西の町
「西の町かぁ。村は見たけど、町は初めてだ」
「ふふ。フレアってば嬉しそう」
「姫様。そのケダモノに近付くのは危険です。彼の頭の中ではきっと、姫様はあられもない姿に……」
「アイシェラ、気持ち悪い」
「うっ……ふぅ。おい貴様、私と姫様の裸体を拝んだことは忘れんぞ」
「へいへい。裸くらい良いじゃん……」
俺たちは、西の町を目指し歩いていた。
動きやすい服と靴に着替えたおかげで、プリムとアイシェラの歩みも軽やかだ。
村を出て数日。キャンプにもようやく慣れたのか、プリムは楽しそうに言う。
「ねぇねぇフレア、今日のお夕飯はなにかしら?」
「そーだなー……また蛇でも捕まえたいな。昨日採った山菜やキノコがあるから、蛇と山菜のスープとかどうだ?」
「まぁ、なんて美味しそう!!」
プリム、キャンプ料理にハマったんだよなぁ。
山菜とイノシシ肉の丸焼きとか、鳥の丸焼きとか、蛇の丸焼きとか……俺が好きな野外料理をことごとく食べては感動していた。あんなによろこばれると俺も嬉しいんだよね。
「ま、道中で獲物を見つけたらのお楽しみかな」
「はい!!」
「くっ……私だって姫様の役に立ちたいのにぃ」
ちなみに、今日の夕飯は宣言通り蛇の山菜スープだった。
◇◇◇◇◇◇
初めて見た町は、俺にとって衝撃だった。
「すっっっっっげぇぇぇぇ……これが町なのか!!」
人、人、人……人がいっぱい。
大きな建物、たくさんの人、見たことの無いものが溢れている。
俺はキョロキョロしかできない。見る物全てが珍しい!!
「ふふ。どうですかフレア。これが町です!!」
「すっげぇ……俺、めっちゃ感動してる……こんな世界があったなんて」
「おい、馬鹿みたいに口を開けて周りを見るな。ピシッとしろ。あ、姫様はお口を開けても構いませんよ? そのかわいいお口に指を突っ込んでぺろぺろしてほしい」
「死ね♪」
「うっ……ふぅ。よし、まずは宿を取るぞ」
「あんた、マジで気持ち悪いな」
アイシェラから離れる俺とプリム。
正直、気持ち悪かったが付いていく。向かったのは……なんかデカい宿だった。
「で、でっけぇ……ここに泊まるの?」
「そうだ。私と姫様、お前はクローゼットだ」
「俺だけひどくね?」
「護衛だからな。不審者がいたらいつでも飛び出せるように隠れているんだ」
「…………あんたを殴らないようにしないとな」
受付を済ませ、いっちばん広い部屋に通される。
つーか、こんな部屋に泊まるのはいいけど、金は大丈夫なのか?
「なぁ、金はあるのか?」
「ああ。宝石と現金は山ほどある。換金しながら旅をしても、この世界を十周くらいできるぞ」
「…………さいで」
「ふぅ……アイシェラ、お茶が飲みたいです」
「はっ!! では支度します」
この女騎士、マジでぶれないな。
俺はソファに寝転がり、手足をグイッと伸ばした。
「で、馬を手に入れてブルーサファイア王国へ行くんだっけ? 俺、馬は乗ったことない」
「わ、わたくしもです……」
「大丈夫。姫様は私の後ろへ乗せますので。お前は走って付いてこい」
「俺の扱い雑すぎ!!」
少し休憩し、町へ出かけることにした。
フカフカのソファやベッドも捨てがたいが、やっぱり町に出たい。
プリムが俺が見る方向を説明してくれる。
「あれは?」
「あれはパン屋さんです」
「あれは?」
「あれはお菓子屋さんです」
「あれは?」
「ええと、あれは薬屋さんですね」
「あれは?」
「えっと……ぶ、武器屋ですかね?」
「あれは?」
「えっと、八百屋さん」
「あれは?」
「えっと、あ、あれは、その……しょ、娼か「おい貴様!! 姫様に何を説明させる気だ!!」
「え、だってわからんから」
「っく……そ、そんな羞恥プレイを無自覚でやるとは……面白い。では私と勝負しろ。どちらが姫様を悶えさせることができるか」
「アイシェラ、クソだなお前」
「ひ、姫様が乱暴な口調で私を……うっ……ふぅ」
「なぁ、メシ食おうぜ。俺、あそこのパン屋にいきたい」
「では、参りましょうか。フレア」
ふわふわのパンが売っている店に向かおうとしたら、妙な連中が俺たちを囲む。
「ん? なんだ? アイシェラの知り合いか?」
「気安く名を呼ぶな。それと、そんなわけあるか」
数は三人。デブとガリガリとチビ助だ。
チビ助がニヤニヤしながら言う。
「よぉ兄ちゃん。可愛い子を連れてんじゃん……いいねぇ」
「そうか? プリムはともかく、アイシェラは性格がクソだぞ?」
「おい貴様、私を侮辱するのか!!」
「だって本当じゃん。なぁプリム」
「はい♪」
「はうっ……ひ、姫様がぁ……くぅぅっ!!」
「おいこら無視すんじゃねぇ!! 兄ちゃん、金だしな!!」
チビ助とデブとガリガリが俺たちを囲む。
よくわからんが、お金が欲しいみたいだ。
「なぁアイシェラ、お金欲しいんだって」
「馬鹿者。こいつらはカツアゲだ。弱そうな連中をカモにして金品を巻き上げる路上強盗だ」
「へぇ~、詳しいな。もしかして経験者?」
「貴様……本気で殺すぞ?」
「う、嘘だって」
「おめーら!! オレらを無視すんじゃねぇ!! あー切れた。もう切れた!! ガリ、デブ、少し痛い目に遭わせてやろうぜ」
「「おいっすぅ!!」」
「ぷっ……ガリとデブっていうのか?」
「やっちまえ!!」
ガリとデブが短剣を抜いて襲ってきた。
せっかくなので、道具屋のおばあちゃんの武器を使う。
手首を反らすと両手から刃が飛び出し、それでデブとガリの短剣を受け止める。
「『地味に痛い口内炎』」
指に呪力を集め、デブとガリのほっぺに触れる。すると、二人は一瞬で真っ青になり、口を押さえてバタバタ暴れ出した。
「「いっだぁぁぁぁぁっっ!?」」
「で、デブ!? おいガリ、どうした!?」
「ん、口の中に三十個ほど口内炎を作った。一ヶ月は痛いからな」
「んなにぃぃぃっ!?」
「で、お前はどうする? 口内炎、虫歯、偏頭痛、どれがいい?」
指をワキワキうごかすと、チビ助は青くなって逃げ出した。
「け、けっこうですぅぅぅっ!!」
「「ち、チビのあにきぃぃぃっ!! いででででぇぇっ!?」」
あ、逃げた。
ま、いいや。それより腹減った……って。
「なんだよ、二人して」
「い、いえ……口内炎三十個って拷問ですね」
「……直接的なダメージもだが、口内炎三十個はちょっと……いや、かなりきつい。改めて、呪術師の恐ろしさを知ったよ」
「そうか? 俺はお仕置きで口内炎三十個なんて当たり前のように喰らったけどな」
「「…………」」
そんなことよりお昼お昼、っと。
◇◇◇◇◇◇
フレアたちが入ったパン屋の上空に、一人の男性が浮かんでいた。
「ふむ……ターゲットはこの町にいるのですな」
なかなか大きな町だ。
だが、男性こと『聖天使教会』に所属する『第十二階梯天使』モーリエは、ハンカチで顔を押さえながら渋い顔をしていた。
「……臭い。豚のニオイしかしない……この中からターゲットを探すのは面倒……いえ、難しいですなぁ」
ハンカチをパタパタさせ、モーリエはふんすと息を吐く。
「ま、いいでしょう。豚小屋の掃除でも始めましょうか。ターゲットを探すのが面倒……いえ、困難なら、豚をまとめて丸焼きにすればいいだけですな」
方針を固めたモーリエは、うんうんと頷く。
「では、この豚小屋ごと消しますか」
モーリエの『天使』の力が、町を襲い始めた。