんにゃん? ダンジョン行く?」
「……行きましょう。ガブリエル様の依頼を果たさなきゃ」
「お嬢様……よろしいのですか? ダンジョンに行けば、見たくない現実を見るやもしれません」
「大丈夫。それも立派な冒険、でしょ?」
プリムはにっこり笑う。
三人は立ち上がり、ダンジョン行きの定期便へ向かって歩き出した。
「いっぱい冒険して、フレアに会ったら自慢しようっと」
「私は会いたくありません。お嬢様と二人きりで冒険したい」
「私はヤダ」
「はぅぅぅっ!!」
「うっさいにゃん。つーか、うちも邪魔って言ってるのかにゃーん?」
「当然だこのネコミミめ」
「だ、誰がネコミミにゃん!! この黒髪馬尻尾!!」
「なんだと貴様!? 誰が馬尻尾だ!!」
「二人とも喧嘩しなーい!! ほらほら、定期便定期便!!」
プリムは走り出し、アイシェラが追い、プリムから一定距離離れると首輪に電流が走るクロネは慌てて走り出した。
当然ながら、この三人は知らない。
フレアがカグヤという仲間を連れ、ダニエルという案内人を雇ってダンジョンに挑んでいることなど、露ほど思わなかった。