BOSS・聖天使協会第十二階梯天使モーリエ②
「貴様、なぜ地獄の炎を扱える……しかも今なんて言った? 呪術師だと?」
「うん。俺、地獄門の炎を全部喰らったんだ。出てきたら村は滅んでるし」
「…………馬鹿も休み休み言え!!」
小デブ天使は両手に光の槍を構え、俺に向かって投擲する。
だが俺は両手に炎を集中させ、光の槍を相殺する。すると小デブ天使は少し冷静になったのか、小さく息を吐く。
「間違いない……地獄の炎」
「だからそう言ってんじゃん。とにかく、町やパン屋を壊すお前はぶっ飛ばす!!」
屋根の骨組みを伝い、空を飛ぶ小デブ天使に向かって跳躍する。
身体能力には自信がある。小デブ天使との距離は数メートル。炎を纏った拳で殴ろうと振りかぶり――。
「ヌルい!!」
「なっ!? うっわぁっ!?」
光の槍で受け止められ、そのままパコーンと弾かれた。
この小デブ天使、かなりの腕力がありやがる。
「先程は不意打ちを食らったがもう喰らわん!! 認めよう、それは地獄の炎……この世界を焼き尽くす災いの炎。天使が生まれた理由が目の前に!! ああ神よ……このモーリエに試練をお与えになるというのですね!!」
「何言ってんだお前?」
「いいでしょう。このモーリエ……全身全霊を尽くしましょう!!」
「は? いやあの」
小デブ天使は本気になったのか、光の槍を数十本展開して周囲に浮かす。
そして、その内の二本を両手で掴み、俺に向かって飛んできた。
やばい、ここ足場悪い。
「っく……」
一瞬だけ下を見ると、まだ人がいた。
パン屋にはアイシェラを抱きしめるプリム。
パン屋の外には逃げ惑う人々。
まずい。ここじゃ戦えない。足場も悪いしやりづらい。
「なら……ひとまず逃げる!!」
「な、待ちなさい!!」
「やーなこった!!」
俺は屋根を伝い逃げ出す。
広い場所でこの天使を迎え撃つために周囲を見ながら走る。
壁を蹴って登り、煙突を片手で掴んで登り、障害物を飛び越えて進む。
「っく、なんと逃げ足の速い……!!」
「へっへー!!」
突起の多いこの町の壁は、俺からすれば普通の地面と変わらない。
先生との修業では、ツルツルの壁を呪術なしで登るものもあったからな。
時折飛んでくる光の槍を躱し、町の中央までやってきた。この広場にはもう人がいない。避難誘導でもしたのか、静まりかえっていた。
俺は中央広場まで進み、民家の屋根から飛び降りた。
小デブ天使も、翼を広げて光の槍を持ったまま地面に降りる。
「ほぉ……ここならやりやすいですな」
「ああ。ようやくマジでやれる。覚悟しろ、ここからが喧嘩だぞ!!」
「ふん。豚が……地獄の炎を使える理由はわからんが、貴様を始末して聖天使教会に報告せねば!!」
「よし、やるか!!」
ようやく、ガチなバトルの始まりだ!!
◇◇◇◇◇◇
俺は両手に呪力を、そして炎を込めて……あれ? ちょっと思いついた。
「名付けて『呪炎弾』……思いつきだけど、いけるかな?」
両手の親指を立て、中指と人差し指以外の指を折り畳む。指突の型だけど……もしかしたら。
俺は指先に炎を集中させ、小デブ天使に向けた。
「なにをするつもりか知りませんが……」
「いや、思いつき。悪いけど、あんたでいろいろ試させてもらう」
「生意気言うんじゃねぇぞガキが!!」
小デブ天使はいきなりキレた。
こいつ、情緒不安定だな。
「我が光の槍で消えろ!!」
「やなこった!!」
数十本の光の槍が展開し、俺に向かって飛んでくる。
俺は右手に炎を纏い光の槍を叩き落とし、左手を小デブ天使に向けて炎を発射した。
「ぬっ!? この、こざかしいっ!!」
「おららららららららっ!!」
ドドドドドドドッ!! と、握り拳くらいの大きさの炎が発射される。
小デブ天使は光の槍を重ねて盾のようにするが、炎は槍を燃やしついに小デブ天使に直撃した。
「あぁぁぁぁっっづぁぁぁぁっ!?…………!?!? いだぁぁぁぁぁっっ!? なななんじゃごりゃああぁぁっだだだだぁぁぁっ!?」
「よし成功。炎に呪術を乗せられるのか……そういえば地獄の炎は呪術師が使ってたんだっけ」
「いっだぁぁぁぁぁっ!? ぎぎざまぁぁぁぁっ!! なにをじだぁぁぁっ!?」
「え。虫歯と口内炎の呪いだけど」
炎が肉を焼き、込めた呪術が肉体を蝕む。これ以上の地獄はないだろう。
小デブ天使は泣き顔で顔を歪め、パンパンに腫れ上がった顔を両手で押さえる。
キツいよな……全部の歯が虫歯に侵されてるんだもん。しかも口内炎三十個のおまけ付き。
「ぐっぶぉぉぉぉ……いだい、いだいぃぃぃぃっ!!」
「隙アリっ!!」
小デブ天使は戦いに集中できず、泣きながら蹲ってしまう。
俺は勝機を感じ、全身を炎で包んで小デブ天使に接近した。
「プリムを狙う悪い奴は……燃えちまえぇぇぇっ!!」
真っ赤な炎を拳に乗せ――――。
『熱いねぇ……火火火火っ、でも、まだ足りねぇな』
「――――っ!?」
真っ赤な何かが、俺の頭の中にイメージとして写った。
そして、俺は無意識に叫ぶ。
「第一地獄炎『火之迦具土』・桜花蓮撃!!」
四肢に真っ赤な炎を乗せた連続攻撃。
虫歯、口内炎、急性胃腸炎、胃潰瘍、偏頭痛。状態変化の呪いのフルコースを、炎と共に叩き込む。
「どらららららららららららぁぁぁぁぁっ!!」
「おぎゃうべごっばぶぼへがべっ!?」
「せいやぁぁぁっ!!」
「ぶっぎょばぁぁぁっ!?」
全身火傷で火だるまになった小デブ天使は、最後の跳び蹴りで吹っ飛んだ。
人間に炎を使うと燃え尽きたのに、天使は燃え尽きず黒焦げになるだけだ。耐久力がすごい。
服も背中の羽も燃え、素っ裸になった小デブ天使は、地面に転がるとピクリとも動かなくなった。
「押忍っ!!」
俺は拳を突き出し、勝利の構えを取った。
◇◇◇◇◇◇
小デブ天使を放置し、俺はパン屋へ戻った。
すると、プリムがアイシェラの背中に手を当てている。よく見ると手がボンヤリ発光していた。
「なにしてんだ?」
「うっきゃぁぁっ!? え!? あれ、フレア!?」
「お、おう。そんなに驚かれるとは思わなかった」
「あああああのそのののっ!! ここ、これは!!」
「はい?」
「姫様、落ち着いて。どうやらこの馬鹿は理解していません。私の身体を弄ぶ行為をお続けください」
「死ね。あの、フレア……私、その」
「??????????」
本気で意味がわからず首を傾げる。
意味分からん。手が光ってアイシェラの背中を撫でてただけだろ。
あれ……?
「アイシェラ、怪我は?」
「見てわからんのか。姫様の『治癒魔法』で治していただいた」
「へー、プリムってすごいんだな」
「…………」
「姫様。こいつは世間知らずのクソ馬鹿なので大丈夫でしょう」
「おいこら、お前マジで口に気を付けろよ。虫歯だらけにしてやるぞ」
「おおやってみろ。姫様がお前の呪術などすぐに治療してくださるわ。私の身体を弄び、胸を触り下半身に手を伸ばし……」
「アイシェラ、死ね。フレア……私の治癒魔法のことは内緒でお願いします」
「わかった。とにかくここから離れようぜ。あの小デブ天使は黒焦げにしてやっつけたからもう大丈夫だと思う」
「て、天使を倒したのか……この馬鹿、かなり使えそうですね、姫様」
「くらえ口内炎!!」
「ほっがぁぁっ!? きききさまっ!! いたいいたいいたい!!」
「行こうぜプリム。アイシェラはしばらくあのままだ」
「は、はい」
アイシェラの口の中に巨大口内炎を何個か作り、俺たちは宿へ戻った。