女三人、旅支度
ブルーサファイア王国・ギーシュの執務室。
「う、噓だろ……」
ギーシュは、フレアから届いた手紙を見て愕然とした。
ニーアを無事に届けたこと。ニーアがダルツォルネの養子になったこと。カガリビが十二使徒の襲来で死亡し、ダルツォルネが王になったこと。そしてフレアが十二使徒を倒したことなどが書かれていた。
「じゅ、十二使徒を倒したってのか……そ、それに、第一皇子ダルツォルネが王になるなんて……しかも、第二皇子は死亡って、これじゃ第一皇子の天下じゃないか」
ギーシュは、内心でカガリビが王になればいいと考えていた。
カガリビの性格なら、金をちらつかせれば互いにいい関係を結べる。内乱が起きればフレアを始末できるし、ギーシュの見立てではカガリビが僅差でダルツォルネに勝つと予想していた。
ダルツォルネは生粋の武人。付いてくる者は付いて行くだろうし、金では動かない心がある。
「なんてこった……」
「ふん。まさか十二使徒を倒すとはね……呪術師め、やるじゃないか」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!? がが、ガブリエル様ぁぁぁっ!?」
いつの間にか、部屋にはガブリエルがいた。ギーシュの背後からヌッと顔を出し、手紙を読んでいる。
ギーシュを無視し、ガブリエルは呟く。
「レッドルビー王国にはコクマエルがいたね。あの頭でっかち、妙なことをしてないといいが……」
「あ、あの」
「まぁいい。おいギーシュの坊、いくつか仕事をしてもらうよ」
「え……」
「王には許可をもらってる。『ギーシュに経験を積ませてやってくれ』だとさ」
「…………」
う、売られた……。
ギーシュは瞬間的にそう感じた。父がガブリエルに逆らえるはずがないのである。
「さ、仕事さね。キリキリ働きな」
「…………はい」
ギーシュは泣きたくなり、ガブリエルの指示に従った。
◇◇◇◇◇◇
プリム、アイシェラ、クロネの三人は、ブルーサファイア王国城下町で買い物をしていた。
旅の支度金で必要な物を揃えていく。ちなみに、クロネがアドバイスしてくれた。
「イエロートパーズ王国は王都しかない国にゃん。海路でしか行けず、陸路だとヤバい平原を越えないといけないから、ほとんど閉ざされた国にゃん」
「危険って……どれくらい?」
「Sレートは当たり前、ヤバいとSSレート、最悪の場合SSSレートも出るにゃん。あの国の連中は基本、外に出ないにゃん」
「ふむ……さすがに詳しいな」
「……ま、ちょっとね」
クロネは少しだけ俯く。プリムとアイシェラは気になったが、踏み込んではいけない気がした。
アイシェラは話題を変える。
「魔法の国だったか……私も少しは魔術の心得がある」
「そうなのかにゃん?」
「ああ。だが、魔力が少なく魔法も初級しか使えない。魔法剣士になる夢を諦め、騎士としてお嬢様のお傍にお仕えしているのだ」
「アイシェラ……」
「ま、そんなことより武器屋に行くにゃん。うちもあんたも装備を整えないとにゃん」
「おい、そんなことってどういうことだ」
「ま、まぁまぁ。それより、武器屋です武器屋!」
そこそこ長く滞在しているが、武器屋に入ったことはないプリム。
クロネに案内され武器屋へ。店内は剣や槍がいっぱいあった。
「貧相な感想にゃん……剣や槍がいっぱいって」
「こ、心を読まないでくださいぃ!」
「ああ、お嬢様かわいい……抱きてぇ」
「アイシェラ、黙って」
「おっふ……ぅぅ」
「……とにかく、買い物にゃん」
プリムたちは、必要な道具を物色し始めた。
◇◇◇◇◇◇
プリムは特に買うものがないので、クロネの様子を見に行く。
「えーと、あれとこれと……にゃん? なんか用かにゃん」
「いえ、わたしは特に買う物がないので……」
「護身用にナイフくらい持っとけにゃん。言っておくけど、うちは案内人で護衛はしないにゃん」
「護身用……スカートの内側に毒蛇を隠し持ってますけど」
「なにそれ……あんた、やっぱり変にゃん」
「へ、変じゃないですぅ!」
アイシェラに襲われたときのためにと、フレアが持たせてくれた蛇だ。特殊な薬で仮死状態にしてあるため、噛まれる心配はない。
クロネはため息を吐き、武器を物色している。
「クロネ、いっぱい買うんですね」
「まぁにゃん。身を守るための道具はいっぱいあったほうがいいにゃん」
クロネは、毒針用の針、投擲用ナイフ、短剣数本、鎖などをいくつも買う。
そして、珍しい物を見つけたのか、細い籠手を手に取った。
「へぇ、珍しい武器があるにゃん」
「それは?」
「折り畳み式の短弓にゃん。しかも仕込みブレード付き」
「フレアが持ってたのと似てますね」
「あいつのは純度の高いオリハルコン製。これは合金製にゃん。まぁ……使えそうにゃん」
クロネは籠手を装備し、手首を反らしてブレードを、手首を猫の手のように反らし短弓を出す。
「うん。買いにゃん。って、見てないであんたも武器選ぶにゃん」
「え、でも」
「毒蛇を武器なんていう奴はアホにゃん。ほら、選ぶにゃん」
「あ、は、はい……えへへ」
「……なに笑ってるにゃん」
「いえ、なんだかその……お友達みたいで」
「…………」
プリムは、クロネと一緒に護身用折り畳みナイフを一本買った。
◇◇◇◇◇◇
アイシェラは鎧を物色していた。
剣は自前のがあるので買わず、鎧だけ買おうと悩んでいるようだ。
折り畳みナイフをポケットに入れたプリムは、クロネと一緒にアイシェラの元へ。
「アイシェラ、何買うか決めた?」
「……難しい問題です。値段の割に質も悪くないのですが、どうもしっくりこない」
「鎧なんて邪魔なだけにゃん。あんた、避けることできないのかにゃん?」
「うるさい。貴様のような泥棒猫と一緒にするな」
「うちはアサシンにゃん。泥棒じゃないにゃん!」
「暗殺者であることを誇りとしているのか? ふん、恐ろしいな」
「なに……!!」
「二人ともやめなさい!! アイシェラ、クロネの悪口言わないの。クロネも落ち着いて、ね?」
「はい、お嬢様」
「ふん……って、頭を撫でるにゃ!?」
プリムはクロネの頭を撫でたが、手を跳ねのけられた。
「貴様……お嬢様のなでなでを拒絶するとは何事だ!!」
「やかましいにゃん!! 人の頭に触るにゃ!!」
「にゃんにゃんやかましい!!」
「猫族だからしょうがないにゃん!!」
アイシェラとクロネがギャーギャー騒ぎ、ついにプリムが怒鳴る。
「いいかげんにしなさーい!!」
三人は、武器屋を追い出された。
◇◇◇◇◇◇
結局、アイシェラの防具は買えなかった。
仕方なく、フレアと一緒に旅をしていたときに買った胸当てだけを装備することにした。
テントや野営の道具も新調し、保存の利く食料も買い込んだ。これらは全て家に届けてもらうことに。
その後、三人で町を歩き、食事や何気ない散策をして時間を潰し、夜になって夕飯を済ませ、家に戻る。
買ったものが届き、少し困ったことに。
「かなりありますね……アイシェラだけに持たせるのはちょっと」
「確かに。ならこうしましょう、お嬢様の衣類や下着、私物を私が管理し、その他の物をクロネに持たせるということで」
「ふざけんにゃ!!」
「アイシェラ、腕立て百回」
「はいぃぃぃぃっ!! 1、2、3、4……」
腕立てを始めたアイシェラを放置し、クロネが言う。
「あんまり見せたくなかったけどしょうがにゃい。荷物はこれに入れるにゃん」
「……それは? 小さな巾着ですか?」
青い小さな巾着を胸元から取り出すクロネ。どう考えても入りそうにない。
「これ、魔法の袋にゃん。昔に受けた依頼の報酬でもらったにゃん。かなり貴重な物だから誰にも言わにゃいでほしいにゃん」
「魔法の袋……不思議なものがあるんですねぇ」
「55、56……なるほど、それは便利、57、58!!」
巾着を開け、折り畳み式テントを入れようとすると、にゅるるるーっと収納された。
他の道具も全て収納したが、巾着のサイズは変わっていない。
「さて、準備完了にゃん。あとは出発までにイエロートパーズ王国のことをいろいろ話しておくにゃん」
「よ、よろしくお願いします」
「99、100!! よし終わり!! お嬢様、次の命令を!!」
「じゃあ腹筋千回」
「はぃぃぃっ!! 1、2、3、4……」
旅の支度は整った。
女三人、イエロートパーズ王国の旅が始まる。




