BOSS・聖天使協会第十二階梯天使モーリエ①
パンのいい匂い……村でも、こんなパンは見たことが無い。
村で食べたパンは、小麦粉をこねて焼いただけの固いヤツだった。でも、この店に並んでいるパンは……ふーわふわだよ、ふーわふわ。
俺たちは、木のトレイを渡された。
「これに好きなパンを載せてお会計……ですよね?」
「はい。姫様、お好きな物をどうぞ。私が取りますので」
「ありがとうございます。では……」
「なぁなぁ、なんでもいいのか? 俺、どれを選んだら」
「田舎者め……好きな物を選べ」
「よ、よーし!」
初めてのパン屋。
今ならはっきり言える。俺……護衛になってよかった。
プリムに感謝しつつパンを物色する。
「よし、この丸いのと細長いの。あと黒いやつと曲がったやつ!」
「フレア。そんなに食べられるのですか?」
「おう。腹へったしな。プリム、お前もいっぱい食べろよ」
「はい。ではアイシェラ、こちらのクロワッサンを」
「はっ! 僭越ながら、私も姫様と同じ物を選ばせていただきます。つまり、私と姫様は胃を通じて繋がるという……くっふ、姫様と胃で」
「アイシェラ、あなたは食事抜きです」
「うっ……ふぅ。そ、それがお望みですか……わかりました」
「なぁプリム、こいつ置いていかね?」
「真剣に考えさえていただきます……」
次の瞬間――――パン屋の天井が爆発した。
◇◇◇◇◇◇
「姫様!!」「プリムっ!!」
「え? え?」
アイシェラがプリムに覆い被さり、俺は叫ぶと同時に降り注ぐ瓦礫を回し蹴りで払う。
天井が爆発した。
違う。何か大きな力を受けて崩壊したんだ。
「なんだぁぁっ!?」「きゃぁぁぁっ!!」「う、うわぁぁっ!!」
「にげろぉぉっ!!」「ま、マイク、まいくぅぅっ!!」「おかあさーんっ!!」
店内は、瓦礫を喰らった人や慌てる人でごった返す。
血を流す母親、泣き叫ぶ子供、瓦礫に押しつぶされた老人……ひどい。
アイシェラは、瓦礫からプリムを守った。
「だ、だいじょうぶ、ですか……ひめさま」
「あ、アイシェラ!! アイシェラ!?」
「うっ……」
「見せろ」
俺はアイシェラの背中を見る。
強引にシャツを破るとプリムが「あっ」と言うが無視。肩と胸に酷い痣ができていた。瓦礫を受けてしまったのだろう。
俺は呪符を取り出し、アイシェラの痣に当てる。
「『自己修復』……少しはよくなるはずだ」
呪符が淡い光を帯び、アイシェラの顔が驚きに染まる。
「痛みが引いていく……!?」
「自己治癒能力の強化だ。あくまで痛みを和らげるだけで、完治まで時間がかかる」
「…………ふ、フレア」
「プリム。お前は怪我……」
プリムは、無くなった天井を見ていた。
同時に、俺は上を向く。
「……な、なんだ、あいつ?」
「あ、ぁぁ……う、うそ」
「プリム?」
プリムは、カタカタ震えていた。
でっぷりした男が浮いていた。白いローブを着て、十字の紋章が刻まれている。
男は、こちらを見ること無く言った。
「私は、聖天使教会第十二階梯天使モーリエ。ホワイトパール王国第七王女プリマヴェーラ。出てきなさい」
決して、大きな声ではなかった。
それでも、モーリエと名乗った『天使』の声は、町によく響いた。
「あ、ぁ……う、うそ、うそ」
「プリム、あいつはなんだ? あいつ……敵なのか!?」
「せ、聖天使教会……て、天使、です。に、人間の進化形、最強の種族」
「……あれが天使? おっさんじゃん」
宙に浮く小デブ、それが俺の感想だった。
すると、小デブは俺のほうをジロッと見る。
「豚」
「は?」
「臭い……全く。家畜の分際で」
「え? あの、何言ってんの?」
小デブは手を俺に向けると、純白の光が俺に向かって飛んできた。
「は!? ちょ」
俺は瞬間的に両手に『炎』を集中させ、光の何かと相殺した。
よかった。炎で相殺できた……って、なんだこの小デブ。
「おい、お前がパン屋をこんなにしたのかよ!! 俺まだパン食ってなかったんだぞ!!」
「…………なぜ生きている?」
俺に興味ないのか、小デブは光を放った後すぐに前を向いていた。
この野郎……いい加減、頭にきたんですけど。
「おいプリム。こいつは敵か?」
「え……」
「ぶっ倒していいのか?」
「……だ、ダメです。天使と人間では格がちがいます!! 人間の武器では天使に傷一つ付けることができません!! 天使は、天使は……全てにおいて別次元の存在なんです」
「ふーん。で、敵なんだな? つーかお前を狙ってるみたいだぞ?」
あ、しまった。余計なこと言ったかも。
小デブは俺を、いや……プリムを見た。
「ふむ。上等な豚ですな。あなたがホワイトパール王国第七王女プリマヴェーラですな?」
「っひ……」
「あなたを始末して私の任務は終わりです。では」
小デブの手から光の槍が飛ぶ。
俺はプリムを守るため前に出て、光の槍を炎の拳で弾く。
「……? なぜ『天使の槍』を防げるのです?」
「さぁな。でも、わかった……おい小デブ、てめーは俺がぶん殴る!!」
「……豚。豚が天使に勝てるとでも?」
豚豚やかましいな。
俺は気合いを入れ、瓦礫を伝ってパン屋の天井へ。
そして、見た。
被害はパン屋だけじゃない。この野郎……。
「小デブ、てめぇ……町をぶっ壊したのか!?」
「? 豚小屋を壊したところで何か問題が?」
「……つーか、見た目からして豚はお前だろ? この豚野郎が」
「ふむ。天使にここまでの口が利ける豚は今までいなかった。まぁ豚に変わりないが」
「じゃあてめーをブーブー言わしてやるっ!!」
俺は両手を燃やしながら、小デブに殴りかかる。
屋根がなくなったので、骨組みの上を走る。だが小デブは俺の拳を難なく躱し……。
「炎?……ん? ッッッ……!!」
小デブに殴りかかろうとしたら、顔色が変わった。
「な、な、な……ま、まさか、じ、地獄の炎だと!? き、貴様はいったい!?」
「どぅらぁぁっ!!」
「ぶっがっばぁぁっ!?」
驚いた小デブの鳩尾に、俺の拳が炸裂。
ジュゥゥ~ッと肉の焼ける音と香りがして、小デブの腹は大きく火傷が広がった。
「ぎゃぁぁぁぁぁっっ!? あっじじゅあぁぁっぁぁぁぁぁっっっぁ!?」
「よっしゃ。効くみたいだな!!」
「なな、なんでだ……地獄の炎は、地獄門の魔王は燃え尽きたハズじゃ……っ!!」
「地獄の魔王? なんだそれ? 炎なら俺が全部食べちゃったけど」
「はぁぁぁぁぁっ!?」
腹を押さえながら小デブは浮き上がり、汗をダラダラ流していた。
だが、表情が変わる。
怒りに染まり、顔が醜く歪んだ。
「己、己、己!! おのれぇぇぇっ!! 豚がこのオレを舐めんじゃねぇぞっ!! 天使をなめんじゃねぇぇぇぇっ!!」
「いい匂いだな。豚の焼けるニオイだ」
「ダマらシャァァァァァァァァァァッ!!」
なんと、小デブの背中から2枚の翼が広がり、両手に銀色の槍が生まれた。
「聖天使教会第十二階梯天使モーリエ!! テメェはオレが始末する!!」
そう言えば、先生が言ってたっけ。
相手が名乗ったら、こちらも名乗れ。どんな相手だろうと、礼儀は尽くせと。
俺は構え、名乗る。
呪術と体術の融合である呪闘流。先生に教わったのは呪闘流・甲の型。その三級が俺の位だ。
呪術師としては下の位だ。でも、どんな位だろうと真剣勝負において名乗ることは重要である。
「呪闘流甲種第三級呪術師ヴァルフレア。さぁ、呪ってやるよ!!」
こうして、俺の戦い……初めての天使との戦いが始まった。




